27話
夏も盛りを過ぎて秋めいてきた頃。
錬成所では卒業式が執り行われてから一週間ほど休暇があった。ディルの故郷であるシェフィールへは、移動だけで往復二週間かかるので帰省はせずに寮で過ごした。夏生まれのディルは15歳の誕生日もここで迎えることとなったが、同じような理由で錬成所に残る生徒も多くあまり寂しさはなかった。
嫌がらせが無くなってからは、これまで話すことのほとんどなかった同室以外の同級生とも少しずつ打ち解けたので、休暇の間は鍛錬や読書、畑の手入れなどの他にも仲間たちと楽しく過ごすことで時間が過ぎていった。
ただし、女子生徒とは相変わらず距離を取るようにしている。どこでどんなボロが出るか分からないからだ。
そして休暇が一つの区切りとなり、新年度がやってきた。今日は入学式が行われる日だ。
ディルたちも新入生を迎えるため、錬成所の制服を着て講堂へと向かう。
「制服に袖を通すのは久しぶりだ」
袖の釦を留めながらラスカルが言った。
ここでは式典の時以外は制服の着用義務がなく、訓練のときは所有する魔力によって訓練服もしくは制服などを身に着け、座学では私服や制服が混在しているのが日常の基本となっている。
「戦闘系じゃない人はそこそこ着てるのを見かけるけど、僕もあんまり着ないなあ。去年大きめのを買ったのに、もうちょうどいい感じの大きさになってる」
オリバーも少しだけ窮屈そうになった襟元を直しながら歩いている。
「伸び盛りだから仕方がないよ。僕なんて制服を着るのはまだ三回目だよ。転入した日にサイズを合わせて着て、あとは卒業式と今日だけ」
動きやすさ重視のディルも、普段は訓練着と自前の服ばかり着ているため必要な時以外は着ていない。ちなみに制服は男女共通のデザインである。
「でもラスカルもディルも制服を着ると様になるよなー」
「それはどうも」
見栄えがいいと言われるのは悪い気はしないのでディルはとりあえずお礼を言った。
式典は厳かな雰囲気の中で執り行われた。
ディルは特にすることもないのでじっと起立しながら新入生の様子を観察して時間をつぶしていた。
退場のときに新入生の顔を見ていると、見覚えのある顔が目に入る。
「あれは…」
誰だったかと記憶を辿っていてハッと思い出す。
それはシェフィールでの魔術師の卵の誘拐騒ぎで捕らわれていた魔術師の少女だった。
考えてみれば中途編入したディルが特殊なだけで、普通であればあのときに魔術師であることが判明したら錬成所に今年度入学するはずなのである。いて当然というわけだ。
「どうしたの?」
近くにいたオリバーが訊ねてきた。
「同じ町出身の子がいるのを見つけたんだ」
「知り合いが増えるんだ。よかったねー」
「うん」
同郷の魔術師がいることはなんだか嬉しくもあり、後で声をかけようかなあと思案する。
いやでも待てよ、と気づく。
こちらはあの子の名前も知らない。誘拐されていたときは気が動転していただろうし、向こうも果たしてこちらの顔まで覚えているのだろうか。
そしてディルのことを知っているとすれば、性別のことはどこまで知っているのか。シェフィールでは男物の服を着ていたが一人称は私だったし、自分に合った振る舞いをしていただけで性別を隠しているつもりはなかった。ここで男装して男子寮で生活していることは誰にも言っていないはずだ。
直立不動のまま冷や汗が出てくる。
これはやばいかもしれない。
秘密の共有を図るか、いやそれをすると逆に墓穴を掘ることになってしまうかもしれない。
でも、あの子を放っておいたとして、ディルの性別を知っていたならば実は女であることが拡散してしまう可能性があるではないか。
「おーい。どうしたの?もう行っちゃうよー」
あれこれと考えているといつの間にか式は終わっており、周りの在校生もバラバラと移動し始めている。
「ごめんごめん、考え事をしていたんだ」
なるべく早いうちに状況を探ることが得策だと結論づけて、ディルもオリバーの後を追った。
入学式の後は、新入生に錬成所の各施設の案内が行われる。
寮から出発して入学式のあった講堂や座学の行われる教室、訓練所や食堂などの各所を説明を受けながら巡り、寮に戻ってくると起床時刻や寮内での規則などを詳しく説明される。それが終わったら新入生たちは荷ほどきに追われるのだ。
ちなみに在校生はというと、今日は入学式以外は自由行動なので新入生の邪魔にならないようそれぞれの過ごし方をしていた。
ディルたちは今日もいつも通りの時間に夕食を食べる。
「なあ、二年生の授業で楽しみなのは何?」
とハリーが三人に尋ねる。
「俺は剣術以外の武術だな。身体強化の魔力持ちだから身軽なことをもっと生かしたい」
そう答えるラスカルに「分かるー!」「僕も!」と同意するのはハリーとディルである。一年生では身体づくりと剣術が中心なのが、二年生になると剣術に加えて接近戦や弓術など武術の幅が広がる。
「オリバーは?」
「僕は専門の時間にもっと植物栽培技術を伸ばしたいなあ。二年で卒業の予定だから」
三年生が最高学年であっても人によって卒業年度が異なる。ラスカルとハリーとディルは三年生まで居残る予定だ。
「そうだった。オリバーは魔力を声に乗せて植物の品質を上げるんだっけ?」
「まあそんな感じかな。もっと魔力を乗せたいのと、風邪や不慮の事故で声が出なくなると困るから、声を出さなくても魔力を乗せられるようになりたいな」
いつも包容力にあふれてご飯が大好き、のんびりしたところのあるオリバーは、意外と真面目で努力家だ。既に就職先も決まっているらしく、今でも休日には野菜や薬の材料の植物などをよく研究している。
「オリバーの育てた野菜はうまいんだよな」
「もう一年は一緒にいられるからよろしくねー」
ふと授業のことで思い出すものがあった。
「二年生の授業といえば、僕は馬術も楽しみなんだよね」
「ディルは馬に乗ったことないの?」
「うん。シェフィールでは…」
と、そこまで話したところで女の子の声が会話を遮った。
「シェフィール!?もしかして、あのディル先輩ですか!?」
おっとぉ!何も準備していなかったし、人が多い今は会いたくないタイミングだった!と後悔しても後の祭りである。声の方を見やるとそこには同郷の少女が何人かの女子と一緒に食事を取っているところだった。
逃げるわけにもいかない。さてどうやってこの場を切り抜けようか。




