22話
翌朝、ディルは一人で食堂に行った。
朝食については上級生ほど遅めの時間にとる傾向があるので、いつもよりも早い時間に自分の食事を済ませてもう一度出向いた。もちろん目的があってのことだ。
辺りを見回すと、目的の人物を見つけたので近づいて話しかけた。
「クラウス先輩、おはようございます」
クラウスは同室の上級生と一緒に食事をしていた。
「ん?おはよう」
にっこりと口元を微笑ませているが、目が全然笑っていない。昨日の尾行失敗の報せを既に受けているからだろう。
ディルもあくまでも穏やかに、いかにも余裕たっぷりに見えるように笑みを作る。
「昨日は素敵なサプライズがありました。僕ともっとよく話をしたいというのであれば、そう仰っていただければ…そう人を使って詮索しなくともいくらでも時間を作ってお話ししたのに。話せる範囲であれば」
我ながらかなり挑戦的な伝え方だと思う。
「…何のことかな」
しらを切るつもりか。
「ここ最近の嫌がらせにも困っていたところですが、昨日はあなたの知り合いに尾行までされました。そうまでして、なぜ僕に構うのですか」
最初は、クラウスへの突撃は昨日の尾行をした生徒が判明して計画を練ってからやろうと思っていた。
すると、食事の時間をずらそうとしたのか、当の本人がいつもより早い時間に食堂に来ていたのを発見したのでハリーに確認してもらったところ、予想通り三年生のクラウスの取り巻きの一人だということが分かった。
観察しているとその生徒は周囲を気にして怯えながら食事をしており、事情を知っている身としてはその姿は滑稽に映った。
せいぜい反省してくれと思いつつ、この人もある意味では被害者なのかもしれない。そこで当該生徒に声をかけて絶対に情報源を漏らさないことを約束して色々と情報をもらった。
聞いてみるとその生徒は取り巻きの一人の中でも下っ端らしく、今回の失敗によって卒業までパシリ確定になってしまったのだそうだ。
自分以外の人間がこれ以上巻き込まれる前に決着をつけたいと思い、そのままディルはすぐに行動に移した。
「なぜその尾行?が私のせいになるのかな」
「一連の嫌がらせにクラウスさんが深く関わっていることはすでに確認しています。人に尾行をお願いしてまで人の弱みを探したいのですか?みっともないのではありませんか」
突然やって来て何を言い出すのかと、一緒にいる取り巻きは無言を貫きつつ動揺している。
「どうやって確認したんだか。では一つ聞きたいんだけど、君はなぜ中途編入したんだ?基本的にはここでは年度の始まりに揃って入学するのに、一般家庭出身の君が、中途半端な時期にベイジル様の推薦で入ったとなれば何かあるのでは?」
「僕の出自もご存じなのですね」
ということは性別も知っているのでは…?とディルはヒヤリとした。いやでも、もし知っていればすぐに言い出すのではないか…?
ボロを出さないように慎重に答える。
「中途編入に関しては、僕もそういう事例が少ないことを知らないままで面倒を見ていただいたのでよく分かりません。そもそも事件に巻き込まれたことで僕が魔術師であることが判明したので、保護の意味もあったのかもしれません。保護された先の錬成所で嫌がらせを受けるとは思いませんでしたが」
「嫌がらせなんて大変だね。でも、そういうのにも慣れておかないと強い魔術師にはならないかもよ」
「むしろ嫌がらせを楽しむ魔術師がいること自体が僕にとっては衝撃ですよ。魔術師は国のためにその力を行使する存在だというのに、他人の足を引っ張るなんて。他人を貶めている暇があるなら自分を磨けばいいのに、小さい人間です」
オリバーたちの言葉を混ぜながら、クラウスのことを言っているのだという気持ちを込めて言葉を発した。
「はは、言うねえ。一年生のくせに、しかもまだここに来て三カ月程だろ?」
正しく伝わったか分からないが、口調に若干本性が出てきた気がする。
「あのさあ。君って共同浴場に来ていないよね。何で?風呂に入ってないのか、それとも入れない事情があるのかなぁ?」
「医者に止められているので共用の風呂に入浴ができないだけです」
「自分の身体に自信がないからなのかと思った。腕も細くて貧弱だし」
「そうですね。先輩との訓練で勝てたのが不思議です」
嫌みには嫌みで返してやる。そっちだって痛む腹を抱えているのだから。
「…。医者にかかるほど病弱な魔術師が果たしてどこまで使えるんだろうね。ちなみに何の魔力の持ち主?」
話が切り替わったところをみると、性別の件は気づかれていないのか。とりあえずホッとしつつ話を続ける。
「まだ僕自身使い切れていないのでお伝えすることはできません」
「君は随分と曖昧なことが多いんだな。どんな魔力を持っているかも明かさないのか。特異な魔力なのか?」
「それをあなたに教える義理はありません」
ひと時の沈黙が流れる。クラウスの目が鋭い。
「…まあいいや。ベイジル様も怪しい人間を引き入れたものだね。せいぜい泥を塗らないようにしてくれよ」
「もちろん心がけます。なのであなたも僕や周囲に対する嫌がらせを全てやめてください。ベイジルさんと同じ風の魔術師として」
「はは、それは脅しかな?もしそういう奴がいたら声をかけてあげるよ」
「よろしくお願いします」
そう言ってディルは席を離れた。
こちらはクラウスの尊敬する魔術師とのつながりがあるのだから、それをちらつかせれば嫌がらせを控えるのではないかというのが狙いだ。
恐らく、向こうもディルがただやられて黙っているだけの性格ではないことも分かったと思うので、これで様子を見ることにする。
それでも続くようなら手に負えないので大人の手を借りるつもりだが、果たして。




