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憂いの金髪剣士編 1


 三週間が経過してテストプレイは順調だ。

 いや、むしろ不調というべきなのかな。


 なんというか、テストプレイをしている社員たちがはまりこんじゃってるわけですよ。

 もう、どっぷりと。

 検証の名のもとに、何度も同じシナリオをプレイしたりね。


 気持ちは判るけど仕事だからね。みんな。

 真面目(・・・)にプレイしよう。


『鏑木さんは、まだ冷静な方ですよね』


 叶恵の声が脳裏に響く。


 僕たちのチームはけっこう真剣にゲーム世界の検証をしてるんだ。操作性の確認や処理上の不具合の洗い出し、シナリオに前後矛盾する部分がないかのチェック。バトルのバランス調整。

 やることは多いんですよ。


 もちろん、ゲームそのものも楽しんでるけどね!


「どっぷりハマるには、キャラが悪いよ。神代」


 自分の姿を見る。

 相変わらず小柄な少女だった。さすがに魔法少女スタイルではないけど、おめめぱっちりのロリっ娘という事実は、一ナノメートルも動いてない。


 なんてつらい現実だろう。

 ゲーム世界とかに逃避したい。


『むしろそこがゲーム世界です』

「ですよねー」

『キャラ変えます?』

「え? いいの?」

『そのアバターデータもかなり充実してきましたし、次の段階に進んでも良いかな、と』

「やった! まじで!」


 ガッツポーズしちゃった。


 いかれた格好におさらばできるってのももちろんあるけど、それ以上に楽しみなこともある。

 オンラインプレイだ。


 といっても、接続されているのは社内のローカルネットワークだから、厳密な意味で世界と繋がるわけじゃないけどね。

 それでも、ソロプレイでは得られないような感動があることは間違いない。


 同時に、最もトラブルが懸念されているのもこの部分だ。

 まあ、たいていの厄介事なんて、突き詰めたら対人関係に集約されるからね。

 あとは金銭問題くらい?


 ぶっちゃけ、プレイヤー間のもめ事なんか知ったこっちゃないんだけど、ことが技術的な部分になってくると、さすがに開発会社の責任を追及してくる人々も登場するんだ。


 たとえば、システム上の不具合を利用した詐欺行為とか、そういうやつ。

『LIO』ではPK(プレイヤーキル)はできないから、そっち系のトラブルはなさそうだけど、それだってちゃんと検証しないとなんともいえない。

 自分で手を下さなくても、上手くモンスターに襲わせるとか、そういう裏技チックなものがあるかもしれないのだ。


『そんなに楽しみですかねえ。ゲームの中でまで他人と交流してどうするんだって思いますけどね』

「開発者ーっ!」


 あんたがそういうこと言ったらダメでしょ!

 開発チームの人間なんだから!

 もっと肯定しないと!

 交流楽しいよってオススメしないと!


『は。楽しいわけないじゃないですか。ギスギスするだけですって』


 なぜ吐き捨てる。

 なんかあったのかい?

 相談にのるよ?


「ともあれ、いっかいあがるよ」

『了解です』


 叶恵の声を聞きながら、僕は視界の隅にあるゲーム終了のアイコンをタップした。





 ログアウトできない!

 などということはまったくなく、ごく普通に現実世界へと帰還する。


「おつかれさまです」


 ヘッドギアを外すと、デスクからこちらを見た叶恵が微笑みかけてくれる。

 これもまた、もう見慣れた光景だ。


「ただいまー」


 ふわ、と、あくびをしながら左腕の端末腕環に触れる。

 ポップアップが開き、新着メッセージの有無と現在時刻を教えてくれた。


「十一時半か」

「お昼いきます?」


 ちょっと早いけど、逆にこの時間ならすいてるかもしれない。

 ゆーて、社員食堂(しゃしょく)も飽きてきたなあ。

 この三週間そこばっかりだしなあ。


 ずっと営業で外回りだった僕は、あんまり決まった時間に昼食はとれなかったし、社員食堂を利用したこともなかった。

 だから最初の頃はそれなりに楽しんでいたんだけど、さすがに続くと飽きてしまう。


 あ、食堂のおばちゃんたちの名誉のために言っておくと、うちの社員食堂は美味しいよ。

 街に出ててきとーな店に入るより、ずっとずっと賢い選択だ。

 メニューも豊富だしね。


 ただまあ、三週間十五日も通うとね。さすがにね。


「もしあれだったら、一緒に食べます?」


 ううむと悩んでる僕に、叶恵が声をかけてくれる。

 お誘いは嬉しいけど、あれってなんだよ?


「具体的には金欠(キンケツ)とか」

「生々しいよ! そこまで貧乏じゃないよ!?」


 一応うちは一流企業ってことになってるんだ。完全週休二日だし、有給休暇もボーナスもあるし、出産・育児休暇だってあるし、残業も月に五時間あるかどうかだし、福利厚生面もしっかりしてる。

 そんな会社に勤めてるのに昼食代すら捻出できないとしたら、僕の生活能力には、かなり深刻な疑義が提出されるってもんでしょうよ。


「もしお金がないなら、私のお昼を恵んであげようと思ったんですけど」


 めぐむてあんた。

 まあ、うら若き女性の手作り弁当とか、気にならないといったら嘘になりますけどね。

 でも僕に食べさせたら、自分で食べる分がなくなっちゃうじゃない。


 気を使う僕に、叶恵がこてんと小首をかしげる。

 だから、その仕草があざといんだって。


「大丈夫ですよ? 買い置きはいっぱいありますし」

「買い置き?」


 なんか不穏当な単語が聞こえましたよ。

 買い置きできるお昼ご飯ってさ、不敏なる僕にはひとつしか想像できんのですわー。


「ほら、こんなに」


 備え付けの棚をがらりと開ける。


 ああぁぁ! やっぱりぃぃぃっ!


 あるわあるわのカップラーメン。

 何十種類も、(うずたか)く積まれている。

 ていうか、そこ書類とか入れとく棚だよね。食品貯蔵庫じゃないよね。


「オススメはこれですね。わかめがたっぷり入ってるやつ。大昔からの定番商品です」


 健康に良いですよって笑ってる。

 嘘をつくな。嘘を。


 わかめが入ってるから健康的だなんてことあるもんか。

 仮にわかめが健康に良かったとしても、カップラーメンを含めたインスタント食品が健康に良いわけねーだろうが。


 大丈夫か? この才媛。

 まともなものを食わせなくては。


「外に食べに行かないか? おごるからさ」

「やった! あれ? でも金欠なんじゃ?」

「その誤認情報はやめてくれ。べつに金持ちじゃないけど、お昼ご飯が食べられないほど貧乏じゃないって」

「じゃあ私、羊が食べたいです。羊」


 (ラム)肉とな?


 あ、ならあそこが良いかな。

 取引先の人と行ったことのある専門店がある。

 あまりにも美味くて、美月先輩を案内したこともあったっけ。

 中国人の彼女が認めるほどの、羊肉を使った中華レストランだ。


 端末腕環を操作して、メニュー情報をポップアップさせる。


「ここどうかな?」

「スペアリブ! いいですね! ここにしましょう!」

「おいおい。昼からそんなもん食べるつもりなのか? ランチセットとかじゃなくて」

「世の中は肉です!」

「なんだそりゃ」


 半笑いを浮かべながら叶恵を促して部屋を出る。

 第二十五稼働実験室、なんて大層な名前かついてるけど、実際のところはただの個室だ。


 技術部の連中には、一人一部屋が与えられている。

 僕たち営業職みたいに、机を並べて仕事をするわけじゃない。

 まあ、打ち合わせとかあんまりないだろうしね。

 そういうのが必要だったら会議室を取れば良いだけだし。


 ちなみに、僕がダイブするときに使ってる簡易ベッドは、今回のテストプレイのために用意されたものだ。

 さすがに普段からこんなものがあったら、昼寝し放題ですって。


「なんか仕事中なのに会社の外に出るって、背徳感がありますね」

「そんなばかな」


 外に出るのが悪だったら僕たちみたいな外回り営業は、不良社員ばっかりってことになってしまう。


 あれ?

 もしかして技術部や事務職の人たちって、僕らが外で遊んでると思ってるの?

 それは不本意すぎる。

 取引先の都合に合わせて動くから、あんまり会社にいないってだけなのに。


「まだ混む時間じゃないけど、一応予約(リザーブ)いれとこう」


 端末腕環を操作する。


 これも基本。

 お客さんが食べたいっていうものが、席がなくて食べれませんでしたなんてなったら目も当てられないからね。


 事前の準備ってほどでもない。

 一本連絡を入れれば済む話だし。


 いやまあ、叶恵はお客ってわけじゃないけどさ。


「鏑木さん格好いい。なんかスマートで大人の男って感じです」

「いままで君は僕をなんだと思っていたんだい? これでもれっきとした大人の男のつもりだよ」


 お馬鹿な会話をしながらエントランスホールを出る。

 初夏の日差しが眩しい。


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