表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

本当の宝物

作者: 風花 香

「ゆっと! こっちだよ!」


 スーパーマーケットの()(ぐち)から聞こえる、小さな女の子の誰かを呼ぶ声。


 プップップップッ、と音を鳴らし、よたよたした足取りで店内に入ってきたのは女の子よりもっと小さな男の子。

 

 二人は姉弟だろう。お姉ちゃんが遅れて歩く弟の手を握りひっぱる。反対の手には小さな買い物カゴ。


「ちゃんとついてきなさい! まいごなるよ!」


 ママのまねなのかしっかり者のお姉ちゃんに、文句の一つも言わずにプップップップッ、とついて行く素直な弟。


 その微笑ましい様子に周りからも温かい視線が注がれている。


「今日はおかし買わないよ。あっ! ゆっと! もうっ!」


 お菓子コーナーに吸い寄せられる弟を叱るお姉ちゃん。だけど、お姉ちゃんの視線も実はお菓子に釘付けだ。

 本当は買いたいのかな?


「見るだけだよ、ゆっと!」


 しばらく二人色んなお菓子を眺めていたが、お姉ちゃんが弟の手を引き歩き出した。それでも文句も言わず泣きもせず、プップップップッ、とついて行く小さな従者。


 そして洋生菓子(ようなまがし)のコーナーにやってきた二人はお目当ての物を見つけると、お姉ちゃんがそれを手に取る。いちごが乗ったショートケーキだ。弟もシュークリームを手に取った。


「ゆっと、それシュークリームしょ! それは買わないの!」


 弟の手からシュークリームをふんだくり元に戻すと、ショートケーキだけをカゴに入れるお姉ちゃん。

 この時ばかりは弟が泣きそうになったが、お姉ちゃんは「じゃあ、ゆっとこれ持っていいよ」とショートケーキの入った小さな買い物カゴを弟に渡した。


 しっかり者で優しいお姉ちゃんに、無邪気で可愛い笑顔の弟。

 いい姉弟だね。

 

 レジに到着するとレジのおばさんが「いらっしゃいませ」と優しい笑顔で対応してくれる。


「ゆっと、カゴ置いて!」


 お姉ちゃんに言われるがままカゴを台の上に置く弟。

 あれれ? にわかに緊張の面持ちのお姉ちゃん。


「二七〇円になります。お金あるかな?」


 レジのおばさんに言われて、慌ただしくまさぐりだすお姉ちゃん。お姉ちゃんがたすき掛けしている愛と勇気が友達のヒーローはがま口財布というわけだ。


 小さな手のひらにありったけの小銭を広げると、優しい店員さんは一緒に数えてくれた。弟も一緒になって小銭の行方を目で追っている。


「はい、二七〇円ちょうど、頂戴致します。じゃあこれ、気を付けて持って帰ってね」


「ゆっと、持っていいよ!」


ビニール袋に入れられたケーキを受け取ると、お姉ちゃんは弟にそれを持たせた。小さな姉弟がお店を意気揚々と出て行く。


 弟の手を引き勇み足でお家への道を歩くお姉ちゃん。弟もプップップップッ、とやや駆け足になりながらついて行く。


 ずりずりずり。

 あら? 弟の持つ袋が地面を擦っている。大変だ! ケーキが落ちちゃう!


 だけどお姉ちゃんも弟もケーキが落ちそうなことに全く気付かない。やがて、ポロッと袋からケーキが転がり落ちてしまった。





「ただいまー!」


 お姉ちゃんが元気よくママの元に駆け寄る。優しい笑顔で抱きしめてくれるママ。


「ママ、あのね! ふっかとゆっとでね、お買い物してきたの!」


 興奮気味に話すお姉ちゃん。早くママにケーキを渡したくて仕方ないんだろうけど。


「ゆっと! ケーキは?」


 弟は袋をお姉ちゃんに差し出したが、おかしいことに気がついたのかきょとんと袋を見つめている。お姉ちゃんも袋の中に何もないことに気がついた。


「ゆっと! ケーキは!? あっ、袋穴あいてる」


 ケーキが落ちてしまったことを知ったお姉ちゃんは次の瞬間大きな声を上げて泣き出してしまった。


「ふっか、大丈夫。おいで」


 ママに抱きしめられてもお姉ちゃんはなかなか泣きやまない。


「ママの誕生日にケーキ買ってきてくれたの?」


 涙がこぼれる目を擦りながら、お姉ちゃんは頷いた。


「そっか。ママの為にふっかとゆっとで買いに行ってくれたんだね。ありがとう」


「でもケーキなくなっちゃった」


「ううん、ふっか。二人がね、ママの為にケーキを買いに行ってくれた優しい気持ちはなくなってないんだよ? それにね、ママはふっかとゆっとからいつも素敵な宝物をいっぱいもらってるの」


「そうなの?」


「そう。だからね、二人がママの為にケーキを買ってきてくれたことはとっても嬉しい。でもママにとっては二人がいつもママのそばにいてくれることが何よりも嬉しいの」


「ケーキよりも?」


「ふふ、そうだよ」


「そうなのか! じゃあいっぱいぎゅーしてあげるね!」


 明るさを取り戻したお姉ちゃん。弟も訳はわかっていないんだろうけど、ママにくっつく。


「ただいまー」


「あっ! パパだ!」


「ふっかぁ、ゆっとぉ、なんか玄関に置いてあるぞ?」


「えー? なぁにー? ゆっと! おいで!」


 どたどたと玄関に向かう二人。


「あっ! おっきいケーキだ! ねえ! ママパパ見て見て! おっきいケーキ!」


「おおー、ケーキだったのか! よし、じゃあみんなで食べような」


 嬉しそうにケーキを頬張る二人。その笑顔は愛しくて、可愛くて、ほらね。パパとママはまた二人から素敵な宝物をもらったよ。


 

 パパが二人に内緒でママにそっと手渡したもの。

 形は崩れちゃってるけど、二人の優しさがたくさん詰まったこの世にたった一つの宝物。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] もう、すーーーーーーーーごく可愛らしいのです! 私もおっきなケーキ食べたい!
2023/04/28 20:20 退会済み
管理
[良い点] 一言、ほっこりしました。プップップップッって鳴る靴がとてもかわいいです。レジ袋を引きずってしまう描写とともに、その光景を鮮明に思い浮かべることができました。こういう温かい話は大好物です。 …
[良い点]  とってもとっても優しい気持ちになるお話でした。  パパ、(*^ー゜)b グッジョブ!! ですね❗  頑張った二人には花丸。  ママはハッピーバースデートゥユー~♫ [一言]  ステキな作…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ