13話
錬成所での生活にも慣れてきて、日々の課題に取り組みながらディルは充実した毎日を送っている。
今日は午前中は畑仕事の後に国の歴史に関する座学を、午後は大規模な街における魔術師の運用についての座学と話し合いを行った。
午後の活動を通しての自分の考えを、論文形式でまとめて提出するという課題が出されたので、寮への道すがら、同室の三人と課題についてああだこうだと話しながら歩く。
「…でも個人で運用するのと組織化して行うのだと、効率からしても組織化した方がいいのではないかな」
「うーん、個人で請け負う方がいい魔力もあるよね」
「どちらが合っているかには個人差もあるんじゃない?前に、一律の動きを求められるのが苦手で個人で仕事を請け負っている人に会ったことがあるし。魔力の種類だけではなく、個々の能力による適性というのもあるから、僕はどちらも存在するのがいいと思う」
「確かに!ディル、お前頭いいな」
ディルは地元では一人称は私を使っていたが、寮生活をするようになってからは僕と自分を使い分けている。同年代には僕を使うことが多い。
「たまたまだよ。みんなの考えもすごくいいし。それにしてもこの課題って、読み書きができない人は苦痛だろうね」
「そこは同室がいるから協力するらしいよ。支え合えるのも魔術師にとってはとても重要だから」
「力におごるなかれ、ってことか」
「かっこいいことを言っているけど、これは先生の受け売りだからね」
「何もばらす必要はないだろ!」
同室の三人とはこうして互いに高めあったり気を許したりできるのでとても楽しい。
それにしても初めてやった畑仕事もなかなかすごかった。
みんなで普通に畑仕事をしながら、怪力系の魔術師による高速収穫に、怪力や水を操る魔術師の水やりなどの練習が行われている。
ただ栽培をするのではなく、それぞれの適性を伸ばす一種の訓練の時間ということらしい。
どの魔術師もすごいが怪力の魔術師の汎用性がすごすぎる。戦闘だけでなく市民の暮らしを豊かにできる力だ。
他にも植物のようすが手に取るように分かるという魔術師は、植物に何を与えてどこをどう切れば最もいいのかが感覚で分かるらしい。専用の畑はすごいことになっていた。品種改良などもやっているらしい。
食堂で同室の三人と夕食を食べ終わった後に入浴に向かう。
ラスカルたちが共同浴場に行ったのを確認した後、ディルは着替えを持って部屋を出た。
女であることを隠しているために湿疹があるから一緒に風呂に入れないというディルの嘘を、同室たちはすんなりと受け入れている。
その上、傷跡があっても気にするなと言ってくれたのだが、可能性は低いが病をうつすかもしれないため医者から止められているということにして、ありがたく辞退した。
今は教師に断って特別に個室の風呂を使わせてもらっているということにしている。贔屓ととられるかもしれないから、先生にも生徒にも絶対に口外しないでほしいと懇願したので守ってくれているらしい。いい人たちだ。
だが、ディルは同室どころか教師たちにも性別を隠しているので、個室風呂を借りているなんていう事実は全くない。そもそもそういうものがあるかも不明である。
共同浴場は入り口が一つで、中で男湯と女湯に分かれているというところまでは知っている。あとは入ったことがないから分からない。
女湯に入っているのを知り合いに見られたら性別がバレる。知り合いでなくとも錬成所内で共同生活を送っているのだ。すぐに分かってしまう。かといって絶対に男湯には行けない。
そこでディルが考えたのは、敷地内の畑の近くを流れる小川で水浴びをすることだ。
農作業小屋と樹木の陰になっているちょっとした隠れ場所を見つけたので、人の気配には気を付けつつそこを利用している。
「冷たくて気持ちいーなー」
汗を流すのはやっぱり気持ちがいい。今は暑い季節なのもあって、慣れればあまり気にならない。
石鹸で髪から全身まで洗い、年頃の女の子が使うような香油も使わずに短い髪を簡単な手入れを済ませているだけなのは、女であることを隠したいディルにとっては逆に好都合だった。
ディルは綺麗さっぱりとしてから洗い場へと足を運んだ。自分の服を預けておくと洗ってくれるので、コルセットの下に身に着けている肌着以外は預ける。それだけは自分で洗って農作業小屋の近くに見つからないよう干している。
寒い時期はどうしようと思いつつその時になったら考えることにした。
隠し事も今のところ何故か上手くいっている。どうにかここを出るまでは隠しきりたいと思うディルであった。