本当の宝物
「ゆっと! こっちだよ!」
スーパーマーケットの入り口から聞こえる、小さな女の子の誰かを呼ぶ声。
プップップップッ、と音を鳴らし、よたよたした足取りで店内に入ってきたのは女の子よりもっと小さな男の子。
二人は姉弟だろう。お姉ちゃんが遅れて歩く弟の手を握りひっぱる。反対の手には小さな買い物カゴ。
「ちゃんとついてきなさい! まいごなるよ!」
ママのまねなのかしっかり者のお姉ちゃんに、文句の一つも言わずにプップップップッ、とついて行く素直な弟。
その微笑ましい様子に周りからも温かい視線が注がれている。
「今日はおかし買わないよ。あっ! ゆっと! もうっ!」
お菓子コーナーに吸い寄せられる弟を叱るお姉ちゃん。だけど、お姉ちゃんの視線も実はお菓子に釘付けだ。
本当は買いたいのかな?
「見るだけだよ、ゆっと!」
しばらく二人色んなお菓子を眺めていたが、お姉ちゃんが弟の手を引き歩き出した。それでも文句も言わず泣きもせず、プップップップッ、とついて行く小さな従者。
そして洋生菓子のコーナーにやってきた二人はお目当ての物を見つけると、お姉ちゃんがそれを手に取る。いちごが乗ったショートケーキだ。弟もシュークリームを手に取った。
「ゆっと、それシュークリームしょ! それは買わないの!」
弟の手からシュークリームをふんだくり元に戻すと、ショートケーキだけをカゴに入れるお姉ちゃん。
この時ばかりは弟が泣きそうになったが、お姉ちゃんは「じゃあ、ゆっとこれ持っていいよ」とショートケーキの入った小さな買い物カゴを弟に渡した。
しっかり者で優しいお姉ちゃんに、無邪気で可愛い笑顔の弟。
いい姉弟だね。
レジに到着するとレジのおばさんが「いらっしゃいませ」と優しい笑顔で対応してくれる。
「ゆっと、カゴ置いて!」
お姉ちゃんに言われるがままカゴを台の上に置く弟。
あれれ? にわかに緊張の面持ちのお姉ちゃん。
「二七〇円になります。お金あるかな?」
レジのおばさんに言われて、慌ただしくまさぐりだすお姉ちゃん。お姉ちゃんがたすき掛けしている愛と勇気が友達のヒーローはがま口財布というわけだ。
小さな手のひらにありったけの小銭を広げると、優しい店員さんは一緒に数えてくれた。弟も一緒になって小銭の行方を目で追っている。
「はい、二七〇円ちょうど、頂戴致します。じゃあこれ、気を付けて持って帰ってね」
「ゆっと、持っていいよ!」
ビニール袋に入れられたケーキを受け取ると、お姉ちゃんは弟にそれを持たせた。小さな姉弟がお店を意気揚々と出て行く。
弟の手を引き勇み足でお家への道を歩くお姉ちゃん。弟もプップップップッ、とやや駆け足になりながらついて行く。
ずりずりずり。
あら? 弟の持つ袋が地面を擦っている。大変だ! ケーキが落ちちゃう!
だけどお姉ちゃんも弟もケーキが落ちそうなことに全く気付かない。やがて、ポロッと袋からケーキが転がり落ちてしまった。
「ただいまー!」
お姉ちゃんが元気よくママの元に駆け寄る。優しい笑顔で抱きしめてくれるママ。
「ママ、あのね! ふっかとゆっとでね、お買い物してきたの!」
興奮気味に話すお姉ちゃん。早くママにケーキを渡したくて仕方ないんだろうけど。
「ゆっと! ケーキは?」
弟は袋をお姉ちゃんに差し出したが、おかしいことに気がついたのかきょとんと袋を見つめている。お姉ちゃんも袋の中に何もないことに気がついた。
「ゆっと! ケーキは!? あっ、袋穴あいてる」
ケーキが落ちてしまったことを知ったお姉ちゃんは次の瞬間大きな声を上げて泣き出してしまった。
「ふっか、大丈夫。おいで」
ママに抱きしめられてもお姉ちゃんはなかなか泣きやまない。
「ママの誕生日にケーキ買ってきてくれたの?」
涙がこぼれる目を擦りながら、お姉ちゃんは頷いた。
「そっか。ママの為にふっかとゆっとで買いに行ってくれたんだね。ありがとう」
「でもケーキなくなっちゃった」
「ううん、ふっか。二人がね、ママの為にケーキを買いに行ってくれた優しい気持ちはなくなってないんだよ? それにね、ママはふっかとゆっとからいつも素敵な宝物をいっぱいもらってるの」
「そうなの?」
「そう。だからね、二人がママの為にケーキを買ってきてくれたことはとっても嬉しい。でもママにとっては二人がいつもママのそばにいてくれることが何よりも嬉しいの」
「ケーキよりも?」
「ふふ、そうだよ」
「そうなのか! じゃあいっぱいぎゅーしてあげるね!」
明るさを取り戻したお姉ちゃん。弟も訳はわかっていないんだろうけど、ママにくっつく。
「ただいまー」
「あっ! パパだ!」
「ふっかぁ、ゆっとぉ、なんか玄関に置いてあるぞ?」
「えー? なぁにー? ゆっと! おいで!」
どたどたと玄関に向かう二人。
「あっ! おっきいケーキだ! ねえ! ママパパ見て見て! おっきいケーキ!」
「おおー、ケーキだったのか! よし、じゃあみんなで食べような」
嬉しそうにケーキを頬張る二人。その笑顔は愛しくて、可愛くて、ほらね。パパとママはまた二人から素敵な宝物をもらったよ。
パパが二人に内緒でママにそっと手渡したもの。
形は崩れちゃってるけど、二人の優しさがたくさん詰まったこの世にたった一つの宝物。