14話
ディルが錬成所で過ごすようになって二カ月が経った頃。
剣術の練習では、身体の芯がしっかりと出来てきたのでだいぶ前から型や打ち合いの練習に参加している。筋力の差は相手の力を受け流すことを意識して練習したり、日々の畑仕事などで人一倍動くことで補おうと努力している。お陰で体力も筋力も以前と比べものにならないくらいついた。
今日のディルの予定は、午前中に畑仕事の後に座学、午後は個々の魔力強化である。
ちなみに個別指導が入る今日のような日には、大きく2つのグループに分けて午前と午後を入れ替えて同じ内容が行われる。
魔力強化はこれまで何度かやった。これは人によって内容が全く変わる。
ディルの場合は、一般の生徒から無闇に噂が回ってしまわないように、どのような魔力を有するかは秘密になっている。知っているのは一部の教師だけだ。そういう生徒は他にもいるのでそこまで詮索されることもなかった。
そのため魔力強化で他の生徒と合同で練習することはない。
ディルは教師と剣術などで魔力を使われたときの立ち回りを練習したり、能力の制御や魔力封じの範囲を広げることを訓練することが多い。
ディルは教師の手が空くまで小部屋で植物とにらめっこしている。サントマリーという、魔力を持つ数少ない薬草である。
この植物は自身が傷つくと魔力によって傷口をふさぐ。他の生物にも有効で、擦り傷に生の葉を傷口に貼り付けると傷の治りが早くなる。すり潰して他の薬草と混ぜたものは、油で練り上げて傷薬にしたり液体の飲み薬として使われる。専門の魔術師が調合したものは、より強い効果と保存期間が得られる。
サントマリーが一株。
葉の一枚にハサミで軽く切り込みを入れる。見ている間に傷がふさがり始める。
ディルが触れる。するとふさがり始めていた傷が途中で止まり、手を離すと傷の再生が始まる。
ちなみにやりすぎるとそれ以上回復しなくなるのは前回学んだ。
「触ったらしばらく再生しなくなるの、なんだか申し訳ないな…」
ちなみにその後の経過観察も課題である。前回のやりすぎてしまったサントマリーは三日後に再生力が復活し始めた。
ディルの魔力封じが対象に触れているのが条件となると、使いどころが限られる。
ハサミで切った後、今度は触れずに手をかざす。
そこから再生を止めようとうんうん唸りながら念じる。
しかし何も起こらず傷が完全にくっついて元通りになった。
「うーん。難しいな」
ため息をつきながら額にしわを寄せる。
「みんなは魔力を使うと使っている感覚が分かるっていうけど、その感覚が全く分からないんだよね」
誘拐騒動やキリクスの時もすべてそうだった。自分の力が他人に影響を与えているのにそれが分からないというのは困る。
このままでは、ただの自立歩行ができる魔力封じバングルだ。
自分の思い通りに力が使えるようになりたいし、範囲を広げたい。
何度か他の葉を切って同じようにやってみるも、うまくいかない。
もう一度やろうと思ってふと閃く。
「あれ?もしかして自分にはサントマリーを使った傷薬の効果がなかったりするのかな」
触れるとサントマリーの魔力が封じられるとなると、ディルが植物の魔力の恩恵を受けようとしてもできないのではないか。
「それって何かあった時に困るのでは…?まだ使ったことがないし魔力が用いられている傷薬は高価だっていうけど、効力の確認に今度いただこうかな。あっ、そうだ!」
今も目の前にサントマリーがあるのだから、ここで試せばいいのだ。
自分の指先を見ると、荒れてはいるものの特に傷が見られない。今ここでわざと転んで擦り傷でもこしらえてみるかと思った時に、机の上のハサミが目にとまった。
これだ、と思い指先にハサミの刃を当てた。そして切ろうとしたとき、部屋の扉がノックされる。
「はい」
ディルがそのままの姿勢で扉の方を振り返った。予期せぬ人物に驚いて目が丸くなった。
「…何をしている」
入り口には怪訝な表情をしたベイジルが立っていた。
二カ月振りの再開にしては妙な絵面であった。