哀しみの魔法少女編 2
そもそも、なんで僕がこんな格好をしているんだって話である。
「神代ぉぉ。僕もう魔法少女いやなんだけどぉ」
『なんでも僕にどーんと任せろって言ったのは、鏑木さんじゃないですか』
そうだけどっ。
たしかに言ったけどっ!
まさか性別逆転させられるとは思わないじゃない!
もちろん、そういう楽しみ方をするだろう人がいるのは否定しないし、ぶっちゃけ想定もされている。
この『The life which intersects online』略称『LIO』のコンセプトのひとつに、なりたい自分になれる、というのがあるのだ。
いい加減使い古されて手垢の付いたキャッチフレーズだけど、あえてそれが採用されたのは、事実だったから。
姿も、声も、性別すらも自由自在に選択できる。
画面上のキャラクターとしてではなく、自分自身として。
変身願望ってやつを、まったく嘘偽りなく叶えることができるのだ。
美少女になりたい、マッチョマンになりたい、スタイルの良い美人になりたい、どーんな夢だって叶えられる。
そしてもちろん、ゲームであるがゆえに様々なギミックが付加されている。
僕がやっている(やらされている)魔法少女スタイルもそうだ。
ポーズを決めたらエフェクトが出たりとかね。
でも、
「こんなエフェクトで遊ぶヤツいないって……」
僕の嘆きだ。
想像してみてほしい。
いい年をした男が、魔法少女になってラブリーなポーズをとらされ続ける。しかも自由意志によってではなく業務命令で。
哀しいでしょ?
せつないでしょ?
『どうせいないだろうからチェックしなくて良い、と?』
叶恵の冷めた声が降り注ぐ。
そんなわけはない。
チェックは大切だ。
想定しうるすべての行動に関して、誤作動が起きないかきちんと調べなくてはテストプレイの意味がない。
「そうじゃなくて、エフェクトの数を減らしたらどうだって話だよ」
『は。なにいってるんですか。厳選に厳選を重ねた珠玉の三十エフェクトですよ』
鼻で笑われた。
ぜってー嘘だ。あきらかにおかしげなエフェクトもまじってるじゃないか。
たとえば、両手で胸を隠して片足を後ろに跳ね上げるポーズをとると、中空に「いやーん」って文字が表示されるのとか。
たぶん元ネタがあるんだろうけど、誰もしらねーよ。
需要なんかねーよ。
『ありますあります。なまら需要ありますって。昭和時代の男の子たちは、みんなあれで大人の女に憧れたんですから』
「知らんし!」
『性のめざめだったんですよ』
「その解説はもっといらないよ!」
そもそもいつだよ昭和って。
西暦で言ってくれ。西暦で。
えっと、前の元号が令和で、たしかその前が平成? つーことはさらにその前くらい?
「いやあ……さすがに恐竜が生きてた時代のことはわからないなぁ」
『鏑木さん。いまあなたかなり多くの人を敵に回しましたよ?』
なんでだよ。
「ともあれ、エフェクトの数が多すぎるってのは問題だと思うぞ」
さっきもいったけど、この『LIO』はゲームだ。
つまり娯楽であって、実験や学習の場ではない。
もちろん、そっちへの応用も研究が進んでるけどね。
ゲームである以上、美麗なグラフィック、臨場感、音楽、そういうものはもちろん大切で、そのあたりを売りにした作品もたくさんある。
が、本当に大事なのはそこじゃない。
誰も意識しないだろうけど、ストレスのない操作性ってのが重要になってくるんだ。
自キャラの動きが妙にかたかったり、かくかくしていたり、タイムラグがあったりすると、とたんにプレイヤーはやる気を失ってしまう。
そういうもんなのだ。
流れるように自然に操作できるってのは当たり前のことで、それができたからといってべつにそのゲームが褒められたりはしない。
たとえば、観光地のトイレとかの例が判りやすいかな。
どんなにきれいで快適でも、それが観光地に売りになったりはしないさ。けど、混んでいて汚かったりすると一気に悪い噂が広がる。
つらいところだよね。
まったく評価されない部分なのに、いちばん気を使わないといけないなんて。
『そういうものですか……』
聞こえてくる叶恵の声には納得よりも保留の成分が強い。
たぶんゲームとかあんまりやらないんだろうな。この才媛は。
技術畑の人にありがちな、プレイヤーとしてではなく技術者として見てしまうって現象である。
もちろん技術者の目が悪いなんてことはまったくない。
そのために僕を含めた百人の社員がテストプレイヤーとしてゲームを遊び、パートナーとして技術者がサポートするのだ。
遊び手の目と作り手の目。
二つの視点から、『LIO』のブラッシュアップはおこなわれるのである。
「そうだな。ちょっと敵を出してくれないか? 神代」
『わかりました』
街を模したフィールドに浮かび上がる光。
現代日本風だけど、どこってことはなくて、なんとなーく日本の街っぽいなあとプレイヤーに思わせるようなデザインなんだそうだ。
これを作り上げるために、技術部は日本中の街の風景をコンピューターにとりこんで、一からリアリティのある街を作り上げていったんだって。
叶恵が自慢たらたらで語っていた。
まさに無駄な努力だよ。
そこまで細密なリアリティなんて、誰も求めてないから。
いかにもありそう、という程度で充分なんだ。街の光景なんて。
現れるモンスター。
小鬼っぽいデザインの、人間型に近い造型だ。
まあザコキャラである。
これが三匹。
『ポップさせました。邪小鬼です』
「OK。視覚を共有してくれ」
『わかりました』
僕は身構える。
きらきらとした光とともに、右手にステッキがあらわれた。
これも魔法少女エフェクトのひとつ。
武器を鞘に入れて腰に吊したりする必要はなく、ポーズひとつで呼び出すことができる。
まあ、魔法少女の腰に剣帯とかあったら興ざめだろうって技術部の考え方は、判らなくもない。
でもエフェクトは蛇足だったね。
『え? 敵が!?』
光の中に消えてしまった邪小鬼に叶恵が戸惑う。
そういうこと。
エフェクトによって視界が悪くなってしまうのだ。
モンスターどもが突っ込んでくる。
『えっ!? ちょっ まっ!』
なんか叫んでるし。
待ってはくれないと思うよ。もう戦闘は始まってるんだから。
なんかおろおろしているから攻撃しないとか、人工知能はそういうウェットな思考はしないでしょうよ。
僕は立て続けにダメージを受けて吹き飛ぶ。
痛みはないが、斬られた殴られた、という感覚はある。
二度三度と地面にバウンドして止まる小さな身体。
「武器を構えただけで隙だらけになり、何もできずに攻撃を受けてしまう」
よっと起きあがる。
視界の隅にある耐久度のゲージは、二割ほど減っていた。
『で、でもそれは最初から武器を出しておけば……』
「それを推奨するんだったら、こんな無駄機能いらないよな」
『う……』
不毛な会話の間にも、ふたたび攻撃を仕掛けてくる邪小鬼ども。
吹き飛ばされたからけっこう距離はある。
それなら……。
視線でコンソールを操作し、遠距離攻撃の魔法を選択する。
じつは呪文詠唱でも発動可能らしいのだが、ぶっちゃけそれだって無駄機能のひとつだ。
わざわざ不便な方を選ぶプレイヤーがいるもんか。
いっそ、かならず詠唱が必要ってしたほうが潔いってもんである。
だれもやらないだろうけどね。
そんなこっ恥ずかしいこと。
ステッキの先に生まれた火の玉が高速で飛び、邪小鬼の一匹に直撃する。
魔法は基本的に必中。
これは良い判断だ。弓矢とかと違って命中判定がないってのは、差別化になるからね。
ただ、問題はそこじゃないんだよ。
きらきらとした光の粒子に変わっていく邪小鬼をみながら、僕はポーズを決めた。
やっつけたんだから、かっこつけてみせる。くらいのことを考える人は、いくらでもいるからね。
派手なエフェクトが空中に舞う。
『ちょ! なにやってるんですか鏑木さん! 敵が目の前ですよ!』
「うん」
『うんでなくて!』
「何もできないよ。モーションが終わるまではね」
意地悪そうな口調の僕。
次の瞬間、身体の左右から小剣に貫かれる。
あー これは致命傷っぽいね。