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さよならタイムリープ  作者: 安住ひさ
第三章 修正された世界
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第三章 修正された世界①

 気が付くと、俺はベッドの中にいた。

 布団を退けて起き上がり、周りを確認する。そこは、変わり映えしない自分の部屋であった。

 薄暗い部屋の中を見回して携帯を探すと、それは机に無造作に置かれていた。流石にベッドからは手が届かないので、ベッドから出て机に手を伸ばし、携帯を取った。

 日付はあの日、俺が日司、岡辺と美術館に行った時の日からどうやら一日経過していた。時間は早朝。

 ふと見ると、チャットアプリの通知が来ている事に気付いた。それを開いてみると、それは日司と岡辺からのメッセージだった。いずれも、俺を心配するメッセージだ。

 状況はよく分かってないが、取り敢えず無事だと伝えるため俺は二人に返信をした。少し待ってみたが、返信は返ってこない。それもそうだろう。まだ時刻は七時前だから、きっと二人共まだ寝ているのだ。

 俺は静かに深呼吸をする。

 確かに、確かに俺は過去に戻っていた。結局あれはなんだったのだ。

 夢とするには妙にリアルな体験だった。普通夢というものは、夢の中ではリアルに感じていても、起きてみればあれは夢だったと感じるものだ。

 だが、あれは今でも実際に起きた事だと感じていた。

 思い切って日司に尋ねてみるか?

「いや」

 まあいいか。あれが仮に過去だったとしても、夢だったとしても、何かあるなら自ずとあちらからやってくるだろう。

 俺は階段を降り、居間へと向かった。

「真琴」

 居間に入ると、朝の支度をしていた母が心配そうな顔をしてこちらを見てきた。

「おはよう、母さん。どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。昨日貴方、美術館の前で突然気絶したんでしょ」

「気絶?」

「そうよ。まあお医者さんによると只の寝不足みたいだったから良かったけど、優希君と日司さんが真琴をここまで運んできてくれたのよ。後でお礼を言っておきなさい」

「ああ、分かった」

 母は俺の呑気な様子を見て安心したようで、すぐさま家事へと意識を向けた。

 俺はソファに座って点いていたテレビのニュースに目を向けると、一年前に高瀬町で起きたという火災の件を取り扱っていた。

 瑞葉の時に起きた火災の事だろうか。そう思っていると、携帯が振動を始めた。画面を見るとそれは日司からの電話だった。

『良かった! いきなり倒れるからびっくりしたよ』

 電話に出るなり、ほっと安堵したように日司は言った。

「心配かけて悪かったな」

『ええってええって。マコト担いで家まで運んだのは岡辺君だったし』

「なあ、日司」

『ん、何?』

「ちょっと聞いてみたいんだけどー、んーいや、やっぱなんでもない」

『そう? うん、分かった』

「ま、今日は家でゆっくりと休むよ」

『それが良いよ。ゆっくりと休まんとねー』

「ああ。ありがとうな」

『いえいえ、どういたしまして〜』

 何故か卑屈そうな声音で日司は言った後、電話を切った。

 その後、間もなくして岡辺から電話で連絡が来たので無事だと伝えておいた。岡辺はほっと安堵したようだが、心なしか、少し疲れているようだった。昨日俺を運んでくれたせいかもしれない。会った時にお礼をしなければなるまい。

 結局、俺は日曜日をだらだらと満喫する事にした。しかし、吉屋真琴という人間は只漫然と時間を潰す事に慣れていなかったようで、気が付けば絵を描き始めていた。


       ○


 普通であれば憂鬱である筈の月曜日、俺は以前のように高校への道を歩んでいた。

 日曜日は驚く程平穏無事に過ぎ去っていった。別に明確な不安があったわけではない。只、何かあるんじゃないかと漠然とした不安があっただけだ。だが、結局何もなかった。

 しかし俺は本当に過去に跳んだのだろうか。時間が過ぎてみると、あの出来事が夢のようにすら思えてきた。だがあの日司の持っていたものだ。時間を跳ぶという事も十分に有り得るのではなかろうか。

 やはり、直接彼女に尋ねた方がいいのかもしれない。

 俺が校門をくぐろうとした時だった。

 不意に、後ろから背中を軽く叩かれた。

 岡辺か。俺は振り返り、親しい友人に挨拶を返そうとした。

 が、その姿を見て全身が硬直してしまった。

 最後に見た時より、ほんの少しだけ大人びた輪郭だった。だが明るめのショートの黒髪、性格をそのまま体現したかのようなパッチリした目は変わらずにそこにあった。

「おっはー」

 なんて、軽やかな挨拶であろう。俺はこんなにも嬉しい気持ちで一杯だというのに。

 そこに立っていたのは、高校生になった瑞葉だった。

「どうしたんよ? 鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をして」

 キョトンとしながら彼女は尋ねた。

「いや、なんでもない」

「って顔してないけど。ふーん、さては私の魅力に気付いてしまったのかな?」

「いや、なんでもないんだ」

 おかしな返答をしてしまい、流石の瑞葉も首を傾げた。

「えい」

「あたっ」

 鳩尾(みぞおち)に軽い突きを入れられた。それは確かに軽かったのだが、油断していた俺には結構なダメージだった。

「何をするんだ」

「活を入れようと思って」

「そこはむしろ力が抜けるだろ」

「まあ細かい事は気にしなさんな。じゃあ先に行くけん。一緒に歩いて友達に噂されると困るしー」

「はあ?」

 唖然とする俺をよそに、瑞葉はさっさと昇降口へと歩き去っていった。

 要するに、あれは夢じゃなかったんだ。俺は過去に跳んで瑞葉を助けた。そして、その結果として今ここに瑞葉がいる。

 過去を変える事で、未来を変える。余りにも陳腐で定番の筋書きだが、そんな事はいい。良かった、本当に良かった。

 俺は半ば夢現の中教室へと至ると、そこはなんら変わりない教室のままであった。いつものようにクラスメイトは居て、そして日司も勿論のように居た。

「なんかいい事あった?」

 日司は相変わらず天真爛漫な笑みを浮かべた。「なんかにやけてるよ」

「いいや、別に何も無かったよ」

「ふーん、そう?」

「なあ、日司」

「何?」

「瑞葉って子知ってるか?」

 そう聞くと、日司は天井に視線を移しながら「うーん」と唸り、「ああ」と納得したように頷いた。

「知ってる知ってる」

「ほんとか?」

「うん。隣のクラスの子だよね。話した事はないけど、なんか面白そうな印象だった」

 話した事はない、か。

「そういえば、岡辺がいないな」

 俺が岡辺の方を見ながら言うと、日司は首を傾げる。

「岡辺君? そういえばそうだね、もうホームルーム始まっちゃうのに」

「風邪とかかな」

 教室のドアが開き、先生が入ってきた。

「岡辺だが、家の都合で二、三日休む事になった」

 ホームルームの途中、先生はそんな事を告げた。


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