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憂いの金髪騎士編 2


 うまかった。

 羊肉なんて久しぶりに食べたけど、やっぱり良いね。


 北海道の人って日常的にこんな美味しいもの食べてるのか。

 羨ましい妬ましい。

 呪われちゃえば良いんだ。


「むふー もう食べられませんー」


 満足げにお腹をさすってる叶恵だけど、じゃっかん表情は苦しそうである。

 まあ、スペアリブを四本も食べればね。


 それ以外にも、炒め物とか揚げ物とかご飯ものとか、さんざん食い散らかしている。

 僕より食べたんじゃないかってレベルだ。


「まともなご飯なんて、何日ぶりでしょう」

「おいおい……普段なに食べてるんだよ……」

「ソーメンとかスパゲティですね」


 それはだめだ。

 どんだけ簡単に済ませてるんだよ。

 で、昼はカップラーメン。

 なんぼなんでも身体に悪すぎる。若いうちだから無理はきくだろうけど。


「神代って一人暮らしか? 自炊とかしないのか?」

「ソーメンやスパゲティが自炊じゃないとでも?」


 睨まれた。

 理不尽なり。

 乾麺をゆでるだけってのは、さすがに自炊とはいわんだろうよ。


「あれ? 神代ちゃんじゃん。デート?」


 と、いきなり声がかかった。


 視線を巡らすと、そこに立っていたのは女性である。

 あんまり手入れをしていなそうな黒髪を無造作に一本に束ねた、ややというかけっこうふくよかな。


 のっしのっしと近づいてくる。

 いやいや。

 デートだと思ったなら、声をかけないのがマナーではないでしょうか。


「ででででデートじゃないですよ! 水上(みずかみ)さん!」


 真っ赤になって否定する叶恵。

 テンパりすぎである。

 僕は助け舟を出す必要性を感じた。


「同僚ですよ。はじめまして、鏑木といいます」


 立ちあがって挨拶する。

 これには二つの意味があって、座ったままよりずっと丁寧な対応をして相手の機嫌をとるっていうのと、このまま立ち去りやすくするためだ。


「知ってるよ。ゆーやん」


 ぐははと笑う水上女史。


 あれ?

 なんか見覚えのある笑い方だぞ。ていうか、ゆーやんって僕の高校のときのニックネーム……。

 って。


「水上って、あの水上なのか!?」


 繋がった。

 こいつは高校のときの同級生、水上(ひじり)だ。

 叶恵の知り合いだったのか。

 なんという偶然。


「他にどの水上を知ってるのさ。ご飯を食べてたらさ、神代ちゃんがデートしてるのを発見したからこっそり覗き見(ピーピングし)てたんよ」

「悪趣味すぎる!」


「したら、男の方もどうやら知ってる顔じゃん。こいつはからかわねばと思って出てきたって寸法よ」

「行動原理が謎!」


 僕の裏拳ツッコミが、聖の肩に決まる。

 なつかしいな。このノリ。

 高校のときは、こんなふうにふざけてばっかりで、なぜか夫婦漫才とかいわれたっけ。


 事態の推移についていけず、叶恵が目を白黒させている。

 いけないけいない。

 店内で騒いでたら他のお客さんにも迷惑だよ。





「で、なんとその同級生は、『LIO』のシナリオライターだったと。そんな偶然もあるのねぇ」


 話を聞き終えた美月先輩が、ため息とともに足を組みかえる。

 ミニのタイトスカートからすらりと伸びた足が眩しい。


「さすがの僕も驚きましたよ」


 夕方である。

 今日のテストプレイを終えた僕は、自分のデスクに戻ってきていた。


 ちなみに午後の仕事は、微妙に叶恵が精彩を欠いてた。

 ぼーっとしていたり、なにやらぶつぶつ言っていたり。


 まあ、あんだけ食べたら集中力だってなくなるよね。

 だから昼食は、満腹になるまで食べちゃダメなんだよ。


 あと、やたらと聖のことについて訊いてきたな。

 べつに隠すようなこともないから、高校時代の一番の友達だったって教えたけど。


 で、その一番の友達が、なんと『LIO』のシナリオを担当していたのだ。

 びっくりだよね。


 名前の売れてる作家ではなく、無名の小説家が大抜擢されたんだって話はきいていたけど、まさかそれが聖だったとは。

 なんでも、大学在学中に趣味で書いていたWEB小説が認められて文壇にデビューしたらしいんだ。


 ただまあ、たいして売れているわけでも有名になったわけでもなく、フリーアルバイターなんぞをしながら、ほそぼそと作品を発表しているような感じだったんだってさ。

 でも、その骨太くも感動的なストーリー構成が我が社の目に止まり、社運を賭けた『LIO』のシナリオを紡ぎ出すこととなった。


 僕が感涙を流した『赤髭公の鬼退治』だって、もちろん聖が描いたストーリーだ。

 もちろん僕だけでなく、他のテストプレイヤーだっていろんなシナリオで泣かされてる。


 とにかく感動するんだよ。

 なんていうのかな、たとえば映画とかを鑑賞していて、「あー こんなセリフ言われてみたいなぁ」って経験をした人ってけっこういると思うんだ。

 心に刺さるようなセリフってやつね。


 最高のタイミングで最高のセリフがくるんだよ。『LIO』は。

 そんなん言われたら泣いてまうやろって感じで。

 それが秀逸というしかないストーリーの中に散りばめられているから、もうやばい。語彙力を失うくらいにやばい。


 ぜひやってみてください。

 ぜひ買ってください。


「ていうか、叶恵嬢を食事に連れて行くってほうが、はるかに問題だけどね」


 先輩が唇を尖らせる。

 すごい美人がそういうことをすると、とても可愛らしいです。

 これが伝説に語られるギャップ萌えというやつか。


「羊食べたかったです? 先輩も誘えば良かったですね」

「……OK。きみはそういう男よね」


 アメリカンな仕草で両手を広げる。

 呆れられたっ!?

 理不尽っ!


「なにゆえっ!」

「……終わってから誘えば良かったとか、世の中には手遅れって言葉があるのよ?」


 すこし考える仕草をしてから先輩が言う。

 ヒドス。

 そんな回りくどい言葉でなじらなくても。


「ええと。あれです。でもリカバリって言葉もあるじゃないですか」

「ほう?」

「土曜日に横浜中華街。これでどうですか! 車だしますから!」


 ぱん、と、両手を合わせて拝んでみる。

 美月大明神さま。どうかこれで怒りをお鎮めください。


「裕也くん。きみさ、中華料理を食べさせとけばあたしの機嫌をとれると思ってるでしょ」


 こつんと指先で頭を小突かれた。

 でも笑ってる。

 やっぱり中華で機嫌がとれるじゃないか。


「まさかまさか。そんなそんな」


 そんな内心は表に出すことなく、ヒクツに揉み手なんかしてみせますよ。

 なんなら肩もお揉みしましょうか? お姉さま。


「わかったわかった。それで手を打ってあげるわよ」


 おお。

 許された。

 僕、許された。


 でも、言葉の前に挿入された半笑いのため息は、どういう意味なんじゃろうか。

 中華帝国の神秘かな?


 ともあれ、週末の予定は決まった。

 愛車を洗って、調子を見ておかないと。

 先輩とはいえお客さまを乗せるのに汚い車内ってわけにはいかないからね。途中でエンジントラブルとかもってのほかだし。


「あ、僕の車、黒塗りの外車とかじゃなくてコンパクトカーなんですけど、大丈夫ですかね?」

「裕也くんはあたしをなんだと思ってるの?」

「そりゃあ……」

「おいてめえ。いまなんで目をそらしやがった」


 言えない。

 中国マフィアの首領(ドン)の娘じゃないかって疑ったことがあるなんて、口が裂けても言えるわけがない。

 くわばらくわばら。


「そういえば、ついにオンラインモードが始まるみたいね」


 話題を変える先輩。

 どうやら馬鹿話をしているうちに、本格的に機嫌が直ったようだ。


「ですねー 楽しみです」

「もしかしたら、どこかで裕也くんに会うかもね」

「お。合流します? ID教えますよ?」


 美月先輩とパーティーを組むのも悪くない。僕は端末腕環を掲げてみせる。

 応じかけた先輩だが、悪戯っぽく笑って左腕をおろした。


「やめときましょ。リアルを知っているってケースはなくはないでしょうけど」

「あー いわれてみればそうですね」


 大昔のネットゲームだって、基本的には最も忌避されたのがリアルバレっていわれる現象だ。


 ネットはネット。現実は現実。

 そこの境界を曖昧にしてしまうと、どんなトラブルを誘発するか判ったものではない。

 実際、殺人事件に発展したことだってあるのだ。


「ゆーて、社内ネットなんですから、参加者も限られてるんですけどね」

「あ、社外モニターを雇うって話を聞いたわよ。二十人くらい」


 おっと、それは新情報だ。

 たしかに会社とは関わり合いのない第三者の目ってのは、大事だよね。


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