哀しみの魔法少女編 3
よいしょ、と、かけ声をかけて起きあがり、僕はヘッドギアを外した。
これがゲーム機本体であり、コントローラーであり、ネットワークへの接続端末だ。
いまは社内のローカルネットにしか接続できないけどね。
僕が寝ていた簡易ベッド近くでは、叶恵がコンソールに突っ伏している。
さもありなん。
僕が扮していた魔法少女アバター。
あれは序盤のザコ敵に負けちゃうようなステータスではない。
最強、とかまでいっちゃうとテストプレイにならないけど、少なくともゲーム中盤くらいまではすいすいと進めるだけの状態だったのだ。
具体的にいうと、レベル二十五。
対する邪小鬼の討伐推奨レベルは一。
単体ではなく複数だったから、もうちょっと推奨レベルは上がるかもしれない。
ひとつかふたつね。
んで、この実力差で負けたわけだ。
叶恵でなくとも突っ伏したくなるだろう。
これがスポーツの試合とかだったら、番狂わせは起きる。
ジャイアントキリングは、花だといっても良いくらいものすごい盛り上がるもんだ。
しかし、これはゲームなのである。
自キャラが大物食いされてどうすんだって話だ。
盛り上がるどころか、プレイヤーの三割くらいはこの時点でクソゲー認定してしまうだろう。
「鏑木さあああん。わざと負けましたね……?」
ぎぎぎ、と、音が聞こえそうな動きで、叶恵がこっちを見た。
怖い。
美人が目からハイライトを消して睨みつけてきたら、もっのすごい怖いからやめろ。
「エフェクトを使ったのはわざとだけど、負けたのはわざとじゃないよ」
苦笑しながら、弛めていたネクタイを締め直す。
壁にぶら下がっているハンガーから背広を外して着こんだ。
たぶん、今日はもうプレイはできないだろうからね。
就業時間の残りは、レポート作成に使おうじゃないか。叶恵くん。
「ぬううう……」
だから睨むなって。
「不利な状況にはなるだろうと思ってはいたけど、負けるとまでは思わなかった。レベル差があるからね」
肩をすくめてみせる。
一般的なコンピュータRPGにおいて、二十四ってレベル差はひっくり返せるようなものじゃない。
不意を突かれようが、こちらが隙だらけだろうが、ダメージすら通らないゲームも多いんじゃないかな。
もちろん現実は違う。
武道の達人だって、油断していたら喧嘩慣れしたチンピラにやられちゃうんだ。
「…………?」
こてんと首をかしげる叶恵。
あざとい!
ショートボブにしたこげ茶の髪と黒い瞳。素通しの眼鏡でインテリっぽい雰囲気を演出してるけど、どっちかっていうと童顔系だよね。
けっこうスタイルも良いんだけど、なにしろ背が低いから高校生くらいに見えるよ。
やばいやばい。
落ち着け僕。
いくらここには簡易ベッドがあるっていったって、手を出したらさすがに訴えられるぞ。
「どういうことです? 鏑木さん」
「あー うん。なんていうのかな」
問いかけられ、僕は叶恵から視線を逸らして、考えをまとめる。
じっと見てると不埒なことを考えてしまいそうだからね。
「敵はちゃんと戦おうとしていたし、実際に戦っていた。このアルゴリズムはすごいと思う」
「研究しましたから」
ふふんとスーツ姿に白衣の胸を反らす。
ちょっと褒めたらすぐ調子に乗るクセは、なんとかしたほうが良いよ?
老婆心ながら。
ともあれ、自慢する程度のことはあるんだ。
邪小鬼の動きはじつに理に適っていたし、弱者が強者の油断につけ込むっていう戦術選択も合理的だった。
つまり、きちんと勝つつもりで戦っているってこと。
「でもそれは、ゲームとしてはまったく褒められたことじゃないんだよ。神代」
「へ? リアルじゃないですか」
叶恵がきょとんとする。
だろうね。
お前さん、あんまりゲームとかしないだろ。
邪小鬼には邪小鬼の命があり、必死に戦っていた。
だから、エフェクトを入れたりしてふざけた戦いをした僕は、順当に敗北したのである。
こんな言葉がある。明確な殺意を持って向かってくる相手で、危険でない敵なんてひとりもいない、とね。
女性だろうが子供だろうが、絶対に殺すって強い意志で立ち向かってきたら、大の男だって油断してたら殺されますよって意味だ。
技でも力でも、ましてレベルでもないんだよね。
「それが悪いこととは思えないんですけど?」
「ゲームに現実の戦いを持ち込んでどうするのさ。むしろ、そこまでリアリティを追求するなら、なんでお馬鹿なエフェクトなんて入れるのさ」
「うぐ……」
僕の辛辣な言葉に、叶恵が黙り込んでしまう。
追いつめるつもりはないけど、なあなあで済ませるわけにはいかない。
このゲームには、僕だって期待しているんだ。
最高のゲームにしたい。
中途半端に妥協するわけにはいかないのである。
「遊び要素が悪いってわけじゃないんだよ。僕にその趣味はないけどTSしたいってプレイヤーだって数多くいるだろうし。僕にその趣味はないけどね」
二回言っておく。
大事なことだからね。
冗談はともかくとして、自由度が高いってのは、あんがい諸刃の剣だったりするんだ。
プレイする人のスタンスが絞れないということだから。
隙間時間で気楽に適当に遊びたい人と、攻略を目指してがっつりやりこみたい人が混在するってことだからね。
まあこれは、どんなネットRPGにも共通して存在するん問題なんだけどさ。 プレイヤーの温度差ってやつは。
ただ、制作側としては、どっちに寄せるのか、きっちり決めておかないといけない。
敵……この場合は邪小鬼の行動は、あきらかにリアルバトル寄り。
殺意高い系のバトルもののノリだ。
にもかかわらず、プレイヤーキャラクターはお遊び要素がたっぷりで、どちらかというと世界を楽しむほのぼの系。
エフェクトを出さずに真剣に戦えば、もちろんあの魔法少女だって楽勝だったろう。
ただ、魔法少女っぽい扮装をするようなプレイヤーが、そんな真面目にバトルをするかって話だ。
「それは……たしかに……」
「だろ? おふざけが悪いってことじゃなくて、そういう人でもスイスイ楽々進めるような感じじゃないと、あっという間にクソゲー認定だぜ」
家庭用テレビゲーム草創期にあった、段差に引っかかっただけで死ぬってアクションゲームなんて、クソゲー白書に燦然と名を轟かせたくらいだ。
まともに考えたら、二階くらいの高さから落ちたら、死なないまでも捻挫や骨折をしちゃうんだけどね。
「つまり、現状ではバランスが悪いって事ですよね。鏑木さん」
「そういうことだね」
「敵を弱くすれば解決しますか?」
「なんでそっちやねん」
思わず謎言語でつっこんじゃった。
僕は最初から言ってるじゃあないですか。エフェクトが余計なんだと。
そもそも、効果光で視界が悪くなるとか、いったい誰を楽しませる仕掛けなんだよ。
判ってると思うけど、ゲーム中は自分の姿は見えないんだよ?
あとからリプレイで見ることは可能だけど、僕が思うにわざわざリプレイ観賞をするプレイヤーは少ない。
たとえば動画を投稿サイトにアップしたいから編集するって人は別として。
「ああ。そうか。見えないんですよね」
「おいおい……」
判ってなかったのかよ。
「だって、私たちには見えていましたし」
「そりゃそうだべや……」
またしても謎言語で慨嘆してしまった。
あんたたちは作り手だもの。キャラクターの動きを把握できるでしょうよ。
でも、自分の身体に置き換えてみなさいって。
自分がいまどういうポーズをとってるか、どういう動きをしているか、客観的に認識なんてできないでしょ。
「おおう。鏑木さんすごいですね」
「おおうでなくてよ……」
びっくりである。
技術部、プレイする人間のことなんてまったく考えてなかったな。
自分たちの技術でどれほどのものが作れるか、ただそれだけをみつめて製作したんだ。
だから無駄にフィールドのグラフィックが素晴らしかったり、建物の質感までもリアルだったりしたんだね。
なんつーか、頭の良いバカって言葉が浮かんじゃったよ。
ゲームですから。
これ。
技術の限界に挑まなくて良いですから。
「お疲れさん。僕はいったん部署に戻ってレポートを書くよ」
なんか固まっちゃってる叶恵に手を振り、僕は第二十五実験室と名付けられた部屋を出た。