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哀しみの魔法少女編 5


 美月先輩をマンションまで送り、僕が帰宅したのは午後十時になろうかって時刻だった。


 あ、もちろん送り狼とかにはなってないからね。

 先輩とはマンションの前で別れました。


 部屋どころか、建物の中にも入ってませんから。あしからず。

 一人暮らしの女性の部屋にあがりこむほど、僕は常識知らずではないのですよ。


「ただいまー」


 軽く頭を振って酒精を追い出し、帰宅を告げる。

 都心に庭付き一戸建てというのは、百年くらい前ならセレブって言われたんだろうね。

 東京の地価が大暴落しちゃった今だと、べつにそう珍しくもないけど。


「おかえり。兄さん。あんがい早かったわね」


 居間からひょいと顔を出したのは、妹の亜里砂(ありさ)である。

 ストレートの長い栗毛に白い肌、青みがかった瞳が、まったく僕とは似ていない。


 それもそのはずで、まったく血が繋がっていないからだ。

 継母の連れ子なのである。


 昨今べつに珍しくもなんともないが、僕の父は一度離婚している。

 僕が中学生のときだったから、もう十年以上前の話だ。


 で、五年くらい前に再婚した。

 それが今の母で、この人も離婚を経験している人だった。そして連れ子がいた。これが亜里砂である。

 日英のハーフで当時は小学生。


 大学生だった僕は、いきなりできた妹にずいぶんと戸惑ったものだけど、五年も一緒にくらしていれば、もうすっかり家族の一員だ。

 いまは生意気盛りの十六歳。花の女子高校生ってやつである。


「今夜は帰らないかと思ったわ」


 きしし、と、悪い顔で笑う。

 君は、自分の兄をそんなに無軌道な若者だと思っているのかね?

 明日も仕事なのだよ。


「美月先輩と飲んでたんだぞ。泊まりになるわけないだろうが」


 下品な笑顔の亜里砂を小突き、居間へと入る。

 なぜか後ろから盛大なため息が聞こえた。

 謎の妹だ。


 テレビを見ながら談笑している家族に帰宅を告げ、キッチンの冷蔵庫から取り出した清涼飲料水で喉を潤す。

 紹興酒は美味しいけど、後から喉が渇くよね。


「ていうか、女の人と二人で飲んで、どうしてなにもないのか。ウチはそっちのほうが不思議よ。甲斐性なしにもほどがあるでしょうよ」


 後ろをくっついて歩く妹さまの、ありがたいお言葉だ。

 蹴っ飛ばしてやろうかしら。


「僕は、責任の取れない行動はしない男なんだよ」

「は。これだから童貞は」

「どどど童貞ちゃうわっ!」


 言うに事欠いて、なんてこと言いやがる。

 兄さんは君をそんな(ハス)()な娘に育てた憶えはないよ!


 まったく。

 悪い言葉ばっかり憶えてくるんだから。

 高校でいったい何を教わってるんだ。

 兄さんは哀しいよ。


「酔った女性に手を出すのは紳士のやることじゃないんだよ」


 もう一度、軽く頭を小突いてやる。

 亜里砂が顔を逸らした。


「その気もないのに二人きりで飲みに行くような女がどこの世界にいるってのいうのよ。バカなの? 死ぬの?」


 ごにょごにょと聞き取れない。

 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。


 絶対悪口だろうけど。

 腹立つ妹だなぁ。


「んだよ?」

「兄さんは紳士じゃなくてヘタレって言ったの!」


 ぷんすかと怒ってどこかへ行ってしまう。

 意味がわからん。

 情緒不安定か?





 ともあれ、亜里砂にかまっている場合ではないのである。

 問題は明日からのテストプレイだ。


 自室に戻った僕は部屋着に着替え、ベッドに座り込んだ。

 酒精が残っているので、今日の入浴は避けた方が良いだろう。


 美月先輩とも話したが、なかなかに課題は山積している。

 現状の『LIO』は、ゲームの体裁をなしただけの、べつの何かだ。

 技術部が考えているより、はるかにまずい状況だといって良い。このまま発売してしまったら、間違いなくクソゲー認定である。


「それぞれのパーツは良いんだよな。問題はへんな遊び要素か」


 ぬうと考え込む。

 もちろん遊び要素が悪いと言うことではないし、あれだって相当に気合いの入った作り込みだった。

 すべて切り捨てるのは、さすがにもったいないというものだろう。


「ただ、もったいないってだけで残すのもな……」


 制作陣のやりたいことを注ぎ込んだだけではゲームにならない。

 非常にいやらしい言い方になるが、プレイヤーにストレスを与えては商売として成立しないのだ。

 難しさを売りにすることはできても、やりにくさを売りにすることはできない。


「とにかく一通り進めてみるしかないかな」


 エフェクトとかの検証は後にして、まずは普通にプレイしてみる。

 その上で問題点をピックアップしていくしかないのではないか。


「迂遠な方法だけど……」

「兄さん、まだ起きてる?」


 僕の思考に割り込むように、控えめなノックと亜里砂の声が聞こえた。


「あいよ。なんだい?」

「自家発電中じゃなかった?」


 くだらないこと言いながら入ってくる。


 だーかーらー なんでそういうことしか言わないんですか。あなたは。

 花も恥じらう乙女でしょうが。


 あと、兄とはいえ男性の部屋に入るときは、もう少し露出を抑えた服装にしなさい。

 ボディラインが浮き出るようなキャミとか、もってのほかですよ。


「いやあ。発電中なら手伝ってあげようかと思って」

「帰れ」


 しっしっと手を振る。

 なにが哀しくて妹に手伝ってもらわなくてはいけないのか。


「冗談よ。はいこれ、酔い醒まし」


 ドリンク剤を差し出す亜里砂。

 服用すると、数分のうちにアルコールを分解して排出するというスグレモノだ。

 これが発明されたおかげで、飲酒運転ってやつがほとんどなくなったっていわれてる。


「僕、そんなに酩酊してるかな?」

「ううん? ほろ酔い程度だと思うけど、明日も仕事なんでしょ? 残っちゃいけないと思って」

「なるほど。ありがとう」


 礼を言って受け取った。

 ごくりと飲み干す。


「うええ。きもちわるー」


 薬の力で酔いが抜けていくのは、何度経験しても気持ち悪い。

 ぞわぞわっとくる感じだ。

 酒なんか飲むものじゃないって気分になる。


 ところが、これが快感だという人も、けっこうな数いるから、人間ってのはなかなか度し難い。


「仕事、上手くいってないの? 兄さん」


 僕が人心地つくのを待って、亜里砂が口を開いた。

 椅子に腰掛けながら。

 ハーフ独特の白い太腿が眩しい。


 思わず目をそらす。

 おちつけ僕。妹だぞ。

 大きく深呼吸する。


「なんでそう思うんだい? 亜里砂」

「平日に飲むなんて滅多になかったじゃない」


 なるほど。

 心配させちゃったか。


 たしかに飲み会なんて、たいていは休日の前だ。

 次の日に仕事があるなら深酒なんてできないからね。


「そうじゃないよ。亜里砂。どっちかっていうと良いことがあったというか、記念日というか、そういう感じかな」

「記念日?」


 ぴくりと亜里砂の右眉が上がる。

 視認できるぎりぎりの範囲で。

 これ、不機嫌になった証拠である。五年も一緒に暮らしていればその程度は読めるようになるんですわ。


「なんの記念? まさかその先輩とお付き合いをはじめたとか?」

「なんだそりゃ」


 思わず吹き出してしまった。

 どんな解釈だよ。


「むう……」

「僕の会社で作ってるゲームのテストプレイヤーに選ばれたんだよ。その記念さ」


 さらっと事情を説明してやる。

 言えないことはけっこうあるから、さわりだけね。


「え? それって噂のVR?」

「まあね」

「マジで!? すごいじゃん!」


 亜里砂のテンションも上がっているようだ。

 気持ちは判る。

 ものすごいゲーム好きってわけじゃないけど、こいつも人並み程度にはゲームをするしね。


「だからしばらくは、ゲームしてレポートを書いての繰り返しだね。会社では」

「なにその天国みたいな会社。かわってよ」


 笑いながら不平を漏らす亜里砂。

 学校に行って勉強しているより、ゲームをしている方が楽しそうに思えるんだろう。


 これも気持ちは判るけど、じつはそんな単純なもんじゃない。

 仕事だからね。


 やりたいことをやりたいようにってわけにはいかないのさ。

 まして、僕なんて魔法少女をやらされてるしね。


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