10話
ここ数日のディルは目まぐるしく動いていた。
「服とー、筆記具とー、裁縫道具はさっき入れた。あれとー、それとー、あとは何がいるだろう」
用意した荷物の前で腕を組んだまま、うーんと考え込む。
黒い魔術師に魔術師認定を受けたときのこと。
「やはりな。君は魔術師だ」
そう告げられても、何が何だかよく分からない。それに自分は既に魔力を持っていないということを確認されている。
「この間魔力があるかどうかを魔術師様に確認してもらったとき、魔力が見えないと言われました」
あの検査で結果が出ているのではないか。
「確かに君が魔力を持っているかは分からない。だが見えなかった理由があるんだ。…私の憶測ではあるが、少し説明させてくれ」
黒い魔術師が改めて話し始めた。
「私はベイジルと言って、王宮魔術師として近衛隊に所属している。君は…ディルは赤髪のキースという魔術師を覚えているか?」
「覚えています。命を助けていただきましたし、炎の魔法も見せてもらいました」
「キースは魔術師としても懇意にしているので当時の出来事を色々と聞いた。そのときと今の出来事から考えると、君の能力は魔術師の魔力を封じる力だと思われる。怪り…キリクスも、君が触れたら怪力が一瞬使えなくなったと言っていた」
キリクスが納得したように口を開く。
「あのときも握手をした時だったなぁ」
ディルも記憶を辿る。
「握手というと帰り際の…えっそうだったんですか!すみません。あのときはてっきり荷物のバランスが崩れたのだとばかり思っていました」
「何事もなかったんだからいいっていいって」
「それだけではない。君が人質にされていたときも、誘拐犯は魔力が思い通りに使えていなかったらしい。魔力の有無を調べたときもそうだ。あれは直接触れてはいないと思うが、魔力を見る際に力が封じられていたと考えれば、君の魔力が見えなかったことにも説明がつく」
よく分からないが、自分が関わっていることで不可思議なことが起こっていたのか。
「でもそんなことってあるんですか?」
「実際に起こっているんだからそうなのだろう。前例がないだけだ」
前例がなかったから分からなくてスルーしていたのか。そういう魔術師が他にもいるのであれば対応も変わっていたのかもしれない。
これまで静観していたドリーが訊ねる。
「先程魔術師様がやっていたのも、ディルの力を確認しようとしていたんですか?」
「そうだ。あなたも接触した途端に風が止んだのを見たはずだ」
「それはそうですが…まだ少し信じられませんな。あれは風を操れるのであればどうとでもできると思ってしまう。はいそうですか、とうちの子を差し出すわけにはいかない」
確かにそうだ。握手をしたタイミングで風を止めれば同様の状況が作れるのではないか。
ドリーたちとしては、魔力というものは得体が知れないし、こちらを騙そうとしているのであれば、魔力についてよく知らない一般人をからめとるのは容易い。ドリーは慎重になっているのだ。
ディルは、ドリーの言った「うちの子」という言葉を口の中で反芻した。
血のつながりはないディルに対しても親として守ってくれるドリーの言葉に、ディルは心がじんわりと温かくなるのを感じた。
ベイジルはドリーの言葉に考え込む。
「確かに、魔力を封じる力というのは証明しづらい。それに正規の勧誘方法ではないので今すぐ信用してくれと言われても難しい。もし私が逆の立場であれば当然渋るだろう。
今この場でどうするかを全て決めることはできないだろうから、後日別のものを寄越して説明や手続きを行おう。ただ、魔術師だと分かれば一旦は王宮預かりの身となり、魔術師として適した役職を任命されるというのは義務でもあるので拒否権はない」
「ディルが魔術師だというなら、この先どうなるんですか?」
そうだ。もうここにはいられなくなるのだろうか。
「まずは王城にある魔術師錬成所で適性に応じた訓練や学問を行う。その後、個々の能力に合った役職に割り振られて活躍することになる。ただ、魔力を封じる力というのは、これまでに前例がないためどのように活躍するかは未知数だ。能力的にも今後危険を伴うこともあるかもしれない」
ディルはここ最近のことを思い返してみた。魔術師とは無縁な人生だと思っていたのに、様々な縁があって何人もの魔術師と関わることができた。
力を持っている人が使い方を誤ると、あの誘拐犯のようになる。
力を正しく使えれば、人々を守ったりみんなの役に立つことだってできる。炎の魔術師キースと怪力の魔術師キリクスのように。
自分には何ができるのだろう。
ディルは気になったことを聞いた。
「収入はあるのですか?」
「もちろんだ。報酬は王宮から支払われるし、どのような職に就くかにもよるが一般的な平民が得られる報酬よりも多い金額となるだろうな」
それを聞いてディルは決心した。
ドリーに向き直って言葉を紡いだ。
「ドリーさん。両親の亡き後ここまで面倒を見てくれてありがとうございます。これまでお世話になった分、大きくなったら商売を手伝って恩返しをしていくつもりでしたが…。でも、もし機会があるのであれば自分の力でどこまでいけるかやってみたいです。魔術師として」
「ディル…」
「最近読んだ本にも書いてありました。力は正しく使ってこそ大きな力になるって。自分にできることがあるならやってみたいです」
ドリーがぐっとこらえるような表情でディルを見る。
キリクスさんもディルがあげた手ぬぐいで目元をぬぐっているのが見える。感情屋さんだ。
そして。
「ディルが希望しているのであれば文句は言うまい」
ドリーの許可が下りた。
ディルの顔がパッと明るくなった。
「ありがとうございます!」
そうしてディルの王城行きが決まった。
現在ベイジルたちが行なっている任務が終わったら、帰りにシェフィールに立ち寄ったときにそのまま合流して王城へ向かうことになった。
それまでの数日で準備をして、王都へ旅立つ。
そんなわけで、翌日から荷物の準備や親しい友人たちへのあいさつ回りに奔走することになった。
王城へ持っていく荷物を準備しながらふと気づいた。
「そういえば、このまま自分らしさ全開でいいのかな?」
ディルはひとりごちた。
まあいっか。
この際だから髪も短くしてしまおう。
かいりキリクス