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魔力が見えないはずなのに  作者: ツカサ
29/29

29話

ディルは、朝食まではまだかなり時間がある時間帯に、一人だけ目を覚まして身支度を始めた。


肌着を着てコルセットを身体に当てて、前についた留め具を一つ一つ留めていく。その上にもう一枚肌着を着てから訓練服を着る。今日は午前中から運動するので朝の着替えから訓練服に着替えている。


早く起きたのは身支度に手順が多いからではなく、理由があってのことだった。



そっと扉を開けて自室の外に出ると、そのまま寮の外へと向かってとある小屋へ向かう。


小屋の近くまで来ると、ガサガサと藁を踏む音や鳴き声が聞こえてくる。

中へ入るとまだ誰も来ておらず、人の気配を待ちわびてか餌を催促するいななきが二つ三つ。


ディルが訪れたこの小屋は、20頭ほどの馬が暮らす厩舎である。



二年生になると馬術の授業が始まり、それに伴って馬の世話をする当番が割り振られるようになる。

二年生は基本的に部屋ごとの輪番制で、馬房(ばぼう)の掃除と水換えを行う。三年生は生物関係の魔力や兵士希望者などに限りの当番制で、二年生を監督する傍ら餌やりを行う。ちなみに馬房というのは馬が一頭一頭入れられている小部屋のことを指す。


何故部屋ごとの当番なのにディルだけが来ているのかというと、ディルは初めての馬術の授業で馬の魅力に引き込まれた結果、教師に頼み込んで毎日馬の世話をさせてもらっているからである。


初めて馬に乗せてもらった時の目線の高さに感動し、終わった後に豚毛のブラシで手入れをした時の馬の温かさに感激した。こんな生き物がいるのかと。


以来こうして自ら進んで世話を行っているのである。



誰もいない状況で一人で馬房に入るのは禁止されているので、誰かがやってくるまでに掃除道具を準備して馬房の前に新しい寝藁を運ぶ。


「ふんふん、ふ~ん」と鼻歌を歌いながら待っていると、ディルのように毎日馬の世話を担当しているジャックがやってきた。


「おっ、早いね」

「たまたまだよ」

人が増えたのでディルは早速馬房に入り、水桶を外して通路に置いてから、糞尿で汚れた敷き藁を掃除し始める。

ジャックも向かいの馬房に入って掃除を行う。


「馬って~可愛いよねえぇ~」

鼻歌の延長で歌うとジャックが乗ってきた。

「力強いー四肢~そしてぇー筋肉~」

「わさわさのたてがみ~気持ちがいいと伸びる鼻の下~」

「はぁ~そこ!そこ!でれ~ん」

馬のブルルンという鼻息や餌の催促の前掻き音が合いの手となる、珍妙な朝の風景。


「…朝から元気だね」

「先輩。おはようございます」

「おはよう」


この三年生も、馬が好きで他の人より早く来るクチだ。餌を準備する音が聞こえてくると、馬の鳴き声が増えて一気ににぎやかになる。「ほらほら、まだだよー」と言いながら数種類の餌を飼い桶に入れていく。



残りの二年生が時間通りにやって来て、遅れて三年生が登場する。

三年生が全員揃う頃には、馬房の掃除はすべて終わって水も新しいものに入れ換えられ、餌もつけ終わっていた。


汚れた寝藁や糞尿は、一旦集めて発酵させたのちに畑へ肥料として撒く。そのため畑と馬小屋は敷地内でも隣接している。

ディルは、集めた寝藁と糞尿をジャックと一緒に堆肥置き場まで荷車で曳いていった。



「ジャックは馬の世話の手際が最高にいいよね」

「そりゃあ去年からやっているからさ。でもまだまだ効率よくできる」

「負けてられないなー。馬の世話って楽しいし、力仕事ばっかりだから筋肉もつくし一石二鳥なんだよね」

馬は身体が大きいので水も餌も人間よりずっと多く摂る。馬の水桶に水を満たして両手に持って運んでいるとそれだけで鍛錬になるし、餌の入った麻袋は二つ抱えればディルの体重とほぼ同じ重さになる。


「この子たちと関われているのは魔力のおかげもあるよ」

ジャックの魔力は動物に好かれるというものである。どの動物でもジャックのことを仲間、もしくは害のないものだと思ってくれるらしい。

「ジャックの能力は正直羨ましいよ。でも、その力に胡坐をかかないで馬房掃除だとか世話に手を抜かないのは偉いと思う」

「馬たちの健康だって分かるんだから大切な作業だし。それと動物に関わることなら苦にならない」

「それはわかる」


堆肥置き場から戻ってくると、今度は餌をきちんと食べているか確認のために厩舎内を歩いて回った。

ここで一番気性が荒い馬の前を通った際にジャックが話しかけると、その馬は耳をピクリと横向きに流し、声を聞いて安心しているのが伝わってくる。ちなみにディルが一人で通るときは、必ず耳を後ろに伏せて、指でも出したら千切られそうな雰囲気が漂う相手だ。



ジャックとは気が合うし、話していても話題が尽きないので、食堂に向かう最中もずっと話し続けた。

「僕は動物と互いに気持ちが通じやすいから、ここを出たら立派な獣医になるんだ」

獣医の学校は存在しないため、錬成所を卒業後は王宮所属の獣医見習いとなって勉強しながら経験を積むらしい。


「でもやりたいことが他にもあってさ。獣医にはなりたいけど、獣医学書がまだ充実していないから、獣医の傍らでそういうのを作りたいんだ。あと苦痛を極力減らした馬の調教もやりたい。そういう意味で悩みが尽きない」

「ジャックならどの夢も叶えそうだ」

「ディルはどうなの?ここを出た後のこと」

「自分の魔力も制御しきれていないから…それ次第かな」


二年生はまだ始まったばかり。



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