21話
上級生に打ち合いで勝利してから、様々な嫌がらせが始まった。
すれ違いざまに悪口を言われたり、訓練などで足を引っ張るようなことをされるのは毎日のように行われた。
さらに、いつも通り洗濯物を出したら、取りに行ったときにディルの服だけ汚されていることもあった。
洗濯に関しては、ディルが取りに行くまで担当の職員が目の届く場所で保管してもらうようにしたので、その一度きりの被害で留まっている。
課題を提出したはずなのに教師に未提出だと言われたこともある。
その回の課題提出で、不審な動きをしていた生徒をオリバーが目撃しており、問い詰めたらディルの課題を隠すように指示されていた一年生だった。おとなしいタイプの子だったので、不審に思って話をしてみたら上級生に脅されていたらしい。
寮の自室で課題に取り組みながらの恒例の雑談タイムにて、エスカレートしていく嫌がらせの話題が上がる。
「集団で一人を攻撃する上に、最近は無関係の人まで巻き込んでやがる」
「最低だな」
ラスカルたちはディルが一人きりになるときが一番嫌がらせが起こるのを分かっているので、少しでも被害を減らすために複数での行動を増やすなどをして協力してくれている。
そこまでの迷惑はかけられない、とディルが言ったら一人でしょい込むなよと返された。心強い仲間だ。
「何だろうなあ。こういうのは何が目的なの?僕が傷つけばいいの?」
オリバーが、それもあるけど…という風に続ける。
「主犯格以外はそこまで考えてはいないんじゃないかな。やっている人からすれば、ただの憂さ晴らしでスッキリする程度なんだと思う。自分が成長しなくても誰かを貶めれば優位に立てるんだから楽で気分がいいことこの上ないって感じで。ディルって見た目もスッとして整っているから、やっかみもあると思う」
なるほどなぁと思う。
容姿のことは自分ではよく分からないが、ディルは地元シェフィールでも同性によくモテていたので、あながちやっかみも嘘ではないかもしれない。
「オリバーって人間の心理に詳しいよね。そういう分析を聞いているから、そこまで傷つかずにやっていけてる気がする」
ハリーもうんうんと頷いて同意する。
「ディルもよく相手にせずやってるよな。尊敬するわ」
「いやー結構我慢もしているよ?でも、こっちが何かやって支えてくれる人に迷惑がかかったり、嫌がらせに屈したと思われるのが癪で」
「ディルらしいね」
「ただ、僕は淡々と流しているけど、それじゃ根本的解決にはつながらないから困ってる」
「いっそ反撃でもする?」
「機会があればね。目には目を、とかよりももっと頭のいいやり方が見つかればやるかも」
それまではせいぜい己の小ささを見せつけておきやがれコンチクショウ。
自分に何かあれば、ここまで取り立ててくれたベイジル含めてたくさんの人に迷惑をかけてしまう。
そうならないためにも、迂闊なことを起こさないように最近は訓練だけでなく日常生活から緊張感をもって周囲を探るようになった。
屈するつもりは全くないが、ずっと張り詰めたような生活を送っているせいか、自室に戻って気を緩めるとこれまでになかった疲れを自覚する。
ある夜、そのまま休みたいという気持ちをぐっとこらえつつ、ディルがいつも通り水浴びをしに農作業小屋へ向かおうと寮を出て歩いていると、何者かがつけてくる気配がした。
寮のロビーでこちらを伺うような視線をいくつか感じていた。いつもの取り巻きだろうと無視して出てきたのだが、もしかしたらそこから尾行されていたのかもしれない。
最近はこうした気配に敏感になっているので、気づけたことに安堵しつつもどうやって撒こうかと思案した。
水浴び場所が特定されて性別がバレるのが一番困る。
ディルはとりあえず、小屋とは全く方向の異なる本部棟に向かって歩いた。
本来は生徒がこの時間に教師たちのいる本部棟に用があることは滅多にない。万が一襲われても声が出せれば助けが呼べることも考えて歩を進めた。
ゆっくりと夜道を歩いていると、距離を置いて一人ついてきているのが感じられた。
追手にこちらが気づいていることをバレないようにしながら、程よい距離を保ってそのまま歩く。
そして本部棟の入り口まで来たら、中には入らずに建物の裏手に回り込んで物陰に隠れた。
ややあって、裏手に一人の生徒がやってきた。背丈からして年上かもしれない。
「どこへいった…?」
辺りをキョロキョロと見まわしている。やはりディルを尾行していたようだ。
何度も尾行されては困るので、そのまま逃げずに釘をさすことにした。
もし何かあってもいざとなれば本部棟に向かって大声を出せば教師が気づいてくれるだろう。
ディルは静かに物陰から出て、尾行していた生徒の後ろから声をかけた。
「尾行は誰かの指示ですか?後をつけてきて、弱みを探してこいとでも指示されたのでしょうか?」
男子生徒が突然の声に驚いて振り返った。
「…っ!」
顔を見ても、もともと顔覚えが悪いせいか誰かは分からなかった。とりあえず記憶して明日以降に情報収集をすることに決める。
「事を荒立てたくはありません。誰の指示ですか?答えるのであれば先生には報告せずに済ませます」
教師のいるであろう本部棟に目を向けながらそう言うと、男子生徒は旗色の悪さを感じ取って悔しそうな顔をした。
しばらく沈黙が続き、やがて生徒が口を開いた。
「…クラウスが…お前と風呂場でなかなか会えず話ができないから様子を見ろと…」
はぁ?話?話なら別の場所でもできるのだから、大方着替えや入浴で嫌がらせができないから不審に思っただけだろう。
腹が立つ。この人は自分がやっていることが何なのかを理解しているのか。
「命令というか、あなたはいいように使われたんですね。一人の人間にここまでして嫌がらせをして、我が身を振り返って考えたことはありますか!それでもあなたは国に仕える魔術師ですか!もう二度と尾行するような真似はやめてください!」
ディルが強く言うとそのまま男子生徒は走って逃げていった。
男子生徒が寮に向かうのを見届けてから、ほうっと息を吐きだした。
再び静寂が訪れる。
「もう放っといてほしいな…まったく」
注目が続けば、ディルが風呂場に足を運んでいないのがいつかは気づかれると思っていた。何か対策を考えなければならない。
その後はかなりの遠回りとフェイクを入れながら林を進んで、いつもの場所へ水浴びをしに行った。
身体を洗い終えて肌着を洗いながら先程の出来事を考える。
これ以上嫌がらせが続くのを我慢していても状況が変わらない。やはり、こちらから元を叩こう。
幸い先程の生徒がクラウスの関与を認めたのだ。話したいというのなら、本人に直接会って話をしてやろうではないか。
自室へ戻った頃にはもう消灯前で、かなり時間がかかってしまったらしい。
ラスカルが「遅かったな」と心配して声をかけてくれた。
「うん…クラウスの取り巻きに尾行されてた」
「ゲェッ」
「そこまでするか!?」
「でも収穫はあった。誰の指示か聞いたらクラウスの名前を出したよ。尾行した人の名前は分からないけど、顔は覚えたから明日探す!見つけたら言うから名前を教えて」
「ハリーの得意分野だな」
「了解了解」
「三年生はあと一月半で卒業でしょ、いい加減にしないと痛い目見るよって脅し返してやる」




