荒野の二丁拳銃編 8
僕たちが農場に向かった翌日、いっこうに現れない依頼受注者に業を煮やしたセイギは、自ら動いたらしい。
私財を投じて賞金稼ぎを雇い、馬まで用意して急行した。
とてもありがたい。
感謝してもし足りないくらいだ。
たとえその根底にあるのは、チコを助けなきゃって思いだったとしてもね。
きしししし。
気持ちは判るよ。セイギ。
あの娘は良い子だもんね。
ともあれ、彼の登場は、時の氏神とでもいうべき最高のタイミングであったことはたしかだ。
あれより遅かったら僕たちは全滅していたかもしれないし、そうならなかったとしても間違いなく僕は死んでいた。
逆に早かったら、セイギたちが危険だった。
なにしろ彼が伴った賞金稼ぎたちの平均レベルは十六。かろうじてセイギだけが二十四って状況である。
レベル十六の戦士が五人ぽっちでレベル二十四の竜人の群れに突っ込んだら、そりゃもう虐殺カーニバルってもんだ。
「助かったよ。セイギ。正直なところもうダメだと思っていたから」
「俺は一発ぶっ放しただけだけどな」
狙撃銃で肩を叩きながら苦笑するセイギ。
いやいや。それが乾坤一擲の一撃になったんだよ。
あれがなければ僕は死んでた。
それに、突然現れた援軍に竜人どもが算を乱したってのも大きかった。
混乱している状態の竜人なんか、たとえ二倍の四匹でもクシュリナーダとワトの敵じゃないからね。
まったく活躍しなかったNPC賞金稼ぎたちだけど、きてくれたことに意味があるのさ。
それにいまは、村人の遺体を弔うのを手伝ってるし。
最終的に、八人の村人が犠牲になった。
四十匹の竜人に襲われて、この程度の被害で済んだのは奇跡だとチコは言ってたけど、僕としてはやっぱり忸怩たるものがある。
もっと上手く立ち回れたんじゃないかって。
もっと死者を減らせたんじゃないかって。
「でも、レックスは多くの人の命を守ったわ」
ぽん、と、肩を叩いてくれるのはクシュリナーダだ。
「うつむかないの。私たちがうつむいてたら、守った命は、救えなかった命より軽いってことになってしまうのだから」
諭すような口調だ。
「うん。そうだね。クシュリナーダ」
「胸を張って前を向くのよ。貫くと決めたのだから」
それは、あるいは自分自身に向けた言葉だろうか。
魔槍を携え、各地を放浪し悪を貫く誇り高き槍使いたる彼女自身に。
「あと、あんたはちょっと反省しなさい」
「いて」
額を小突かれる。
いやべつに痛くはないんだけどね。プレイヤー同士で攻撃はできないから。
「私たちを守って死のうとしたでしょ。レックス」
「まさかまさか。そんなそんな」
おどけて見せたりして。
だって、クシュリナーダの言葉は間違ってるからね。
本当に申し訳ないけど、僕はワトのことを守ろうとしたわけじゃないから、複数形にするのは間違いなんだ。
言えないけどね。
こんなこっ恥ずかしいこと。
ていうか、本気でぜってー言えねー。
クシュリナーダに惚れちゃったなんて。
プレイヤーが男か女かも判らないってのにね。
怖い怖い。
我ながら、そうとう怖いよ。
「しかし、本当に銃士は強いな。イロモノ役割だと思っていたが、俺もやりたくなってしまった」
守られなかったワトが話しかけてきた。
申し訳ねえ。ほんとに申し訳ねえ。
「イロモノってのは、じつはそんなに間違ってないし、不遇役割なのは事実だよ」
僕は肩をすくめてみせる。
攻撃力がバカみたいに高い銃だけど、本体がバカみたいに高いし、弾丸だってバカみたいに高い。
じっさい、このシナリオで使い切っちゃった二百発の弾丸だけど、これの値段って魔王ラークを倒した報酬より高いんだよ? テストプレイだからばかすか撃てたけど、まともにプレイしてたらとてもそんな無駄撃ちなんてできないさ。
「そんなにか……」
僕が告げた価格に、ううむと腕を組むワト。
対費用効率とか考えてるのだろうか。
「少なくとも、この依頼に関しては大赤字だね」
稀属とかの名前があるモンスターが出てきたわけじゃない。農場からの報酬だって微々たるもの。
骨折り損のくたびれもうけ、なんて言葉が、そっくりそのまま当てはまる状況なのだ。
銃士をプレイするってことは、なかなかにドMなプレイスタイルを要求されるっぽい。
「でもまあ、報酬としてならあれで充分なんだけどね。お金なんかより」
考え込んでるワトに、親指でちょいちょいと教えてやる。
建物の影だ。
見つめ合って真っ赤っかになってるセイギとチコがいる。
「おやおや」
「大団円じゃない」
覗き込んだワトとクシュリナーダが、くすりと微笑した。
このあとあの初々しい二人がどうなっていくのか、興味が尽きないところだけど、僕たちはそれを見定める立場にはない。
仕事が済んだ賞金稼ぎは、とっとと立ち去るべきだろう。
「次はどこに向かうの? レックス」
ふとクシュリナーダが訊ねる。
なんというか、なにか言いたいことを飲み込んでいるような、そういう表情だ。
僕はテンガロンハットをかぶりなおした。
「風の吹くまま、気の向くまま、さ」
格好つけながら。
いちど暗くなった視界が、徐々に明度を取り戻してゆく。
僕はヘッドギアを取り外し、大きく伸びをした。
目の前にあるのはサガ地方の荒野ではなく、無機質な第二十五稼働実験室でる。
ふうと息を吐く。
良質な映画を見終わったときの、満足感とほんの少し寂しさ、と表現すれば理解してもらえるだろうか。
『LIO』から現実に戻ったときの感覚である。
この余韻は、ちょっとクセになってしまう。
うーん。
でも惜しかったかなあ。
クシュリナーダ、なんとなーく一緒に行きそうな雰囲気もあったんだよなあ。
もし誘ってたら、IDの交換とかできたかも。
けどなー、同じ会社の人だって判ってるし、不用意に仲良くなるのも、今後の付き合いとか大変になるよね。
難しいところだ。
ああ、もしかしたらモニターって可能性もあるのか。
クシュリナーダの正体が、万が一亜里砂だったりしたら、お互いに挨拶に困るってものである。
そう考えると、これはこれで良いような気もするし。
「じー」
そして、わざわざ擬音を口に出しながら僕を見つめる叶恵と目があった。
よせやい。
照れるじゃないか。
「じー」
だからやめろって。あのこっ恥ずかしいエンディングのことは、僕は語りたくないんだよ。
「……風の吹くまま気の向くまま」
「ぐぼぁっ!」
大ダメージを受けました。
たぶん僕の耐久ゲージは、いまので危険領域に突入しましたよ。
やーめーてー!
「あまりのくささに失神するかと思いましたよ。鏑木さん」
「ひどいっ」
「具体的には、一ヶ月洗ってない靴下レベルですね」
「そこまで言うかっ」
ていうか、あんたはそんな危険物質の臭いを知ってるのかよ。
まさか嗅いだことがあるのかよ。
「しかたないじゃない。ラストシーンだもの。かっこつけたくなるじゃない」
「にんげんですものね」
「ふっる」
百年以上前の詩人であり書家の相田みつをの言葉が出典であるといわれているが、いくらでも応用が利くのでいろんな場面で使われるフレーズだ。
まあ、なんか言われたら、にんげんだものと返しておけば、だいたいOKなのである。
「で、どうでした? ガンナーの使用感は」
真面目な顔に戻る叶恵。
会ったばかりの頃は、こんなにいろんな表情を見せる女性だとは思わなかった。
頭も顔もスタイルも良い美人で、とっつきにくいのかなって印象を勝手に抱いていたものである。
もちろんそれは僕の勘違いでしかなかったのだけれど。
「ちょっと一口では言えないかな。聖を交えて話した方が良いかもしれない」
良い点もあったし、問題点もあった。
ちゃんとシナリオライターの聖には伝えたいしね。
「むう」
なぜか、叶恵がぷくっと頬を膨らませる。
「鏑木さんは、私より水上さんを信用してるんですね」
「なんじゃそりゃ?」
うん。
意味がわからん。




