1話
「くそっ…!」
そう誘拐犯が吐き捨てる。ディルは恐怖で何もできない。
兵士を引き連れた魔術師と誘拐犯のにらみ合い。
誘拐犯に人質にされて、首には冷たくて鋭いものが触れる感覚。襟には自分のものであろう赤いシミ。
魔力を持たないはずなのに。
何故誘拐に巻き込まれているのか。
穏やかな昼下がり、14歳になるディルは兄妹たちと外で遊んでいた。
「おーい、ご飯だぞー」
ディルは両親の他界後、父と仲が良かったドリーに引き取られて、血のつながりはないものの家族としてドリー宅で生活を送っている。
「はぁい!」ドリーの娘のソフィは9歳になる。
「おなか減ったなぁー」妹の遊びに付き合う兄のアランは今年16歳になる。友達も多いが今日は妹たちのために時間を使って一緒に遊んでいた。面倒見のいい兄だ。
「今行きまーす!」
ディルはパッパッと服についた土を払ってから、そう答えた。
ドリーに引き取られたのが10歳の頃だったからか、ですます調が染みついており少しだけ他人行儀に答える。
ドリー家にはとてもよくしてもらっているし、大きくなったらこの恩を返したいという思いから、ディルは読み書き計算も同年代以上にできるようになったし、店の手伝いをよくやっている。
ディルは、焦げ茶でくせのない髪を首の後ろで一つに束ね直しながらアランたちと家に向かう。同年代と比べて細身なディルは、それでいて背がすらりと高い。シュッとした印象を受ける。
ここはレンガに似た材質の一軒家が立ち並ぶ町、シェフィールだ。ドリーは商売をやっており、妻のマリィと子どもたちで支えながら生きている。
「食べ終わったらお前たちには店の手伝いをやってもらうからなー」
「いいけど、何をすればいいの?」と食事をしながらアランが訊ねた。
「今日は町にお偉方がやって来ているんだ。しばらく滞在するようでな、町をいろいろと回るらしいから商品の補充や掃除をして見栄を張ろうかと思うんだよ」
あけすけなもの言いに思わず笑ってしまう。
「それとな、今回のお偉方の目的はシェフィールの視察と、3年に1度の魔術師様の新人魔術師探しだ。アランはすでに前回やっているから、今回はディルだな」
それを聞いてマリィはわあ、と声を上げた。
「魔術師様!どんな人なのかなぁ。ねえねえ、私は今回はやらないの?」
「ああ、マリィは今のところ魔力が表れているわけでもないし、まだ12歳になっていないからな。また次回だ」
「ええ~、早くやってみたいなあ!もし魔力があればいい生活が送れるんでしょ?」
「生活は保障されるな。だけどな、マリィ。もしかしたら家族一緒に過ごせなくなることもあるんだぞ?」
アランもそれに乗る。
「もしマリィが魔力を持っていたとしても、ゴリゴリの力持ちの能力を持っているかもしれないんだよ」
マリィはキャーと小さな悲鳴を上げて
「それはやだ!もっとかわいいのがいい!」と答えた。
「かわいい魔術師ってなんだよ」
町で生活するのには魔力がないところでなにも困らない上、この町に魔術師がいるかどうかさえもよく知らないディルは魔術師がどういう存在かもよく分からない。
ディルは、あまり知識はないが聞きかじった情報でかわいい妹のフォローをすることにした。
「でも大体はその人に合った能力を持つことが多いみたいだよ」
「じゃあ、私はお菓子作りが上手になる能力がいい!」
「そういう魔術師がいるかどうかは聞いたことがないな…」
商人で情報通なドリーが聞いたことがないのなら無いのかもしれないと思った。
「ディルもこれまでに何事もなく過ごしているからね。検査の後はそのまま帰ってくるんじゃないのかな」
「怪力の能力の人は物を壊して魔力に気づくって言うよね。でもちょっと楽しみかなあ」
楽しい昼食の時間が過ぎていく。
この世界には魔法がある。魔力を持っている人はごく少数で、人によって使える能力は決まっている。
魔力を持つのも生まれつき持っている場合もあるが、10歳頃になって魔力が出始めることも多い。
そのため、この国では魔力を有する人間を探しだして適材適所で活躍させるために、魔力を見通すことのできる魔術師が定期的に町を巡る。そして12歳~15歳頃の子どもたちを集めるのだ。
その日は店の手伝いをした後、いつも通りに就寝した。
翌日にディルの人生が変わる出会いがあるとは知らずに。