哀しみの魔法少女編 1
くるくると回ってポーズを決める。
左手を前に、右手は人差し指と中指を立てて顔のまえで横ピース。
ひらひら衣装とラブリーな髪型。
ぱちんとウィンクすれば、きらきらと星のエフェクトが舞う。
どこからどう見ても魔法少女だ。
これが高校体育教師とかに見えるとしたら、眼科なり心療内科なりの受診をおすすめする。
『はいOKです。お疲れ様でした。鏑木さん』
どこからともなく女性の声が聞こえ、ふうと息を吐いた僕は、いかれたポージングをといた。
派手派手しいエフェクトが消える。
ただ、エフェクトが消えても姿は変わらない。
身長百四十五センチくらいの女の子で、ひらっひらのコスチュームをまとっている、という現実は、一ミリグラムも動いていないのだ。
なにが哀しくて、四捨五入したら三十歳になろうって僕がこんな格好をしているんだって話だ。
「……あといくつあるんだっけ? スペシャルエフェクトが出るポーズ」
自分の声とは思えないくらいかん高く、可愛らしい声が出る。
『全部で三十種類ですから、あと十八ですね』
「なあ神代。システムがバグだらけなのって、こういう無駄な機能をつけすぎてるせいなんじゃないのか?」
『さ。次いきますよ。次』
「華麗にスルーしやがったな……」
ヴァーチャルリアリティというか、コンピューターの世界でなにかするって発想は、けっこう大昔からあった。
僕の知っているところでは、一九八二年に作られた『トロン』ってアメリカの映画が最初の映像作品だ。
ざっと百年以上も昔の出来事である。
世界で初めてコンピューターグラフィックスが使われ、世界で初めて電話回線を使ってデータが送受信されたってのでも有名だ。
ていうか、送るのにどのくらい時間がかかったんだろうね。
光ファイバーもない、それどころか、モデムってものすらない時代に。
たぶん公衆電話(死語)回線と音響カプラ(死語)とか、そういうを使って送ったんだろうけど。
ちょっといまからは想像もつかないよね。
ともあれ、コンピューターってものに対する憧れは、そんな昔からあった。
それが日本にも入ってきて、一九九四年には高畑京一郎の『クリス・クロス』って小説が発表され、二〇〇九年には川原礫の『ソードアートオンライン』が大ヒットとなる。
つまり、コンピューター世界に対する憧憬は深く、長く、人々の心にあったんだ。
まあ、別の世界って意味では、SFも異世界ファンタジーも一緒なんだけど、コンピューター世界はなんとなく実現の可能性がある。
科学の進歩によって。
異世界に転生するとか、宇宙を旅するとか、さすがに不可能だもんね。
いま現在、つまり西暦二〇九〇年の技術をもってしても。
でも、ヴァーチャルリアリティなら手が届く。
これを使えば、人間は異世界ファンタジーの世界にも、星々の彼方にもいくことができる。
一応ね、二〇一六年にはヘッドマウントディスプレイを使ったゲーム機も発売されたんだけど、ものとしては従来のゲームにちょっと臨場感をプラスしたくらいで、とてもとても仮想現実なんて呼べるものじゃなかった。
けど、ついに歴史は変わる。
僕が勤務する複合企業体TSSエンターブレインが、世界初となるフルダイブ型のヴァーチャルリアリティゲーム機を発売するのだ。
ちなみに、研究・製作の発表そのものは十年前にされていたんだ。
いえーす。
だからこの会社に就職したのでーす。
歴史的瞬間を、たんなる野次馬ではなく関係者の一人として迎えたかったのさ。
だから、そこそこ良い高校に進んだし、そこそこ良い大学も卒業したんだぜ。
けっこう涙ぐましい努力でしょ。
にもかかわらず、いんすぱいとおぶ、就職したTSSで最初にもらった辞令は、技術職ではなく営業職でした!
おうふ!
いやまあ、働かせてもらえるなら部署はどこでも良かったんだけどさ。
そうして三年。
世界初となるフルダイブVRゲーム機の売り込みに邁進しましたとも。
武器が良かったからね。
どこの業界でも興味津々だったさ。
こいつの可能性は、エンタテインメント業界だけにとどまるもんじゃない。
医療、福祉、教育、果ては外交まで、ありとあらゆるジャンルに応用が可能なのだ。
まさしく夢の技術である。
ところが!
発売を一年後に控えてるってのに、大問題が発生してしまった!
不具合だ。
もう、出るわ出るわ。
バグだらけで、とてもではないが売り物にならない。
発売は五年ほど延期して欲しい、と、いきなり技術部が言いだしたのだ。
待って待って。
洒落にならないから。
無理だから。
個人でも企業でもいいけど、みんな発売を今か今かって待ってるんだよ?
予約だって始まってるし、その数は全世界ですでに五百万台を超えてるんだよ?
いまさら、「延期でーす。てへ♪」なんていったら、会社潰れるよ?
むしろ言いにいった僕が殺されるよ?
そんなわけで、営業部としてはとうていそんな条件は飲めない。
なんとかならないのかって、部長を中心とした中核メンバーが直談判したらしい。
取締役もひっくるめてね。
そりゃそうだ。社運をかけたプロジェクトなんだから。
で!
技術屋どものいうことには、デバッガーの数が足りなすぎるってことらしいんだ。
プログラマーやエンジニアの数は充分なんだけど、実際に機械を使ってバグを洗い出す作業に従事する人間が圧倒的に足りない。
そりゃそうだ! 社外秘、部外秘のことが多すぎて、安易に社外モニターを雇うこともできないんだから。
技術部の連中が持ち回りでテストプレイをしてるんだけど、それじゃあ追いつかないって。
先にいえよ!
なんで、いまさらになってそんなこというんだよ!
必要な物資があったら、遠慮なくいってって、プロジェクトの立ち上げ時点からいわれていたのに。
いくらでもお金かけるからっていわれてたのに。
要求だせないとか、コミュ障なのかよ。技術部の連中は。
とにかく、ことここに至ってはお金での解決は無理だ。
いくらお金を積んだところで、札束が人間に化けるわけじゃないからね。
お金もダメ、時間もかけられないっていったら、あとはもうマンパワーしかない。
会社の各セクションから人を出して、デバッグを兼ねたテストプレイをすることになった。
営業部だけじゃなくて、資材部や人事部、総務部や秘書課までひっくるめて百名。
これだけ捻出できちゃうんだから、うちってやっぱり大企業だよね。
この百人に、それぞれマンツーマンで技術部の社員がついて、総勢二百人のテストプレイチームが急造されたわけだ。
僕こと、鏑木裕也もそのひとり。
ペアを組むエンジニアは神代叶恵。今年入社したばかりの新人だけど、俊秀の呼び声も高い才媛だ。
プロジェクトでも、けっこう重要なポジションを任されているらしい。
そんな人物とコンビを結成することになったのは、「青二才どうし、気が合うべや。たぶん」という、営業部長の鶴の一声が原因である。
ていうか僕、まだまだ青二才あつかいなんですか。
そうですか。
もう二十五歳なんですが。
きっとあれですよね。大学を卒業したばかりの美人で気の強そうな女性のパートナーなんて、みんな気後れしちゃうってことですよね。
で、若手の僕が押しつけられた、と。
ひどい話である。
だがまだだ。まだ心の刃は折れていないぞ。
「神代。先輩の意見をスルーってのはどういう了見なんだよ。それに、技術屋じゃない一般人の意見だって大切だろうが」
腰に手を当てて憤慨する。
舐められてなるものか。
『魔法少女にそんなこといわれても』
くすくすと、どこからともなく笑い声が聞こえる。
ですよねー。
いまの僕の姿は、最大限大人っぽく見積もってもローティーン。ぱっちり二重の大きな目と、ちょっとだけウェーブのかかった栗毛をもった美少女だもの。
しかもふりふりの魔法少女スタイル。
魔法の天使マジカル・ユウって感じだ。
先輩としての威厳はゼロである。
しょぼん。