15話
ベイジルはここ最近は自身の仕事で忙しく、もっと早く錬成所に顔を出すつもりだったのが気づいたら二カ月も経過していた。
たまに教師役で呼ばれることがあるが、基本的に本業が忙しいので久しぶりの錬成所来訪である。
ローブを脱いで錬成所の本部棟へ向かう。
事前に連絡していたわけではなかったので先に教師陣に挨拶をしてから、ディルの居場所を教師に尋ねた。
小部屋で自主練習をやっているということだったので、自身の学び舎でもあった錬成所を懐かしさを感じつつ、目的の部屋に向かった。
ノックをすると中から返事があったので扉を開けると、ディルはハサミを指先に当てていた。
何をしようとしているのか問いただしたくもなる光景であった。
ディルは予想外の人物の登場に慌てた。
「こっこれは!薬効を!確かめようとしていて!」
「…知り合いに自分で実験をするのが趣味のマッドサイエンティストがいるからいずれ紹介してやる」
「別にそういうわけではないんですー!」
自分にサントマリーの癒しの力が効くのかどうかを試そうとしていたことを話すと、ようやくベイジルも納得してくれた。大きなため息をついてはいたが。
「なるほどな。確かに戦場で傷の治癒が期待通りにできないのは場合によっては生死にかかわる。試しておいた方がいいだろう」
「そうします」
「生の状態と飲み薬や軟膏のもの、状態が違うものでの回復効果の違いについて確認しておけ。それとサントマリー以外にもよく使われるものがいくつかある」
そういってディルのノートに植物名を十数種類書きつけた。
「よく使われるのがざっとこんなところだな。後日、でいいのでやっておくように」
「ありがとうございます。今度ケガをしたときにでも使います」
後日を強調されたので、あえて自分で傷を増やすなと念押しされたような気がした。意外と面倒見がいいようだ。
ノートに目を落としていると、脇にあるサントマリーが屋内なのに揺れている。
「もしかして今、風を起こしていますか?」
「ああ、バングルをしているとどうなるのかと思って勝手にやっていた。すまない」
ディルの髪はそよがない。
何も言わずにやっているのは人が悪い気がする。
「一言言っていただければ、いくらでも協力しますよ」
「構えていない時にどうなるかと思ったんだが、そこは悪かった。お前の力はバングルをつけていても働き続けるんだな」
「そうみたいです。ただ、効果がなくても周囲に能力のことは言えないので、指示があったとき以外はずっとつけています」
「それでいい。自分の情報はなるべく知られないほうがいい。誰がどこで繋がっているか分からないからな」
なるほどと頷きつつ、むしろ性別を隠すよりも簡単です、と頭の中でだけ返しておいた。
ベイジルが懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。
「この後は他の生徒の指導を頼まれているので一旦出る。また後で声をかける」
そういって出て行った。
別の教師が来た後は、少し広い部屋に移動して魔力封じの扱い方の訓練を行った。
そのまま午後の時間が終わってしまったので、ベイジルも他の生徒の指導に時間がかかっているのだろうとあたりをつけて食事に向かった。
食後に部屋で本を読んでいると、風呂に行っていた同室のオリバーが帰ってきた。
「ディルー。なんか呼ばれてるよー。ベイジルさんっていう人が寮の入り口に来てる」
「ベイジルさんが?分かった。というかオリバーってベイジルさんと面識あったっけ?」
「いや?初めて会ったよ。戻ってくるときに寮母さんに伝言を頼まれたんだ。ちなみに運動ができる格好で来るようにだって」
「はーい」
ここまでの訓練の成果を見てくれるのだろうと思っていたので、まだ服もそのままだし水浴び、もとい入浴もしていない。
ゴソゴソと準備をしているとオリバーが話しかけてきた。
「あのベイジルさんってどういう人?なんだか凄い人らしいんだけど」
「僕もまだよく分からないんだよね。とりあえず僕をここに連れてきてくれた人かな」
「そうなんだ!今日指導をしてくれた人たちがさ、ラスカルとハリーもそうなんだけど、その人を見つけたらすっごい興奮して取り囲んでたよ。なんでも指導が的確でその上強いから、上達のコツや次はいつ来るのかって聞いてた。魔術師としてかなり上の人なんじゃないかな?」
「へー」
そんな騒ぎになっていたとは知らなかった。
ベイジルの実力はディルもよく分かっていない。風を操る魔術師である、という程度だ。
「そういえば王宮所属の魔術師だって言ってた」
どこまで言っていいか分からなかったので当たり障りのない範囲でそう答えておく。
「よそから指導に来る魔術師って時々いるけど、今日ので戦闘系を目指す魔術師の人は目標書き換わったんじゃないかってべた褒めしてたよ、ハリーが。僕は生物系だから全然知らないんだけどさ」
自分の知っている人がそういう風に言われると、なんだか自分のことのようで誇らしい気分になった。
「自分は結構すごい人に拾ってもらったんだなぁ…」
「この時間に呼ばれるのも今から指導してもらえるのかな?行ってらっしゃい」
寮の玄関まで行くと人だかりがあったので近づいていくと、その中にベイジルがいた。今はローブは着ていないようだ。
こちらに気づくと人だかりを抜け出てきた。
「すごい人気ですね」
「寮母に言伝を頼もうかと思って来たら、今日指導した生徒たちに囲まれた。本当は訓練所で待ち合わせをするつもりだったんだが」
後ろを振り返ると、じとーっと羨ましそうにこちらを見るまなざしもあって少し心苦しい。奪ってしまってすいません。
2人は訓練所へと向かった。