2話
翌朝、ディルは魔力透視者による検査のため、町の広場に午前11時集合に間に合うように準備をしてから向かうと、10時過ぎには着いた。
この日のディルはいつも通り焦げ茶の髪を首の後ろで1つにまとめ、服装は庶民男性が良く着るものを身につけていた。紺色の上着はV字の襟ぐり、肉体労働をしても穴が開きにくいやや厚手でシンプルなもので、それにくすんだクリーム色の七分丈ズボンを履いている。
シェフィールは国の要である王城からは馬車で1週間ほどかかる場所にあり、中規模の町である。
広場には様々な身なりの10代前半の子どもたちが集まっていた。ディルは年の近い子供たちがこんなにいるとは知らず、軽く驚いた。
顔見知りの者がいないか探していると、幼馴染みのタキとダンを見つけた。
「タキ!ダン!早かったね」
「ディル!」
タキは明るく活発な同い年の女の子だ。明るい茶色の髪を肩まで伸ばし、こちらを振り返った時には淡い桃色のワンピースがひらりとはためいた。ダンは1歳年下で怖いもの知らずな元気な男の子である。暗めの茶色の髪はを短く切られ、ディルよりも明るい青の上着を着ている。
「早かったね、タキたちはいつ頃来たの?」
「さっき来たばかり。広場に来るのも久しぶりだし、家事が終わったら早めに来てお店を見て回ろうかなと思って出てきたの」
「へえ、そうだったんだ。ダンも?」
「まあそんな感じ。だけど、ここにいれば知り合いにも会えるかもしれないし、このままでいいかってことになって二人して時間をつぶしてた」
広場には簡易的な天幕のようなものが建てられており、複数の兵士たちが天幕を囲むようにして立っている。
もう魔術師様は来ているのだろうか。
時間前ではあったが、子どもたちの誘導が始まり列になり始めた。書類を持った兵士が子ども一人ひとりに声をかけている。名簿で確認でもしているのだろうか。
「なんかもう行ってもよさそうだから俺らも並ぼっか」
ダンの呼びかけにディルも同意した。
「そうだね、行こう」
「ああー、でも緊張するなあ。ディルとダンはもし魔力を持っているってなったらどう思う?」
「俺はどっちでもいいな、だけどもし持ってたらお前らを守ってやるよ」
「とか言って、もし魔力があっても人を守る力とは限らないよ?それにしたってずいぶん自信満々じゃないー?ディルは?」
「あはは、自分はこれまで何もなかったし、多分魔力なんて持っていないだろうけどさ、よそに行くことになってドリーさんたちに恩返しができなくなるのは嫌だなあ」
「相変わらずねー。ディルってば真面目」
「そう?」
2人はディルの事情を知っているのでこの辺りは隠さずに言う。
並んでから少し経った頃、時間前ではあるものの列が進みだした。既に天幕の中には魔術師様がいるようだ。
いよいよ天幕が近づいてきた。3人の中で一番血気盛んなダンが先に並んでいたので、そのまま一番最初に天幕に入っていった。数刻した後、微妙な表情で天幕から出てきた。
「どうだった?」と私が訊くと「何もなかった…」と返ってきた。
そうか、結構期待していたんだな。しょぼくれている。
タキも同様にして数刻で出てきた。どうやら魔力は持っていないようだった。
次はディルの番である。
兵士に促されながら恐る恐る天幕の中に入ってみると、天幕には4人の人間がいた。
2人は兵士で、護衛や御用聞きのポジションらしい。武器を持って傍らに立っている。
となるともう2人が魔術師様か。2人ともなのか1人だけなのかは分からないが、どちらも藍色の生地に文様が施された揃いの服を着ている。魔力はどのように使うのか知らないが、中は明るかったので魔力の有無を調べるときは目視が大切なのかなあ、などと考えながら周囲を観察した。
ディルは魔術師様というと年配のおじいさんを想像していたが、実際に見た魔術師様(かもしれない人)はどちらもドリーと同じくらいの30代後半くらいのように感じられた。
改めて名前を確認された後、正面の藍色の2人がこちらをじっと見てくる。
特に触れたりもしないし呪文や光に包まれるようなこともなく、ただひたすら観察される。
魔術師様は人を見るだけで魔力を持っているかどうかが分かるのか。魔力を持っている人を見るとどのように見えるのだろう。それにしても緊張する。
しばらく顔やら全身を観察された後、1人が口を開いた。
「お前のほうはどうだ」
私ではなく、隣の人に話しかけている。
「…見えないな」
ああ、ということはやっぱり魔力を持っていないのだ。ちょっぴり残念なような、ほっとしたような気持ちだ。声がかかったらすぐに退室してタキたちと合流しよう。
だがいくら待っても声がかからず、じっと観察される。これで終わりかと思ったら違うのか。沈黙が続く。
1人がうーんと唸りながら再び口を開いた。
「…見えなさすぎる」
「普通のオーラさえもないな」
怪訝に思った兵士が「見えなさすぎる?」と聞き返す。
魔術師様は「そうだ」と答えた。
「魔力がなくとも我々には普通、オーラのようなものが見える。だが、それが全く見えない」
「私も初めてのことだが…君は…ディルだったかな。何か生活していて不思議なことが起こったりはしないか?」
「不思議なこと、ですか」
「例えばオーラが見えたり、生き物に好かれたり、物が勝手に動いたりや壊れたりするなど、何でもいいんだ」
記憶をたどってみるが、そういった心当たりは全くない。
「特にそういったことはありません」
「…そうか。何かが干渉しているような気がするんだが…」
魔術師様は納得していないような声色だったが、少し相談した後兵士に言伝をして記録を書き込んだ。魔力が見えたわけではないので今回はチェックをするにとどめてこれで終わるらしい。
「もし今後何かあればこちらまで連絡をするよう、親御さんに伝えてくれ」
1枚の紙を受け取ると、そこには魔術師様の所属と名前、連絡先が書かれていた。
「王城魔術師、魔力透視、ナバールさん…」
読み上げると、魔術師様が、
「君は平民のようだが読み書きができるんだな。精進するように」
と声をかけてくれた。
「ありがとうございます。頑張ります」とお礼を言い、天幕を出た。
外に出ると、待ち構えていたタキたちが声をかけてきた。
「あっ、ディル!ようやく出てきた!」
「遅かったな!もしかして魔力があったのか?」
「ううん。魔力はないって言われた」
「まあ俺らはただの一般市民だしなぁ」
「でも、魔力を持っているかに生まれはあんまり関係ないって聞いたことがある」
「だからこういう町にも魔術師様が来て魔力を持つ子どもを探しているんでしょ?」
魔術師の子どもが強い魔力を持っていることもあるらしい。ただ、そういう事例もあるという程度で、一般市民から優秀な能力者が見つかることも多い。
とりあえず3人は魔力が無いということが分かったので、広場周辺のお店に行こうということになった。
天幕のそばから離れ、目的のお店に向かおうとしていた時、すぐ近くから怒声と大きな物音が聞こえた。




