11話
王宮が所有している土地の一角には、魔術師錬成所というものがある。
新人魔術師を育成する施設が王宮内の主要施設のすぐ近くにあるのは色々と危険なため、錬成所があるのは王宮から馬車で半刻ほど進んだ場所だ。ただ、王宮に使える魔術師などが錬成所を行き来することも多いからか、交通の便は比較的良い。
そして錬成所はそれ自体がほぼ独立している施設のため、敷地内には訓練施設だけでなく寮や食堂、入浴施設なども揃えられている。
また、新人魔術師の訓練や学問に関してはベテラン魔術師の存在が不可欠なため、錬成所には複数の魔術師が務めている。
ただし魔術師自体が貴重なため、新人たちのためだけに大勢の魔術師を錬成所に縛り付けるわけにはいかない。かといって魔術師は一人一人使える力が異なり、似たような魔法でも個人差がある。
比較的数が多いとされる身体強化系の魔術師でも怪力や身軽など様々だし、例えば怪力を操る者でも瞬発力のある剣士などへの適性がある者や、大きな負荷をを長時間かけても平気な持久型の者がいるのだ。同じ瞬発力型だとしても個人差が大きい。
錬成所はそういった事情もあり、王城に仕える魔術師や城下町で働く魔術師も連携して指導を行う。
国内から集められた魔術師の卵たちを訓練したり必要な知識を身に着けさせて、その中で個々の魔術師の適性を見出し配置する機関。
それが魔術師錬成所である。
初っ端からディルは困惑していた。
普通は魔力調査で魔力の有無が判明しても、一応年度の区切りがあって決まった時期に入学や進学する錬成所だが、その能力の特殊性からなるべく早い入学がいいだろうということで、ディルは手続きを行ってすぐに中途編入生として正式な生徒になった。
錬成所の各施設や過ごし方は同室の生徒に案内してもらったし、基本的な読み書きはできるため座学は頑張ってついていくことができている。剣術や体術については基礎体力は多少あるものの毎日へとへとになってはいるが、まあどうにかやっている。
それでも、もちろん新しい環境に慣れるまでは分からないことも多くて大変だ。
だが、そういうことではないのだ。
任務の終わったベイジルたちと王宮へ行き、ディルが魔術師として正式に認められた辺りで言っておけばよかったのだ。
ディルは間違われることに慣れすぎて、むしろそれを望んでいる節もあったので伝えることも忘れていた。
自分にも非があるとは思う。
それにしても、だ。
剣術の訓練の後、ディルは寮の自室を目指した。
男子寮の自室に戻ると同室たちはまだ誰も帰ってきていなかった。急いで戻ってきたのだから当然だ。というかもう昼食の時間だから、そのまま食堂に向かった可能性がある。
二段ベッドの下段に靴を脱いで上がり、カーテンを閉めて着替えを行う。
左手首には魔力封じのバングルをつけている。ディルには必要ないが、新人魔術師だらけのここでは事故を防ぐために基本的に全員着用することになっている。
訓練着と薄手の肌着を一気に脱いだ。
その下から現れたのは、胸部から腹部にかけてを覆うコルセットである。
「あっつい…」
コルセットの後ろ部分は紐で胴まわりの長さ調節ができるようになっており、前側に留め具が並んでいる。
留め具を次々と外してコルセットを取り、一番下に着ていた汗を吸っている肌着を脱ぐ。すると現れたのは胸元には14歳にしてはやや控えめなふくらみだ。
そう。
ディルは女の子であった。
女性はスカートを履くのが基本の世界で、ディルは地元でも動きやすさを重視して常に下履きはズボンを履いていたし、ディル自身と服装がマッチして同性にも人気だった。最初は理由があっての男装だったが、そのまま定着して今に至る。
剣術の練習で汗をかいた身体を濡れた手ぬぐいで手早く清め、新しい肌着の上に再びコルセットを付け直す。胸元まで覆う特殊なコルセットは、つけると身体のくびれやでっぱりを隠して一般的なものとは異なる意味での体型補正がされる。
お気に入りのV字襟がついた紺色の上衣を身に着ける。最後に下衣を履き替えた。
「はああぁぁぁー…。この暑い時期に重ね着をして午前いっぱい体を動かすのはさすがにきっついなぁ。汗もすごいしそのままにしていたら乾かないし、午後は座学があるからそのままにできないし…早く水浴びしたい」
のどが渇いたなあと愚痴りながらものすごい速さでディルが着替えを終えると、廊下の足音がドタドタと聞こえ、やがて自室の扉が開いた。
ディルはカーテンを開きながら声をかけた。
「おかえりー」
「ただいまーって、さっきまで一緒にいたろ」
そういったのはラスカルだ。同室内ではリーダー的役割を担っている。
「お腹減ったー!」
ぽっちゃりとした見た目のオリバーはいかにも戦闘向きではない。おっとりしていて心の広い良いやつだ。
「早く食堂に行こうよ」
ハリーは幼馴染のダンに似て明るく活発な性格だ。
「ディルはまだ行かないの?食べるものなくなっちゃうよ」
食堂へ行く準備を終えたオリバーが訊ねた。
「あ、洗い場に寄ってから行くから先に行ってて」
「湿疹があるって着替えとか色々大変だな」
これは一緒に風呂に入れない理由としてついた嘘だ。
「というか三人が部屋に戻ってくるとは思わなかった」
「午後の座学で宿題になっていた課題を食堂でやろうってことになったから取りに来たんだよ」
「まだやってなかったの?」
「まーな」
それでもノートを貸してくれとは言わずに自分たちでやろうとする辺りはまだましというものか。
やがて同室三人は先に出て行った。
一人になった後ひとりごちた。
「坊主だとか少年だって呼ばれていたけども…男子寮、しかも4人部屋ってさあ」
14歳のディルは正真正銘、身も心も女の子だ。
ここへ来る前に焦げ茶の髪は結ばないと邪魔になると思い、短く切りそろえた。着ている服は男物。
書類にはきちんと性別の女の欄にチェックをしていたはずなのだ。
性別を間違われているのに気づいたのは部屋に案内されたとき。
そのときディルが思ったのは、バレるまで隠し通してやろうじゃないかということだった。何で言わなかったんだと言われたときには、書類を確認させて間違えたのはそっちですよとでも言おうと決めて。
ディルが魔術師錬成所の一員になって七日、暦の上では一週間が経過した。
座学で寝ないといいなあ、と考えながら食堂へ向かった。
ようやく主人公の性別が出てきたので、男装タグを追加しました