4話
シェフィールでのひと騒動の後、キースたちは馬を走らせて往路よりもはるかに短い日数で王城へと帰還した。
まずは今回のことを報告しなくてはならない。
誘拐犯は控えの天幕に素早く忍び込んで子どもを攫おうとした。これは護衛側の不手際ということで再発防止について今後考えていかなければならない。また、今回の誘拐犯に指示を出した者の存在についてはいまだ判明していない。誘拐犯は尋問や罰を与えるため、厳重に兵士を固めて数日後には王城に到着予定だ。
一通りの報告と雑事を終えて、キースはふーっとため息をついた。
「ご苦労だったな」
キースが声のほうを向くと、そこにいたのは今回共に行動した魔力透視者の一人、ナバールであった。
キースも全くだという風に苦笑した。
「私は基本的に戦闘要員ですからね。戦闘指揮を執るなんて今回の魔術師探しが初めてだったんですよ?ベテランからも、魔術師探しは滅多に荒事が起こらないから指導者の練習にはちょうどいいなんて言われていたのに。でも貴重な経験ができましたよ」
「そもそも戦闘ありきではないからな。普段であれば、控えの天幕に籠もって新たな魔術師の今後の方針を決めるのが主な仕事だ」
怪力などの身体機能の強化は魔術師の中でも比較的多く存在しているが、それ以外にも様々な種類の魔法があり、それぞれが少数ずつしかいない。
魔力を使っているときであれば、一般の魔術師でも魔力を感じることは何となくできることが多い。しかし、魔力を使っていないときに魔術師を見分けられるのは、そういった能力をもつ魔術師に限られる。
魔術師というのは一人につき基本一種類の魔法しか使えない。魔法を使っていないときにも魔力について見ることができる魔術師は少なく、何の魔法が使えるかまで見える魔力検知者はさらに限られる。
新人魔術師探しは1年を通じて行われており、広大な国内を少数で巡り続ける。そのため魔力を見ることのできる魔術師の需要は高い。
ナバールなんかは、どの種類でも魔術師が見つけられれば嬉しいが、魔力を透視できる同業者というか後継者に出会えるといいと思いながら任務をこなしていると聞いたことがある。
「まあー…私としては天幕に籠もりきっているよりも、荒事の対応をする方が性に合っているのでいいんですけどね。今回は大怪我をする人もいませんでしたし、大事がなくてよかったです」
「そうだな。新人魔術師もだいぶ怯えてはいたが、無傷で短時間で回収することができたしな。そういえば」
ふとナバールが思い出したように宙を見てから視線を戻した。
「何ですか?」
「人質に取られていた少年についてなんだが」
キースもその話題を振られてピンとくるものがあり、「何か感じるところでもありましたか?」と訊いた。
「ああ。だが、魔力は全く感じられなかったんだ。ベリテに尋ねても同様であったしな。ただ…奇妙だったんだ」
「奇妙?」
「何も感じられなかったんだ。俺なんかは普通であれば人間を見ているとオーラのようなものが見える。だが、あの少年からはそういうのが一切感じられなかった」
キースも初耳だ。
「ほう」
「最初は気のせいかと思った。操り人形のセンもを疑ったんだが、そうだとしたら精密すぎるし魔法で操られていれば魔力が感じられるはずだからな」
「そういう事例もあるんですか?」
キースは物を操る魔力については知っているが、それを疑うほどの何かが過去にもあったのか気になった。
「新人魔術師探しで過去に一度だけあったな。貴族が自分の子どもを差し出したくなくて人形を使って切り抜けようとしたんだが、あれは俺たちでなくとも見破れる程度の人形度合いだったし、操りの魔力も見えた。周辺を探したら仕掛けている魔術師もいて、貴族だけではなく裏ルートで稼いでいた魔術師を捕まえることができた。その魔術師は禁止薬物に手を出していた」
「薬物で正常な行動がとれなかった、と。そうまでしても金が欲しかったんですね」
「そのようだな。おかげで薬物の取り締まりにもつなげることができた」
こちらからすると濡れ手に粟というか、飛んで火にいる夏の虫というか、間抜けな話だ。
人質の少年に話を戻す。
「そういえば、今回の事件も犯人たちは間が抜けていたと思いませんか?特に屋根に移動しようとしていたところで」
「ああ。跳べなかったな。見事に」
「ははは。もう一人の男を持ち上げられずにその場で跳ねたときは、それはもう無様でした」
あの時は兵士たちもポカンとしていた。もしものための身体強化ができる軽装の兵士も一人いたのだが、その兵士は犯人と同時に踏み切った結果、一人だけ屋根に飛び乗っていた。これも笑い話だ。
「あの時もよく考えてみると魔力のない少年がいたわけですよね。その少年が何か干渉していたのでしょうか」
「わからん。だがその時魔力が薄くしか見えなかった犯人が、捕らえた後には普通に濃く出ていた」
「考えるほどに怪しいですね。少年自体は何かを隠すような様子はなかったのですが」
「魔力が見えなければ魔術師として引き入れることもないし、俺もそういった何も見えない事例は聞いたことがない」
「古い文献であれば記録もあるのでしょうか」
「調べる必要はありそうだな」
人質になった少年は褒賞を渡すためにまだやり取りする口実もある。キースは少年について調べることを決めた。
「では私は例の少年を調べることにします」
「分かった」
「俺は次の遠征までの一週間で過去の記録を漁ってみる」
面白そうなことが起こる予感がして、キースは楽しそうに目を細めた。




