哀しみの魔法少女編 6
地球と異世界ラゴスが混じり合うという大災害、『ミキシング』から半世紀が経過した。
世界地図はでたらめに書き変わり、発生した謎の電磁波によって電子機器は役立たずのゴミとなり、乱れきった気流は人々から航空・航宙技術を奪い去った。
まるで大航海時代以前のように、人類は地表を這い回るしかなくなった。
しかもその地表には、異世界ラゴスの怪物が跋扈していた。
かつての繁栄が失われた地球。
変わり果てた世界のなか、逞しく生きる人々の、これは物語である。
ディストピア感が溢れるグラフィックをバックにオープニングテロップが流れ『LIO』がスタートする。
僕は相変わらず魔法少女スタイルだ。
哀しい。
『では鏑木さん。今日はエフェクトの発動試験はなしで、ストーリーを進めるってことで』
どこからともなく聞こえる叶恵の声。
軽く頷く。
本来、このゲームには攻略すべきメインストーリーというものは存在しない。
世界を遊ぶってのがコンセプトのひとつだからだ。
ただ、それだと漠然としすぎているし、張り合いもなくなるため、物語的なものは数多く用意されている。
ボスキャラといえるような敵も存在しているのだ。
倒したからといって、それでもう遊べなくなるというわけではないけれど。
まずはそれをやってみないか、と、叶恵に提案してみたのである。
物語を進めていくなかで、おかしいところや、不具合を洗い出していこうと。
『アイテムストレージを確認してください。中盤まで必要そうなものは全部入ってると思います』
いわれて、視界の隅にあるアイテムボックスをタップする。
消耗品や装備品、ゲーム内通貨など、おおよそ必要そうなものは入っているようだ。
「OK。問題なさそうだよ」
いくつかの装備品を取り出して装備する。
タップするだけなんだけど、それだけで外見グラフィックが変わった。
さすがに実際に脱いだり着たりはしないのである。
そこまでリアリズムを追及してもしかたないし、下着とかも設定してしまうと、よからぬことを考える大きいオトモダチがいたりするからだ。
コンプライアンスの面からも、性的な描写は『LIO』には存在しない。
『うっわ……』
叶恵の声。
なんだようわって。
軍用ブーツにカーキ色のカーゴパンツと迷彩柄のシャツ。
脇に吊した大振りのコンバットナイフと、腰後のホルスターには魔法少女ステッキ。
『ださすぎー……ありえない……』
「しかたないだろ。遠距離武器は魔法少女ステッキしかないんだから」
まあ、この服装でおめめぱっちりの美少女なのだから、かなりマニアックであることは否定しないけど。
『魔法少女ステッキを残すなら、べつに魔法少女衣装のままで良かったんじゃないですか?』
「物理防御が低すぎるでしょ。魔法防御は高いけどさ」
序盤で魔法を使ってくるような敵は出現しないのだから、あの衣装はほとんど意味がないのだ。
中盤以降はかなり役に立つだろうけどね。
『なるほど……』
いや。そこで感心されても。
ゲームだからさ。
より有利な選択をするのはむしろ当然で、見た目重視の装備というのは、かなり戦力に余裕がないとできない。
まして昨日戦った邪小鬼を思えば、こっちに余裕がないのは明白だ。
慢心していたら、すぐに死んでしまう。
『あ、デスペナ解除します?』
「いや。それは緊張感をなくすだけだから」
叶恵の申し出に首を振る。
デスペナルティーは、その時点での所持金すべてと経験値すべてだ。レベルが下がるわけじゃないけど、レベルアップ直前まで経験値がたまっているときに死んだら、それはそれはせつないことになるだろう。
ぶっちゃけお金がなくなるのもかなりきつい。
この緊張感があるからこそ、慎重に行動できる。
漫然とやっていたら、そもそもテストプレイにならないのだから。
僕が選んだスタート地点はトウキョウシティ。
モチーフになっているのは、もちろん東京だ。日本では他にサッポロ、センダイ、ナゴヤ、サガがスタート地点として選ぶことができる。
世界に目を向ければ、なんと二百七十五地点だ。
多すぎである。
手広くやりすぎるから不具合が出るんだと言いたい。すごく言いたい。
「嬢ちゃんみたいな子供が賞金稼ぎ? 世も末だな」
酒場のオヤジが大げさに両手を広げる。
この人はNPC。人間が操っているのではなく、プログラムに従って動いたり喋ったりしている存在だ。
すごくない?
僕のキャラクターが女性で、しかも子供だってことを認識してるんだよ。
初期のコンピューターRPGなんて、何度話しかけても同じセリフしか言わなかったのにね。
「五十年も前から世も末さ。世界が混じってしまったときからね。べつにいまに始まったことじゃない」
「ちげぇねえや。で、今日は何の用だい? 嬢ちゃん」
「仕事を探してる。なにか美味しい話はないか?」
「さて、どうだったかな。あったかもしれねえし、ないかもしれねえ。何か注文してくれたら思い出すかもな」
オヤジの言葉とともにウィンドウが開く。
メニュー表だ。
僕は、一番高いものをオーダーする。
にやりと笑うオヤジ。
「この街を治める領主の赤髭公が兵隊を集めてるそうだ。腕に自信があるなら仕官してみるのもいいかもな」
しょぼ!
情報しょっぼ!
びっくりするくらい流れるような会話なのに、得られる情報がそれだけって微妙すぎるだろう。
この程度だったら、べつに掲示板に貼りだしても良かったんじゃね?
たぶん、素晴らしい会話ルーチンを体験してもらおうってことなんだろうけど、情報量とのバランスがとれてない。
チェックしておくべき部分だ。
会話が自然なだけに、情報のしょっぱさがかえって目立ってしまう。
たかがお酒の一杯でもらえる情報なんて、実際こんなものかもしれないけどね。
「わかった。行ってみよう」
僕は一番高いお酒を飲み干して席を立った。
あと、未成年者が簡単にお酒を飲めるってのも、考えた方が良い。
世界観的に法律は存在してないけれど、間違いなく騒ぐ人がいるから。現実とフィクションの区別がつかない人がね。
ゆーて、べつに味も感じないし、酔いもしないんだけどねー。
何かを飲んだね、くらいの感覚があるだけだ。
さすがに味覚や嗅覚の再現まではできないっぽい。
「ま、そこまでやったら現実と区別が付かなくなるってのは、『クリスクロス』にあったセリフだけどね」
『なんです? それ』
しばらく大人しくしていた叶恵が口を挟んできた。
誰かと会話してるときや戦闘中なんかは、集中させてくれるつもりなんだろう。
「VR世界を描いた傑作ライトノベルさ。後学のためにも読んでおくことをオススメするよ」
『ラノベですかぁ?』
なんで嫌そうなんだよ。
差別しないで読んでみなって。
読了に耐えない作品だってあるけど、『クリスクロス』みたいな黎明期の作品は大丈夫だから。
「なんなら僕の端末腕環にある情報を貸すし」
『なんです? アドレス交換したいってことですか? あざといですね。本をダシにするなんて』
くすくす笑っている。
ひっど。
「ナンパ師みたいな扱いはやめてくれませんかねぇ」
『冗談ですって。あがったら交換しましょう』
くだらない会話の間にも僕の足は進み、領主の屋敷にたどり着いた。
皇居?
あきらかに皇居をイメージしたね。これ。
周囲に堀もあるし。
これはこれでやばいんちゃう? 大丈夫なの?
門番に来意を告げると、わりとあっさり中に入れてもらえる。
このへんはさすがゲームだ。
そして中は、なんか武家屋敷みたいなところだった。
まったく皇居っぽくはない。
「なんじゃそりゃ」
『さすがにそっくりに作るわけにもいきませんから』
叶恵の説明だ。
そうなんだろうけどさ。
だったら外観もそれなりで良かったんじゃね?
なんで変なとこだけ凝ろうとするかなぁ。
謎の仕様である。
「君が仕官希望者か。さっそくだが、腕試しをさせてもらおうかな」
言葉とともに正面から現れたのは若い男だった。
黒髪に黒い服。
腰には刀。
現代風サムライって感じの。