12話
ある日の午前中。
訓練場で魔術師たちが剣術の練習をしている。今日は戦闘に適性のある魔術師のみの訓練の日だ。
「はっ!…やあっ!」
模造刀を振りかざす。足を踏み込みながら勢いに負けて腹部が曲がらないように体幹を意識する。
「もっと踏み込みで重心を下に取れ」
「はい!」
ディルはこれまで剣を扱ったことがない。もちろん町で生活をするのに必要はないので当然と言えば当然だ。
最初から上手に扱えるということはまずないので、初めのうちは踏み込みや素振りをひたすら行って剣に慣れる練習だ。ディル以外の生徒は打ち合いを行っている。
訓練で使っているのは刃をつぶした模造刀である。とはいえ実践につながるよう重さは実際の剣とあまり変わらない。
たかが素振り、されど素振りというもので、剣を振るうために必要な筋肉は何も腕だけではなく、体幹や勢いを支える下半身など全身の筋肉が必要となる。
町で毎日の水汲みや荷物運びといった労働を行っていたとはいえ、ディルの筋肉は全身が毎日のように筋肉痛を起こしている。それでも身体を動かすことに楽しみを感じながら今日も素振りに励んでいた。
「97、はぁっ、98、99、…100!」
教師が打ち合いの指導に向かって近くにいないため、決められた数をこなしてから手を止める。
3種類の型を100回、3セットずつやったら休憩を取ってもいいということだったので、汗を拭きながら水分を摂った。
何とはなしに打ち合いの音がする方を見てみると、今相対している二人はなかなかの実力の持ち主らしい。見学者からも歓声が上がっている。
水を飲みながら打ち合いを観察する。
「みんなうまいなぁ…」
「今打ち合っているのはもともと兵士希望の奴らだよ」
やってきたのは同室のハリーだ。水を飲みに来たらしい。
「あ、そうなの?」
「うん。多分8歳くらいから訓練してるはず」
「へえー。てことは錬成所歴が長いの?」
「いや、あの二人は今年度の入学だったと思う。入学時期は基本決まっているけど、人によって錬成所にいる期間はまちまちなんだよ。彼らは兵士として王宮に仕えていて、ある程度魔力の扱い方を学んだら王宮に戻って訓練しながら実務をこなすんだって」
「そうなんだ。国を守る人たちか。かっこいいな」
そうしみじみと言うとハリーが笑った。
「ディルだって戦闘系の魔術師なんでしょ?」
どのような能力があるかは隠すように言われているので、ハリーたちは知らない。今ここにいるのは戦闘系の魔術師のみなのでそう言ったのだと思われる。
「そうなんだけど、スタートが違いすぎて追いつく気がしない」
「そこが難しいよね」
魔術師とはいえ基本的な身体能力は訓練で身につけるしかない。小さいうちに魔力を持っていることが分かれば早いうちに能力に応じた教育がなされるのだろう。だが、町を渡り歩く魔力透視者によって魔力を有することが分かることも多く、そうなるとどうしても魔術師としての訓練の開始が遅くなってしまう。
「剣術だけじゃなくて読み書きもさ。今の国王は魔力に関わらず同じ年齢で学校に通うだとか、バッポンテキな制度改革をしようと頑張ってるらしいけど。まあ僕も家の手伝いをして過ごしていたから働き手がいなくなってしまうのはちょっとね」
兵士見習い同士の打ち合いも終わり、一息つけたところで他の生徒たちが見学する場所に向かった。
行ってみると同室のラスカルもいたが、遠かったので合流するのはやめておいた。
次の打ち合いの組み合わせを教師が指示する。すると周囲がざわついた。ハリーもワッと声を上げた。
「今度はさっきの兵士見習いと怪力持ち、バングルなしだってさ!」
力だけで言えば怪力を持っている方が圧倒的に有利だ。その差を埋めた上で、なおかつ一本取ることはできるのだろうか。
「実践では当然相手が魔術師のことだってあるからね。兵士見習いにとってはいい練習だよ」
「そっか。ちなみに兵士見習いの方は何の魔力を持っているの?」
「雷撃だよ。でも今回は使用禁止らしい。そっちはバングルつけてる」
聞いただけでも緊張する戦いだ。
教師が全員に向かって呼びかけた。
「次の打ち合いは圧倒的に差がある状況下を想定して行う。だが魔力は万能ではないし、魔力を過信すると相手の力量や状況を見誤ることにつながり、逆に追い詰められる。
お前たちに求められるのは魔力を使う力だけではない、ということをよく考えながら見学をするように」
勝ち負けで一喜一憂するための見学ではないということだ。
緊張感が伝染して全員が真剣な面持ちで打ち合う二人を見つめる。
教師の掛け声で打ち合いが始まった。
数発剣を交えるが、やはり兵士見習いが防戦一方の展開だ。怪力の剣を受け止め、いなしながらも少しずつ後退する。
兵士見習いのバランスが一瞬後ろに崩れるのが分かった。
怪力はその一瞬の隙を見逃さず踏み込んで剣を振るった。
すると兵士見習いはそれを待っていたかのように剣で受け流し、脇へと移動してそのまま怪力の背後についた。
首筋に剣を当てる。
周囲がどよめいた。勝負が決した。
みんなで拍手をする。
「うむ。短期決戦に持ち込み、上手く隙をついて後ろに回り込んだな。…今の勝負でも分かるように、力の差がそのまま勝敗につながるというわけではない。どうすれば突破できるのかを考え、自分の持てる技術で立ち向かうこと。とはいえ一朝一夕でできることではないので、今日は相手をいなして回り込む練習を行う。では全員二人一組を作れ」
魔力は万能ではない。
技術向上だけではない。自分と相手の力量をはかり、最善を選び取ること。
ディルはここでの経験を少しでも自分のものにできるようにしよう、と改めて気を引き締めて立ち回りの練習に取り組んだ。