哀しみの魔法少女編 8
「と、とにかくまわりを削らないと、どうにもならない」
まだ距離のあるうちに取り巻きを削ろうと魔法を連射する。
ばたばたと倒れていく邪小鬼たち。
詰まっていく相対距離。
こっちが足を止めたって、向こうはどんどん近づいてくる。
くっそう。範囲攻撃の魔法が欲しいなあ。
魔法が専門の魔法使いなら、レベル二十五っていったらいくつかの範囲魔法を使えるようになってるけど、哀しいかな魔法剣士の僕がそれを使えるようになるのはレベル三十からだ。
このあたりは、ハンパものの哀しさだよね。
特化した方が強いんですわ。結局。
十匹ほどやっつけたところで、接近戦の範囲に入ってしまった。
「みんなは邪小鬼を!」
「了解! 隊長もお気をつけて!」
部下たちが散る。
状況としては良くない。
二対一。
人間と邪小鬼では前者の方が個体能力は高いけど、やっぱり数は力なのだ。
長引けば、僕の部隊は負けてしまうだろう。
それを回避する方法はひとつだけ。
短時間のうちに、僕が夜叉丸をやっつけて戦闘を終了させる。
これしかない。
ステッキをナイフに持ち替える。
目前には巨大な鬼。
ぺろりと上唇を湿らせた。
もちろんそれは脳がそう認識しているというだけの行為だが。
「小娘。儂に挑むとはみあげた心意気よ」
鉄を軋ませるような声がはるか頭上から響く。
「まあ、たしかに見上げてるけどね」
「軽口を!」
ぶぉんという風切り音とともに、大太刀が振り下ろされる。
咄嗟に横っ飛びした僕の髪を何本か斬り落としながら、それは地面に衝突した。
巻き上げられた砂礫が身体を打つ。
ただの視覚効果なんで、べつにダメージはないんだけど、ものすごい迫力だ。
つーか怖い。
がっつり怖い。
だって、あの大太刀だけでも、僕の身体よりでっかいんだよ?
とてもじゃないけど、まともには打ち合えないでしょ。
こっちはナイフなんだから。
速度で攪乱しながら右手を振るう。
夜叉丸の右ふくらはぎあたりにヒットした。
ちみっと。
耐久ゲージが、一ミクロンくらい減る。
「なんだそれは。小娘」
「……ですよねー」
僕の身長は百五十センチもない。
ということは、肩の高さでナイフを振り回しても、高さはせいぜい百三十センチくらいだろう。
つまり夜叉丸のふくらはぎくらいってこと。
なんて哀しい現実だ。
身体の大きさってのは、そのまま武器なのである。
小兵が巨漢に勝ったなんて例は稀で、だからこそ目立つし賞賛もされる。
夜叉丸はレベル八で僕はレベル二十五。
レベル差だけなら勝負にならないけど、これホントに勝てるの?
僕のナイフなんて、どこを攻撃しても致命傷にならない気がするんですけど。
振り回される大太刀を回避しながら、ちくちくと攻撃していく。
「おのれ! ちょこまかと!」
「はいそうですかって打ち合えるかよ。ガタイの差を考えてくれ」
どーんと地面を叩く大太刀。
「とう!」
ジャンプ一番、その峰に乗った僕は太刀の上を駆け上がる。
「なんと!?」
慌てて手を離そうとする夜叉丸。
残念。
僕の方が速い。
投げ捨てられた太刀を蹴り、もう一度大ジャンプ。
「おらぁぁぁぁっ!」
夜叉丸の胸板に強キックだ。
「ぐぼあ!?」
鬼の親玉が大きくのけぞる。
こんな小娘の蹴りでよろめくとか、普通はありえないけど、そこはレベル差ってやつ。
近接格闘をやったって、レベル二十五の魔法剣士はけっこう強い。
すくなくとも、レベル八の鬼よりは。
よろめいた夜叉丸の胸板を駆け上がり、両肩に足をかける。
肩車される幼児って感じの、いささか格好悪いスタイルだけど、このさい見た目にかまってはいられない。
左手で髪を鷲づかみして、大暴れする鬼から振り落とされないよう必死にしがみつく。
「はなさんか! 小娘が!!」
「離したら落ちちゃうだろ!」
地上三メートル近い場所だ。
そんなところから叩き落とされたらただでは済まない。
右手のナイフを逆手に持ち替え、夜叉丸の首筋に当てる。
「そぉい!」
そのまま横に掻き斬った。
致命的な攻撃! と、視界に表示される。
よし!
やっぱり急所はあったか。
なにしろ僕自身が二十四もレベル差のある邪小鬼に殺されたからね。
「み……みご……と……」
いまわの際の言葉を発し、夜叉丸が光の粒子に変わっていく。
さすがに死体が残るってことはないよ。
グロすぎるからね。
「おっと、と」
足場を失った僕は、それでもなんとか足から着地する。
総大将が打ち倒され、算を乱した邪小鬼が一斉に逃走をはじめた。
勝利である。
「隊長!」
「お見事です!!」
「ご無事でなにより!」
部下たちが集まってきた。三人。
ああー 二人やられちゃったか。ごめんよ。僕が不甲斐ないばっかりに。
損害ゼロでは勝てなかった。
僕がもう少しうまく立ち回っていれば、二人も死なせずに済んだかかもしれない。
NPCとはいえ心が痛いね。
本陣の方から赤髭公の声が轟いてくる。
「皆のもの! 勝ち鬨じゃ!!」
と。
『えい! えい! おー!』
一斉に兵士たちが唱和した。
おおう。
勝ち鬨って、これのことなんだ。
単語は知っていたし、このかけ声も知ってたけど、イコールで結んでなかったよ。
「隊長。我々も」
生き残った部下が促す。
そりゃあ、敵の大将を討ち取った僕がぼーっとしてたら、場が白けちゃうよね。
頷き、僕はナイフを持ったままの右手を掲げる。
高く高く。
「えい! えい! おーっ!!」
『えい! えい! おーっ!!』
三人の部下たちもまた右腕を掲げた。
勇ましい声とともに。
散っていった戦友たちに、届くようにと。
イベント群『赤髭公の鬼退治』を無事にクリアした僕は、ダイブを終えて現実世界へと戻ってきた。
あ、べつにこれでゲームクリアってわけじゃなくて、『LIO』のなかに数あるシナリオのひとつを完了しただけ。
世界はまだまだ冒険に満ちているんだ。
「おかえりなさい。鏑木さん」
ヘッドギアを外した僕に、叶恵が微笑みかけた。
箱ティッシュを差し出しながら。
不思議に思いつつ受け取ると、僕は自分が泣いていたことに気付く。
おおっと。
ずいぶん感情移入していたようだね。
激戦と、その後の宴と、新たな冒険を求めて、後ろ髪を引かれながらも旅立つまでがシナリオの一セットだ。
ぶっちゃけ感動した。
このままトウキョウ領主軍に残りたいって、何度口走りそうになったことか。
涙を拭い、鼻もかむ。
「いい話でしたねえ。亡くなったドルバにじつは婚約者がいたとか、涙なしでは見れませんでしたよ」
叶恵の目も赤い。
僕が戻るまでの間に泣いてたみたいだ。
つーか反則でしょ。NPCたちにも人生があるとか。
僕はテストプレイって性質上、最初から強かったからそんなに部下たちとの交流はなかったけどさ、これレベル一から始めて一緒に成長していったなら、感情移入の度合いももう二段階か三段階あがっただろうね。
すごすぎる。
「まさか夜叉丸に勝っちゃうとは、さすがですね。鏑木さん」
「あれってやっぱり一人では勝てない仕様だったのかい?」
とはいえ、いつまでも感動に浸ってはいられない。
分析と問題点の洗い出しをしないと。
「ですね。理想は六人パーティーです。推奨レベルとしては十から十二ってところですね」
「なぁる」
レベル二十五の一人より、レベル十が六人の方が強いのはものの道理だ。
いまにして思えば、よく勝てたなぁ。
「負けて、サブシナリオに移行すると思ってたんですけどね」
「そんなことをたくらんでたのか」
「たくらむなんて人聞きが悪いです。救済シナリオも用意されてるってことですよ」
夜叉丸には、一度負けても大丈夫だったらしい。
一人プレイの場合には、部下たちが自分の命と引き替えに、プレイヤーを逃がしてくれるのだという。
そしてプレイヤーは彼らの忠誠に報いるために、もう一度修行し直して夜叉丸に挑む、と。
そのシナリオでは、師匠キャラとか相棒キャラも登場するんだそうだ。
「それはそれで興味あるなぁ」
「やってみます?」
問いかけに少し考え、僕は首を振った。
正直、いまの感動を忘れたくない。
あとから検証は必要になるんだけど、それはまったく後日のことにしておきたいものだ。
「ていうか、誰かの犠牲ってハードすぎないか?」
「シナリオライターが言うには、王道だそうですよ」
うん。
ちょっとそのライター連れてこい。
説教してやる。