17話
荒療治、とは。
「もう一度剣を構えろ」
「?はい」
言われた通りに剣を構えると、ベイジルは持っていた模造刀を放棄した。
そして、腰に差していた剣に手をかける。
まさか。
「模造刀VS本物ですかっ!?」
「それだけではないな」
ニヤリと笑ったベイジルがだんだん悪人顔に見えてきた。よき指導者はどこへ行った。
剣が鞘から少しづつ抜かれるとそのまぶしさにディルは目を細めた。
剣の刀身が青白いというか緑白い光を放っている。
「ちょっと待ってくださいなんでしょうその光の剣はっ!!なんだかすごいエネルギーを感じますよっ!?」
「ほう、お前にも感知できたか。それが魔力だ」
模造刀VS光の剣!?どう考えても無謀だと思う。
魔力を感じることができた喜びよりも命の危険の方が大きすぎて何が何だかよく分からない。
「わた…僕にも分かるくらいの魔力の塊ですよ!?」
動揺して私と言おうとして慌てて訂正した。
「そうだな。これができる奴は滅多にいない」
あまり表情を変えない人物だと思っていたのに、ベイジルの目は獲物を見つけたような爛々とした光が宿り、それを隠さない。こんな表情は初めて見た。
「これはかなりの切れ味だからな。切られるなよ?」
今度は先にベイジルが仕掛けてきた。
とりあえず受け止めようと剣を出す。
しかし防いだ感触がない。
「なっ…!??」
ディルが持っていた模造刀は何の抵抗もなく真っ二つに切れた。数瞬あとにカランと音がして足元を見ると、剣の半分が地面に落ちたところだった。
あれは恐らく風の魔力だろう。それを塊にして出すと金属さえ簡単に切れる剣になるらしい。サーっと血の気が引くのが分かった。
「む…無理無理無理ですよ!!凶悪すぎます!!!」
「頭と胴が繋がっていたいなら何とかするんだな」
「柄より短くなった刀身でですか!?」
「お前には何ができるか考えろ!」
言われて思い出したよ、そうですよそうですよ私は魔力封じが使えるんでしたっ!
死ぬ前に何とかしないと!とぐるぐる考えていると、段々と頭の中でイメージが浮かんできた。
ええい、どうにでもなれと力を込めながらそのまま「ええいっ!!」と叫んだ。
風のような何かがディルを中心として周囲に広がっていった。すると炎が吹き消されたかのようにまばゆく光っていた剣が消滅した。
「消えた!」
光る刀身が消えるとそこに刃はなかった。どうやら柄だけの剣に魔力を纏わせているらしい。
「できたな」
「わあ、力を制御できました!触れずにできたのは初めてです!」
「よし。そのまま模造刀を拾え」
「はいっ!?」
でもとりあえず言われた通り無事な方の模造刀を拾う。ベイジルの手元を見たら光の剣が再び出現していた。
「今度は剣に力を纏わせてみろ!」
「ええっと、はいっ!!」
一度イメージできたので今度は割と簡単にできた。剣の周囲が若干歪んで見える。
ディルはそのまま模造刀で光の剣を薙ぎ払うと再び光が消えた。
遮るものがなくなり、ベイジルが一歩下がって切っ先を避けた。
このチャンスを逃すわけにはいかないので、ディルがそのままもう一回打ち込んでこれで終わりかと思った時、ベイジルは柄の部分で模造刀を受け止め、片脚で蹴ってディルの剣を弾き飛ばしてしまった。
「ああっ!」
しかもベイジルは再び光の剣を出現させている。
これによって素手VS光の剣。もう精神的にもギリギリである。
守るものがなくなってしまったディルの脇腹めがけてベイジルが光の剣を薙いだ。
もうダメ、と目をつぶるが、いつまで経っても痛みはやって来ない。
「…目を開けろ」
恐る恐る目を開けて脇腹を見る。光の剣は消滅したようで、血は見られない。
「本体に触れるとやはり消えるのか。参考になった」
「~~~~死ぬかと思いましたっ!」
「皮膚まで切れてしまいそうなら途中で止めるつもりだった」
しかも。
「ああっ!よく見たら服が切れています!お気に入りなのに!」
「すまない。まあ次はきちんと服も守るように精進してくれ」
「実力不足というわけですね!?いえ確かにそうなんですけれども!」
縫わなければ…とディルは少しだけしょんぼりした。
「今日はこのくらいでいいだろう」
さすがにベイジルの額にも大粒の汗が浮かんでいる。あの光の剣を使い続けるのは相当魔力を消耗するらしい。度を越えた切れ味が簡単にできてしまっては世界が今頃この人の天下だろう。
「荒療治は効果絶大でした。封じる感覚とこの恐怖は絶対に忘れません」
若干の嫌味を交えてお礼を言うと、それを正しく理解してくれたようでベイジルが苦笑した。
「そうしておけ。人間は追い詰められているときの方が全力を発揮しやすい」
火事場の馬鹿力というやつか。荒療治が過ぎるものの、お陰で感覚をつかむことができた。
訓練が終わった後はベイジルはそのまま本部棟に戻るとのことだったので、途中まで一緒に歩いた。
「ベイジルさんが以前身につけていた黒い服は王宮の魔術師のものですか?」
今日来ている服は制服っぽくない普通のものである。
「あれは普段身に着けている制服だな。俺が所属する黒鷲というのは、遊撃部隊として敵陣に乗り込んだり隠密や情報収集などの単独行動を多く担当する特殊部隊だ。だから目立ちにくい色を使用した制服になっている」
「すごい部隊なんですね」
「お前がもっと鍛えて自分の能力を使いこなせるようになれば、同じ部隊になるかもしれん」
「そうなんですか!?」
ディルはかなり驚いた。自分が憧れの人と同じ場所で役に立つ日が来るかもしれないなんて、嬉しすぎる。
「俺が拾ったというのもあるし、相手の魔術師を無効化できるのはかなり心強いからな。ただし、黒鷲はかなりの危険が伴う部隊だ」
「読めない相手と探り合いを繰り広げたり、強力な魔術師と相手をすることになるというわけですね」
「そうだ。それに全員が魔術師で魔力に頼るとも限らない。だからディル。お前は魔力封じの力に加えて、剣術や武道、精神力、あらゆる知識や経験を身につける必要がある」
「はい!最近伸び悩んでいたんですけど、今日のご指導で自立歩行バングルから一歩前進することができました。このまま頑張ります」
自立歩行バングルというところで、フッと鼻で笑われた。でも悪い気はしない。
「それがお前自身を守ることにもつながる。これからもよく励めよ」
「はいっ!」
部屋に戻ると、全員起きてディルの帰りを待っていた。何をやったのか聞きたくてしょうがないらしい。
「ようやく戻ってきた!」
「ベイジル先生に何を教えてもらったんだ?」
「うらやましーっ!」
ハリーなんてベッドの上でバタバタしている。
教えられないことも多いのでかいつまんで報告する。ディルの魔力封じと同様に、風の光剣も秘密事項だそうだ。
「時間を取って特別に個別指導とか…いいなあ」
「スパルタすぎて死ぬかと思ったけどね…はは」
「午前魔力強化指導組が、俺たちも指導してほしかったって悔しそうにしてたぞ」
そうこうしているうちに消灯の時間になってしまったので、軽く身ぎれいにして明日早めに起きることにした。
ディルが着替えようとして、はたと気づいた。
「ああーーーーっ!」
「何だよ!」
脇腹の部分がコルセットまで切れている。大事な一点物なのに。
「…何でもない」
「驚かせるなよなー」
諦めて着替えて横になると、疲れていたからかすぐに睡魔がやってきた。服とコルセットはちゃんと補修しようと心に決めた。