雷光の大魔法使い編 1
ちょっと身体を鍛え直すまで、戦士系のキャラは封印することにしました。
『やることが極端ですよね。鏑木さんって』
呆れたような叶恵の声が聞こえる。
ナゴヤの街に立つ僕、すなわち、魔法使いのスザクに。
紅い髪と、同色の瞳をもつ中背の男性で、体格はやや細い。
『どんだけ影響されやすいんですか』
すごい戦士を見たから身体を鍛え出すなんて、たしかに電車の中吊り広告にすら影響される国民的ファミリーアニメの一家みたいである。
けど、やろうと思っちゃったんだから仕方ないよね。
「しっかりと動けるようになるまで戦士系じゃなくて魔法系でテストプレイ。合理的じゃないか」
『そんな合理性は存在しません。百歩譲って、かぶいてるだけですね』
「僕は傾き者なんだよ」
『名前も似てますしね』
ヒドス。
かぶらきとかぶき。
らがあるかないかだけの差だ。
『まあ、いつもどおり必要なものはアイテムストレージに入ってます』
「あいよ」
突然の方向転換について、なんだかんだ言いつつも叶恵はあっさりと受け入れてくれた。
魔法系のキャラクターでのテストプレイだって、べつに不要ってわけじゃないからである。
僕が最初にやった魔法少女は、カテゴリ分けするなら魔法剣士っていう複合系で、完全な魔法系ってわけじゃないしね。
アイテムストレージの中から装備を取り出す。
フードつきのローブと魔法使いの杖。
どちらもレベル二十五で持てる装備品のなかでは最高のシロモノだ。
「さて、ナゴヤではどんな冒険が待ってるかな」
『食べるって行為が削除されましたからね。あんがいナゴヤはつまらなくなってしまいましたよ?』
「そうなの?」
飲食に関する提案をしたのは他ならぬ僕だけに、それはちょっと罪悪感がある。
べつに味を感じるわけじゃなかったんだけどね。もともと。
『技術部のひとりが名古屋人でしてね。これでもかこれでもかってくらい名古屋メシを投入していましたから』
「謎すぎる」
食べたって味は判らないのに。
気分の問題ってやつだろうか。
みそかつとか、天むすとか、エビフライとか、手羽先とか。
まあ、ときめかないっていったら嘘だけど、異世界ラゴスと混じり合ったナゴヤで味噌煮込みうどんをすするっってのも、なかなかシュールな絵図ではある。
『日本のなかでも、とくにフレーバーが多かったのがナゴヤですから』
「ある意味で執念を感じるね」
街を歩きながら虚空と会話している僕も、だいぶ危ない人だ。
現実だったら通報されてもおかしくない。
叶恵の声って僕にしか聞こえてないしね。
ゲーム世界だから、気に留める人は誰もいないけど。
「この街にプレイヤーはいるのかな?」
『いますよ。レーダーを表示してください』
言われるままに視界の片隅にあるシステム画面を操作すれば、自分を中心としたマップ画面が表示される。
『青い光がプレイヤーキャラクターです』
「詳細は表示されないんだね」
『だいたいの位置だけですね。近づかないと名前も判りません』
「不親切設計」
『ネットストーカー対策だそうですよ』
なるほどねえ。
つきまとってくる人が絶対にいないとは言い切れないだろう。
ただ、『LIO』の場合は完璧に性別逆転できてしまうため、キャラクターじゃなくてプレイヤーの情報を自分で開示しないかぎり、男か女かすら判らないんだけどね。
とはいえ、だからつきまとって良いのか、というのは別の問題だ。
そんなことをされたら、誰だって気持ち悪い。
嫌になってゲームをやめてしまうかもしれないのだ。
犯罪云々もそうだけど、我が社としてはそっちも留意しないといけないのである。
営利企業だからさ。
「僕はまだフレンド登録してるプレイヤーもいないし、気にすることもないか」
『ちなみに、ほとんどのテストプレイヤーがそうですね』
なるほど。
テストプレイをしているのは、TSSエンターブレインの社員ばっかりである。
なんで同じ会社のやつと一緒にゲームをやんないといけないのかって話だ。
普通は忌避するだろう。
オンラインモードの解禁とともに社外モニターが二十人ばかり入っているものの、出会える確率なんて微々たるものだろうし、そもそも彼らを捜してうろうろするというのは、テストプレイの趣旨にも反している。
「この広大な『LIO』の世界で出会うなんて、僕とクシュリナーダは運命的だったんだなぁ」
『…………』
いや。なんで黙り込むねん。
そこは笑うかつっこむかしてくれないと哀しいじゃないか。
『いえ……セリフのあまりのくささに悪寒が……』
「ひどっ!」
『見ます? 鳥肌』
「みれないでしょ!」
僕は仮想現実の中にいて、叶恵は現実世界にいるのだ。
あれ?
もしかしたらもうダイブしてるのかな? あの不良技術社員は。
賞金稼ぎ互助組合の扉をくぐる。
芸のないことおびただしいが、こればかりは仕方ない。
どこの街でも、基本的にここからシナリオが始まるように調整されているのだ。
酒場とか民家から、というのも最初はあったんだけど、判りづらいって意見がテストプレイヤーから相次いだため、統一されることになった。
なんとも散文的な話である。
まあ、多彩さってのは、たいてい不便さに繋がるもんだ。
「兄ちゃん。魔法使いかい?」
組合のカウンターにいたオヤジが声を掛けてくる。
なんというか、受付は見目麗しい女性が良いのではないかとも思うが、賞金稼ぎってのは荒くれ者ばっかりだから、舐められないように厳つい男がいる場合が多いんだそうだ。
あたたかくてきめ細かいサービスを売り物にしてるような場所じゃないからね。
「魚屋かウェイトレスに見えるなら、眼科に行った方が良いだろうな」
唇の端を持ち上げてみせる。
オヤジも、ふ、と笑った。
「そんなセリフを吐いてると、ドラゴンにもまたいで避けられるぜ」
おお。
知ってる人だ。
嬉しい。
これ、往年のファンタジーライトノベルである神坂一の『スレイヤーズ!』にあるセリフなんだ。
「スザクだ。なんかいい話はないかい?」
「良いか悪いか。ちっとばかりやばいことになってるな」
「へえ?」
僕は視線で先を促す。
軽く頷いた親父さんが語ってくれた。
ナゴヤのシンボルともいえるナゴヤ城。そこはもちろん領主たる涼風公の居城だったわけだが、なんとなんと、侵攻してきた稀属に奪われてしまったらしい。
一大事である。
領主の涼風公は討死し、嫡子の微風公子はわずかな手勢に守られて城を脱出した。
もちろん稀属は追っ手を出す。
微風公子が生きているかぎり、彼はナゴヤ城奪還の旗印となるからだ。
「殺してしまえば、短期的には残存兵を糾合することもできないか」
「そういうことだな。反攻作戦がおこなわれるにしても、その時期をずっとあとにできるだろうよ」
僕の意見に親父さんが頷く。
えらく戦略的な発想ができる稀属だ。
「つまり公子の護衛仕事があるってことかい? 親父さん」
「も、あるってことさ。スザク」
「ほう?」
「あんたほどの強者に斡旋できる仕事が二つもあるってのは、嬉しいんだか哀しいんだかわからねえが」
そう前置きして提示された仕事は、『微風公子の逃避行』と『魔王ラークの野望』のふたつ。
前者は公子を守って、トウキョウまで旅をするというもの。
後者は、ごくわずかな勇士とともにナゴヤ城に潜入し、伯爵級稀属のラークを倒すというものだ。
難易度としては、後者の方が圧倒的に高い。
もちろん、どちらか一方しか受けることはできないが、さてどうするか。
うーむ。
流浪の王子様を守るってのも楽しそうだけど、ここは稀属をやっつける方が良いかな。
難しいシナリオの方が燃えるってもんでしょ。
「決行はいつだい?」
不敵な笑みを浮かべ、僕は親父さんを見た。




