20話
剣術の時間、ここ最近のディルはベイジルに教わった部分を意識しながら基礎練習を行っていた。
同じ時間であっても、目標があって達成のためにはどうしていきたいかが明確に分かると、鍛錬の時間がより濃密なものになったのを強く感じる。
剣の振り方や重心、目線など動作の一つ一つを意識し、足りない部分があればそれを正す。何日か繰り返すといつの間にか以前よりも出来るようになっている。そしてまた新たな部分を強化していく。
そういった自身の変化にやりがいを感じながら10日ほどが経過した頃。
今日は上級生も交えての剣術訓練の日だ。打ち合いの訓練があるため、全員防具をつけている。
上級生と下級生での打ち合いを指示されたので、周りをキョロキョロと見まわしてみると、上級生から声をかけられた。
「対戦相手がいないなら相手をしてやろうか?」
特に断る理由もないので、素直に頷いた。
「よろしくお願いします」
なんだか見覚えのある上級生だ。同じ空間で生活はしているからどこかで出会っているはずだが、ディルはあまり人の顔を見て生活をしていないからか、どこで出会ったかを思い出せない。
合図があったので上級生と打ち合いを始める。金属音と「やっ」、「はっ」といった声、地面を踏む音が響く。
技術はもちろん体格も力もある相手なので、とにかく基本を大切にしつつ剣を受ける。勝ちを狙うなら短期で終わらせないと勝ち目がないが、なかなか隙を見せない。
重い一撃を受けるたびに自分の消耗の速さを感じる。
そこでディルは以前見学をしたときに見た、あえて隙を作って踏み込ませることを試みた。何度か練習も行っているため、良い機会だ。
下級生だからとなめてかかっていたのか、相手がまんまとその策にはまり乗ってくれた。
そうしてできた隙を利用してディルは「はぁっ!」と懐に入り込む。
そのまま相手の剣を弾き飛ばした。
「嘘だろ…!」
ディルは格上であろう相手に一本取った。
お互いの息が上がっている。
「…ありがとうございました」
勝負がついたので剣を下ろし、礼をしながらディルがそう言った。
しかし「小手先の技を使いやがって…!」と負けを認めたくない上級生が再び剣を拾って襲い掛かってきた。
「!!」
ディルもとっさに避けたものの、剣先が首を掠めた。防具もつけていない喉元を狙ってきたのだ。
「…!防具をつけていない部分を狙うのは規則違反です!」
「そんなの実践で関係あるか!」
今は関係あるに決まってるだろうがと思いつつも火に油を注ぎそうだったので、ディルも剣を構えて互いににらみ合う。
「何をやっている!」
こちらの異変に気付いたのか、教師がやってきた。
「…何でもありません」
と上級生が吐き捨てる。特に怪我もないので、ディルも上級生が剣を下ろすのを確認してから警戒を解く。
騒ぎに何人か集まってきた。その面々を見ていて思い出す。
「あのときの…!」
ディルが相手をしていた上級生は、食堂で絡まれたクラウスの取り巻きの一人だ。
教師と上級生の間で短く指導が行われた後、場は解散となった。再び訓練が再開される。
ディルに負けた上級生は去り際に「クソッ」と吐き捨てた。
ボソッとディルも呟いた。
「こっちの方が悪態をつきたいくらいだよまったく」
何でもありで次に同じようなことがあったら、こっちだって股間でも狙ってやる。
その日の昼食ではラスカルたちと一緒に食べることになっていた。
いつもの場所まで食事を運んでいると、突然足に何かが引っ掛かった。
「うわっ!」
とっさにバランスを取ったものの、スープだけは半分ほどが床にこぼれてしまった。
「ああー…もったいない」
拭くものを取りに行こうと立ち上がると、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
笑っている人を確認してみると、上級生の男女だ。つまづいた場所を見たらそのすぐ脇の机の下に笑っている女の人の足が見えた。
「あなたですか?足をひっかけたのは」
「そんなことしないわよー」
ねぇ?と向かいに座る男の先輩に声をかける。そうだな、と男も笑いながら返す。
これ以上追及しても無駄だと思い「そうですか。失礼しました」と短く答えた。
床をきれいにしてからラスカルたちのいる場所へと向かい、食事をした。
とりあえず訓練でのトラブルと足を引っかけられたことを報告する。
ハリーが「うーん」と唸る。
「これは続くかもなー…。引っかけていないっていっても怪しいしな」
「完全に目をつけられたねー…」
「打ち合いだって後輩に不意打ち、しかも首を狙うなんて卑怯だな」
ディルも憤慨した。
「後輩いじめをして楽しむなんてさぁ、暇すぎない?だってここにいる人たちは全員魔術師だよ。様々な力を持っていて、それを正しく使うためにここで学んでいる。だから意識が高い人たちの集まりなのかと思っていたのに!」
「意識が高いからこそ、自分よりも下の人が評価されているのが気に食わないんだよ」
とラスカルが答える。確かにそうなのかもしれない。
「そうだよ。先輩なのに悔しい!ってさ。それでちょっかいかけて負けてるんだからざまあみろって思うけど」
能力は千差万別なのだから、そもそも比べること自体がおかしなことだ。それを比べようとしているから、相手を落として自分の価値を高めようとする。
「僕は大勢いる中での一番も大切かもしれないけど、個人の中での最善を目指すことこそが魔術師として、いや人間として大切だと思う」
「そうだな。俺らも人の振り見て我が振り直していかないとな」
「俺たちも上級生にあまり楯突くことは事はできないかもしれないけど、ディルをサポートするからな」
「何かあったらまた相談してねぇ」
こうして相談に乗ってくれるラスカルたちを見て、よき同室に恵まれたなとしみじみ思う。
「ありがとう」
そう感謝を伝えた。




