6話
ディルが手紙を持って町の中心へ向かっていると、何やら大荷物を準備している男たちに出会った。
服装からして町の人ではなさそうだ。
そのまま通り過ぎようとして目線を外そうとしたとき、見たこともない光景が目に入った。
そこにいた男の一人が、一人では到底持てないであろう量の荷物を軽々と運んでいたのだ。
男が両肩に乗せていた麻袋の数が多い。麻袋に入っているのは恐らく穀類だろう。成人男性一人の体重が大体穀類3袋ほどになり、それが右肩に6袋、左肩にもう6袋乗っている。つまりは大人4人分ほどの重さになる荷物を一人で運んでいた。おまけに背中にも何やら荷物を背負っている。
男の体格は確かにがっしりとしているが、それでもあんなに持てるものだろうか。
「すごいな…」
ディルは立ち止まってそのまま眺めていたら、男は持っていた荷物を使い古された簡素な荷車に置いた。さすがに両肩に麻袋が高く積みあがっているとバランスが難しかったようで、右肩に乗せていた6袋を一気に荷車に乗せた。ミシリという音が聞こえた気がする。左肩の麻袋も一気に乗せようとしたとき、男がくしゃみをした。その拍子に麻袋から手が離れてしまい、ドスンと荷車に負荷がかかった。
すると既に荷物でいっぱいになっていた荷車はこれが致命傷となったのであろう、メキメキという音を立てて荷台部分が傾き、バキッと輪軸が折れて壊れた。あ、車輪が片方転がっていったぞ。
一緒に荷物を積み込んでいた仲間から非難の声がかかる。
「おいおいキリクス、自分の怪力考えろよ!」
「悪い悪い」
キリクスと呼ばれた男はあまり悪びれてはいない様子だ。
「これじゃあ運べないからこの町で荷車を借りられそうなところを探してくるから、とりあえず邪魔にならないように片付けてくれ。お前なら一人でもなんとかなるだろう」
「了解だー」
車輪もずいぶん遠くまで転がってしまったようなので、ディルは片づけを手伝うために手に持っていた手紙をズボンのポケットに突っ込み、車輪のほうへ向かった。
車輪を転がしながら壊れた荷車に向かうと、こちらのことに気づいたキリクスが声をかけてきた。
「どうした坊主。手伝ってくれるのか」
「あ、はい。たまたま通りがかったので」
「そりゃあ助かるな。ありがとよ」
そう言いながらキリクスは車輪を受け取った。
ディルは疑問に思ったいたことを訊ねた。
「あのう。気になったんですけど、さっきたくさんの荷物を一人で運んでいましたよね。あれは魔力によるものですか?」
「おう、そうだ。俺は怪力が自慢でな。あんまり魔術師っていう柄じゃないんだが、まあ魔術師だ」
やっぱりそうか。偏見かもしれないが荷車を壊してしまったところからして、きっとこの人は物を壊して自分が魔術師であることに気づいたタイプなのではないか。高圧的なところもなく、話してみるととても気さくで話しやすい。
「それにしても今日は暑いな。手ぬぐいを持ってくればよかった」
キリクスを見ると汗をかいている。ディルは腰に提げていた手ぬぐいを取ってキリクスに手渡した。
「これをどうぞ」
「いいのか?」
「はい。今日はまだ使っていないので」
「ありがとな。…っと、自己紹介がまだだったな。俺はキリクスだ。魔術師ではあるが同じ場所に縛り付けられるのが苦手でな、日雇いなどの仕事を請け負って生活している」
「そうなんですか。ええと、ディルっていいます。シェフィールに住んでいます」
こちらも名乗りながら、内心では魔術師でもそういう生き方ができるのかと驚いた。魔術師になると全員王城に仕えるものだとばかり思っていたからだ。
「今は雑用と戦闘要員でこの先の町に…ってあんまりベラベラ喋ってもまずいか。とにかく食糧を補充していたんだ」
壊れた荷車を見やると結構な量だ。大人数で行動しているのか、それとも長期間行動するのだろうか。あまり深く質問してもよくない気がするのでこれ以上追及するのはやめた。
キリクスが手早く積み荷を道の端に寄せ始めたので、ディルも一旦手紙を出しに役場へ向かった。
数刻で用事を終えて再びディルが戻ってきたときには、新しい荷車にあらかた荷物を積み直し終えたところだった。
「キリクスさん」
「お、ディルか。用事は終わったのか」
「ええ。キリクスさんこそ、もう終わりそうですね」
「この樽を積み込めば後は小物だけだな」
そう言いながら、キリクスは樽が2つ縦に積まれていたものをそのまま2つ持ち上げて右肩に乗せた。力持ちというのもあるが、同時に器用であるともいえる。
「そろそろ出発ですね。お仕事頑張ってください。それと荷台が壊れたことであんまり怒られないといいですね」
キリクスはああー…と顔をしかめた。でももしかしたら力加減を誤って似たようなことは多いのではないだろうか。
「ディルも俺の無事を祈っといてくれ」
2人で笑いながら最後に握手をした。
その時。
「!!」
キリクスが肩に担いだ樽がバランスを崩した。
「大丈夫ですか!」
とっさに持ち直したため、幸いにも地面に転がすこともなく落ち着いた。
「ああ。大丈夫だ。」
「よかった…」
「だが、今急に力が抜けたような気がしたんだが…何事もなくてよかった」
「そうですね。ちなみにその樽の中身は何ですか?」
「これは水と葡萄酒だな。目一杯入っている」
流石怪力。
改めて挨拶をして別れた。
この日の行動がディルの運命を大きく変えることになったのである。




