憂いの金髪剣士編 7
クシュリナーダと再会を約して、僕はログアウトすることにした。
イーダス戦は大変に疲れた。
組合にいって討伐報酬をうけとったり、ノルブやアキナに挨拶に行くのは明日で良いだろう。
「じゃあ、またいつかね」
ひらりと手を振ってクシュリナーダが去ってゆく。
颯爽とした律動的な足取りが、むちゃくちゃ格好いい。
憧れるなぁ。
「神代。そろそろあがるよ」
仕事上のパートナーに声をかける。
いやまあ、勝手にログアウトしてもいいんだけどさ。『LIO』のテストプレイを始めたときから、なんとなくクセになってる行動だ。
けど、返答がない。
んん?
どうしんだ? いったい。
あ、まさか居眠りしてるとか。
「神代! 起きろ!」
『わわわっ! 寝てません。寝てませんよ!』
どこからともなく、叶恵の声が聞こえる。
なまら焦った感じの。
うそくせー。
それ寝てたやつのいいわけじゃん。あきらかに。
つっこまないけどね。
「寝てないならいいけどさ。今日はもうあがるよ」
『あ、はい。わかりました』
返答に頷き、視界の隅にあるログアウトアイコンをタップする。
目の前がゆっくりと暗くなり、いままでは感じてなかった背中当たるクッションの感触を意識する。
すごいよね。
『LIO』のなかにいるとき、僕は現実の自分が寝ているのか座っているのかすら意識しないんだよ。
「おかえりなさい。鏑木さん」
「ただいまー」
ヘッドギアを外し、うーんと伸びをする。
それから端末腕環を操作して、新着メッセージと時刻を確認した。
このあたりは無意識の行動。
僕に限らず、現代人はみんなそうだろう。
端末腕環によって、生活のコントロールをおこなっている。
うんと昔は手持ちタイプの端末だったらしいけどね。ゲームとかもできたんだそうだ。
それはそれで面白そうだけど、ずっと端末をいじってる人とかもけっこういて、社会問題になったらしい。
いまからはちょっと想像もつかないけどね。
「十一時四十五分。なんとなく体感で、昼前に戻れるようになったね」
慣れとは怖ろしいものである。
べつにタイマーとかセットしてないのに、自然と昼前にあがるようになった。
「ですね。人体の不思議です」
「不思議ってほどじゃないと思うけど」
よっと声を出して、ベッドから立ちあがる。
「昼飯に行って、そのまま今日は営業部に戻るよ。ちょっと疲れちゃった」
「わかりました。お疲れ様です」
軽く頷く叶恵。
あれ? なんか髪型がおかしい。
へんな跡がついてる。寝癖か?
指摘したりしないけど。
「おつかれ。神代もカップラーメン以外を食えよ」
「おごってくれるなら、お昼くらいいつでも付き合いますよ」
「自分の財布で勝負したまえよ」
さすがに、そんなに頻繁にはおごれないって。
ひらひらと手を振って実験室を出る。
今日の気分はラーメンだ。
味噌バターコーンのサッポロラーメン。まさにそれが食べたい。
さっきまでサッポロにいたからね。
と、そこまで考えて思い出した。
クシュリナーダに言われたことだ。
魔法やスキルに頼り切ったら足元をすくわれるって。
あれってどういう意味なんだろう?
叶恵に訊いてみよう。
出たばかりの第二十五稼働実験室の引き戸を、ふたたび開く。
「神代。ちょっと訊きたいことが……」
言いかけて固まった。
今まさにヘッドギアをかぶろうとしている叶恵と目があって。
さっき彼女の頭についてた寝癖みたいな跡の正体、判明しちゃったよ。
「なにやってんの? お前さん」
「ちちち違うんです鏑木さん。これは違くて」
わたわたしてる。
なにが違うというのだろうか。
少なくとも僕の目には、これから『LIO』をやるよーん、という姿にしか見えないんだけど。
「これはあれです。鏑木さんのヘッドギアじゃないんです」
うん。
まったくそんなことは気にしてない。
むしろあんたがなに言ってんだってレベルだ。
「信じて! 変態じゃないんです!」
「その言われ方が不本意すぎるよ。なんで僕のかぶってたヘッドギアをかぶるのが変態なのさ」
そもそもそんな話はしていないんだけど。
「間接キスとか……」
「大丈夫か? 神代」
君の口は頭についてるのか?
妖怪かなにかか?
「落ち着け。変態でも間接キスでもない。それが僕のヘッドギアじゃないことも判ってる」
ベッドサイドの壁にかけられたそれを指さしながら言う。
「はうぁっ! 違うんです!」
自分が恥ずかしい誤解をしているとやっと気付いたのか、ふたたび叶恵が奇声をあげた。
さて、いつになったら本題に入れるかな。
なんとか叶恵をなだめ、落ち着かせたのは、時計の針が午後一時を指そうって時刻だった。
なにやってんだか。
彼女は僕がテストプレイしているのをモニタリングしているうちに、自分でもやりたくなったらしい。
それで自分用の端末を用意した。
技術部の権限を使って。
職権濫用である。
あと職務怠慢である。
僕が『LIO』にいる間、叶恵も『LIO』にいた。
君は僕のプレイを観察して、不具合を見つけないとダメでしょうが。
なんで一緒にゲームしてるんだよ。
「だって……鏑木さん楽しそうだったんだもん……」
「だもんって。遊んでたらダメじゃないか」
「遊んでないです。鏑木さんのプレイはちゃんと私の端末に送られてます」
自分でプレイしながら、僕のプレイもチェックしていたらしい。
そういうことできちゃうんだ。
マルチタスクかよ。
さすが才媛。
じっさい、僕は自分のプレイ中に不都合を感じたことはなかった。バグを見つけて報告してもすぐ対応してくれたから、彼女のいうことは嘘ではないのだろう。
「報告しちゃいます……?」
上目遣いに僕を見る叶恵。
なんでもするから、みたいな扇情的な視線だ。
いや、なんもしませんけどね。僕は紳士だから。
「報告もしないし、やめろともいわないよ」
ふうとため息を吐く。
プレイしている証拠もないから上に報告しても仕方ないし、やめろといったところで、僕が『LIO』にいる間は、叶恵がなにをしていても判らない。
何かできるわけではないのだ。
「ただ、バレないようにしなよ? 技術部の担当者も一緒に遊んでましたってのは、なんぼなんでも体裁が悪すぎる」
「いえっさー!」
敬礼したりして。
調子の良いやつである。
本題に入ろう。
僕は、今日のプレイ中にあったことを説明し、叶恵に意見を求めた。
「それは当たり前ですよ?」
返ってきた答えは、じつにあっさりしたものだった。
なんでそんな当然のことを訊くのか、くらいの表情である。
「スポーツ選手でも軍人でも良いですけど、普段から身体を動かしてる人の
方がVRの世界だって動けるに決まってます」
「決まってるんだ?」
「はい。たとえば鏑木さんは、百六十キロの剛速球を打ち返す自信がありますか? 野球で」
「あー なるほど……」
もちろん、そんな自信なんかない。
たぶん見ることすらできないだろう。
けどプロ野球選手は打つことができる。常にヒットにできるかどうかはまた話がべつたけど、反応すらできないなんてことはない。
それはまさに訓練の賜物だ。
こういう球がきたらこうやって打つ、と、ちゃんと身体が憶えている。
身体が憶えているって表現だから勘違いしがちだけど、筋肉に記憶装置は付いていない。
「憶えているのは脳です。脳が肉体をコントロールしています」
「だよね」
頷きつつ簡易ベッドに腰掛けた。
ぎし、と、軽く軋む。
僕は勘違いしていたらしい。
VRを描いた様々な作品において、とくに運動の経験もないような主人公が、ものすごい力を発揮していたりする。
イメージの中の戦いだから、という説明でなんとなーく納得していたが、そんなわけはないのだ。
肉体をどう動かすか判ってない人に、正確なイメージができるかって話である。
妄想とイメージはまったく違う。
僕は剣を使った戦い方なんて判らないから、なんとなーく振り回しているだけ。
同じレベルで比較したら、たとえば剣道経験者の方がずっと強いだろう。
「だから、『LIO』ではプレイヤー同士の戦闘はできないんですよ。ものすごく不公平が出てしまいますから」
「そういう理由があったのか……」
思わず唸ってしまう僕だった。




