8話
ベイジルは魔術師として王宮に仕える身である。
ここライオット国では、様々な能力を持つ魔術師が適材適所で活躍できるよう環境整備を行っている。魔術師自体数がそこまで多くはなく、似た系統の魔術師でも個人差が大きかったりするので、ある程度訓練をした後その人が一番活躍できるであろう役割を充てる。
そのため魔術師には兵士として力を発揮する者もいれば、政を担う者、一般市民として民の生活を支える者などがいる。
ベイジルが魔術師として所属しているのは、近衛隊の黒鷲と呼ばれる部隊だ。
黒鷲は近衛隊の中でも珍しく隊員のほとんどが魔術師で構成されており、他の部隊とは独立して動くことが多い。遊撃を行ったり諜報活動などのあまり表立ってできないような任務、時には穢れ仕事なども行う少数精鋭集団である。
勤勉で頭脳明晰、魔術師としても能力が認められているベイジルは、24歳という若さで隊長補佐を務めている。
炎の魔術師であるキースとは所属が異なるため共に任務に就くことは少ないが、そこそこ親しい間柄だ。年齢も近く話しやすいので、情報共有や相談を持ち掛けたりもするし、酒を飲んだりもする。
そのキースから興味深い話を聞いた。魔力が見えない不思議な少年の話である。
キースはいずれ自分で調べると言っていたので続報を待つつもりでいたら、兵士たちの会話という思いがけないところで似たような話が聞こえてきたのだ。
聞いた話によると、その少年は魔力は無いようだがどうにも魔術師に干渉できる力があるようだ。より詳しく調べようと過去の文献を遡っても、そういった魔術師が過去に存在したという情報は無かったらしい。魔力が見えないと発見もされにくいため、もし過去に存在したとしても見逃されてきた可能性がある。
その人物が接触すると魔力が思い通りにならなくなるらしいのだが、キースの体験的にも封じられているという感覚もなく力が使えなくなるのだという。
新人魔術師の誘拐騒動もシェフィールで起こったものであり、シェフィールといえば今いる町である。どちらも少年だということから、同一人物の可能性が高い。
キリクスから今日の出来事を一通り聞くと、荷車を破壊した迂闊さには一言添えつつ、捜索への協力を依頼した。
「へぇ、捜索ですか」
「そうだ。その少年に話を聞きたい。ただ、ディルという名前から辿るとなると明日の行程には間に合わない。視察終了後に改めて依頼することになるだろうな。もしも少年の持ち物があれば匂いを辿ることができるんだが」
ベイジルには今、密偵騒ぎで同行している追跡担当の探知犬がいる。匂いを頼りに居場所を辿ることはできるかもしれない。
「ははぁ。名前で辿ったらとても明日の行程には間に合わないと思いましたが、匂いですか。それなら丁度いいもんがありますよ」
「本当か」
それなら今から向かって探しに行くことができる。他の任務に影響がでないので有難い。
「この手ぬぐいなんですが、俺が汗をかいているのに気づいてその子が自前のやつをくれたんですよ」
「でかした」
渡りに船だ。これで今から捜索ができると、少年のものだという手ぬぐいをベイジルが受け取った。
そう、受け取った。のだが。
じわり。
手ぬぐいは、キリクスの汗を吸ってしっとりむわりとしていた。
投げ飛ばすわけにもいかず、即座に突き返す。
「…これはお前が持っていてくれ。必要になったら言う」
「へい」
さりげなくローブの端で手を拭いた。
キリクスの案内で荷車の場所に到着した。そこからは優秀な探知犬の出番である。
キリクスが持っている手ぬぐいを探知犬に嗅がせて指示を出す。
探知犬が出番だとばかりに短い尻尾を振りながら手ぬぐいの匂いを嗅いだ。
すんすん。くんくん。
そして探知犬はキリクスの顔を見上げた。
「いや、こいつではない」
確かにこの手ぬぐいには汗の匂いが染みついている。主にキリクスの。
探知犬は賢いので、褒めてもらえないことからどうやらこの人ではない匂いを辿らせようとしているのだということを理解し、もう一度手ぬぐいの匂いを嗅いだ。
ふんふんと手ぬぐいの匂いを確認してから今度は地面の匂いを嗅ぐ。
しばらくうろうろしてから探知犬がベイジルの方を見た。
どうやら匂いが複数の方向へ伸びているようだ。
「ここからどこへ行ったか分かるか」
「あっち側には手紙を出しに役場に行くと言ってたのと、帰りはこちらへ歩いて行ったので家はこっちの方向だと思いますねぇ」
辿るべき匂いが分かり、二人と一頭は歩きだした。




