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本語り3


「君がやったんだろう?俯いたままだと分からないよ、ちゃんと自分の口から話そうか?」

「……」


 犯行の瞬間を被害者の女性から目撃された萠志は、偶々そこに居合わせた警察官の手で拘束。手錠を掛けられて警察署に連行されると、三人の警察官に取り調べを受けていた。

 息が詰まるような重苦しい空気が、取調室の無機質さで更に増幅していく。


「はぁ……正直ね、衝撃だったよ。君、まだ高校生でしょ?その年で人生を棒に振るような真似しちゃって、情けないと思わない?君の親御さんも悲しむだろうね。それに、君が殺した男の家族も。分かる?今までの人生を顧みてごらんよ。君の生んでくれた人、君を育ててくれた人、君の友達も、皆。沢山の人の支えがあってこそ、人は成長出来るものなんだ。いいかい、人ってのは、一人では決して生きられないものなんだよ。それを君は……」


 中年位に見えるスーツ姿の男性が、腕を組ながら染々とした表情で閑談していた。

 尋問にも大分慣れているのか、椅子に背を預けてふんぞり返った状態で話す姿を見ると、まるで自分の理論こそが全て正しいと言わんばかりの横柄な性格をしているようだ。

 なんと素晴らしい人柄であろうか。

 きっと、その手腕で沢山の犯罪者たちの心を改心させてきたに違いない。

 しかし、萠志は、彼らと比べて少しだけ変わっていた。


「長々と人生論を語って、満足か?」

「……ねぇ、君さぁ……自分の立場分かってる?」


 萠志の溜め息混じりに発した言葉に、刑事は呆れ果てた顔で首を傾げた。

 そんな彼に対して、彼女は机に肘を着いて逆に問い掛ける。


「それじゃあ聞くが、お前の言う命の大切さ……七十億に及ぶ人間全員に、同じことが言えるか?」

「……は?」

「それだ。今、お前はこう思っただろ?『どういうこと?』、と。そう疑問に思うこと自体、矛盾してんだよ」

「いやいや、飛躍しすぎじゃ……」


 刑事は面食らった様子で萠志の顔を見ていたが、瞬時に我に返った様子で手を横に振った。

 すると、彼女は目の前の机を思い切り叩き、前のめりになって刑事を見据える。


「じゃあ分かりやすく言ってやる。お前らが人を逮捕する時、使うのは人生論か?道徳か?違うよな?法律、刑法、権利、それらを基準にして罪を決めているだろ?」

「それに何の問題が……」

「いい加減に気付け。お前らはマニュアルに沿って人を見ないと、人の価値すらも決められないんだよ。逆に言えば、人の価値ってのはその程度の認識で簡単に左右される、軽い命でしかない。それにすら気付かず、自慢気に命の大切さとやらを語ってるんだ、情けないと思わないか?」


 人は、命の重さを語らずにはいられない。

 それは、人間という生物が、命の大切さを一番理解しているから……

 否。断じて、否だ。

 彼ら程に命を侮辱している種族は居ない。大切さなどという名の呪縛を説き、それに感銘を受けた者たちに思想を植え付ける。その呪縛を馬鹿の一つ覚えに拡散しているだけだ。倫理も、道徳も、規範も、全てはそれから派生した綺麗事に過ぎないのだから。


「……あのさぁ、偉そうに言っているけれど……結局のところ君もそれと同じ人間だよね?」

「────そう思うか?」


 萠志がそう呟いた瞬間には。

 彼女は机の上に足を掛けて、刑事の腰元に隠されていたホルスターから拳銃を引ったくり、その顔面に銃口を突き付けていた。


「なっ!?」

「お、オイ!早まるな!辞めろっ!」


 周りから制止の声が上がるも、当然ながら萠志は辞めるつもりは毛頭ない。

 彼女の目の前で、明らかに動揺した顔つきで硬直している刑事を、静かに見据えながら微かに口角を上げていた。


「おいおい、ビビるな。だけど、普通、躊躇するもんだろ?でも、私は“躊躇出来ない”。簡単に引き金を引ける。それが……私の価値観だからな」


 人は誰でも、他人を傷付けようとする時は罪悪感に駆られるものだ。スポーツや競技とは違って、必要以上に他人に手を上げることは、人間の道徳で、悪と断定されていることだから。

 しかし。

 日那谷萠志に、道徳は無い。

 故に、人に手を上げることも、ましてや人を殺すことも、そもそも“悪いことであると認識が出来ない”。それでも、彼女の最も厄介なところは……人間の道徳をも理解している、ということだろう。

 即ち、彼女という存在を罪で縛ろうとした時点で、刑事たちの命運は決まっていた。


「ここに指を掛けたら、躊躇なく引き金を引け。そうでもしないと、お前たちは未来永劫……私を殺せない」


 時刻は午前零時を回る、十秒前。

 警察署の中で一発の銃声が響き渡ったのだった。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 結論から言えば。

 日那谷萠志という少女は────人間ではない。

 超能力、魔法、呪術……それらに類似する何らかの力を秘めているが、その正体だけは未だに不明のまま。少なくとも、限りなく人間とはかけ離れた存在であることは、紛れもない事実だ。

 ならば、何が起きているのか。

 彼女が一日の内に起こした行動は、午前零時を回ると────全て消去される。

 例えば人を殺した痕跡も、例えば監視カメラの映像からも、例えば人と話し接触した記憶も……全てが、消えてなくなってしまう。

 まるで、世界という枠組みから、日那谷萠志だけが排除されているかのように。

 彼女自身はその循環を認識しており、見た目の無気力そうな表情とは裏腹に、好き勝手に、自分の気に入らない者たちを殺して回る。


 ────《孤永の怪》。


 この世界で生存しながらも、唯一永遠に孤独を体現し続ける怪物。

 もしこの世界が一つの物語だとしたら、怪奇そのものであり明確な悪役。

 この世界に生存しているようで、まるで違う異世界を闊歩する、『奇々怪々ききかいかい』そのもの。

 それが、今の時点で判明している日那谷萠志の正体だ。


「躊躇なく、殺す……か」


 一度、どうすれば彼女を止められるのかを、他でもない彼女自身と話したことがある。彼女は隠し立てもせず、こう答えた……。


 ────お前たちでは無理だ、と。


 人間には、人情がある。

 人情があれば、躊躇する。

 故に躊躇してしまう、人間には不可能だ、と。

 その言葉を思い返し、静かに月明かりの差し込み始めた夜空を眺めながら、日陰舘麗衣は刀を握り締める手に力を込めた。


「……私は、自分の役割から逃げているだけ、なのかもしれないね……」


 人であることを望んでも、雨が止まないことを願っても、決して全てが思い通りになるとは限らない。

 世界の意志、即ち運命は、それがどれだけ残酷だったとしても、容赦なく現実を叩き付ける。

 おや。

 どうやら、雨は止んだようだ。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



「駅前通りで引ったくりにあったという女性から通報が!」


 そんな言葉を背後に聞きながら、萠志は身体を上に伸ばしつつ警察署を後にしていた。

 時刻は既に零時を回っているが、先程まで大粒の雨を降らしていた雨雲は晴れ渡り、闇の夜を照らす月明かりと満天の星空が広がっている。

 地面の水溜まりに映る星々の姿が、どこか幻想的で儚げに見えた。

 それを無感情に踏みつけながら、萠志は帰路に着く。


「ふぁ……っ……これは今日も絶対に寝不足……」

「おっかしいな……夢遊病にでも掛かったのかな……日陰舘さんには、悪いことしちゃったよね……」

「……!」


 道の反対側から、見覚えのある男子生徒が髪を掻きながら歩いてきた。

 彼は、武上誠志郎。

 ほんの数十分前に、同じテーブルを囲んで、一緒に食事をしたクラスメイトだ。

 萠志はあえてその顔を見ずに、一歩、また一歩と、彼へと近付いていく。

 二人の距離が近付き、直ぐ隣にまで歩み寄ったところで……。


「……?」

「……」


 そのまま、すれ違う。

 ただ道行く他人同士の認識で、特に気にも止めず、無言のまま、それぞれの帰路を歩くだけだった。

 しかし。

 一度だけ、誠志郎が立ち止まり……首を傾げる。


「何処かで見たことが……気のせい、かな……?」


 ただ、それだけだった。

 これ以上は考えることすら辞め、振り返りもせずに、また道を歩み始める。

 そして、再び新たな一日が始まった。

 記憶も、痕跡も、思い出も、全てを置き去りにして、日那谷萠志はまた次の日々を刻んでいくのだ。

 しかし。


「…………」


 その日は、何かが違った。

 《孤永》の刻を過ぎたのにも関わらず、何者かがまるで待ち構えていたかのように、萠志の前に立ち塞がる。

 その人物は、闇夜の中でも神秘的な存在感を示す生粋の巫女装束に身を包み、その顔面は白色巫女頭巾と影で覆われ、目視で確認することは出来ない。

 ただ、萠志に対して明らかな敵意を向けていることは、考えずとも伝わってきた。


「その巫女装束……お前は、誰だ?」


 萠志は目を凝らしつつ、ふと問い掛ける。

 そこで、巫女はその白く華奢な手を横に掲げると、笛のような音が辺りに鳴り響いた。

 すると、その手に淡い影の揺らめきも共に、刃先が直角に屈折した短剣が握られる。

 そして。


「────《抑止力》」


 巫女が小さくもハッキリとした口調で、そう答えた瞬間。

 そいつは地面を蹴って短剣を振り上げると、丸腰の萠志に躊躇なく襲い掛かったのだった。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 とある平日のお昼頃。

 大型ショッピングモールの前通りで、テイクアウトしたコーヒーカップを片手に佇む男性が、小型タブレットに目を通している。

 内容は、とある怪事件の詳細。

 一見すれば何の変哲もない殺人事件なのだが……彼はこの中に、普通とは違う怪異染みた気配を感じていた。


「今日も怪奇現象の調査?健気だねぇ、オジちゃん」


 そんな彼の元に、セーラー服で身を包んだ女子中学生がスキップ混じりの足取りで歩み寄る。

 とても無邪気に振る舞う彼女を、男性は容赦なく鋭い目付きで睨み下ろした。


「誰がオジちゃんだ。言っておくが、俺はまだ二十代だ。どちらにせよ、君には関係ない話だよ、《怪者あやしきもの》」

「良いのぉ、そんなこと言っちゃってぇ?私、その事件の犯人……知っているんだけどぉ」

「……なんだと?」


 いずれ、怪奇は収束し、全てを変える。

 人の常識を塗り潰し、人の意識の外側で、着々と世界を染め上げていく。

 彼らは、果たして促進者となるか、停滞者となるか……それはまだ、誰にも予測出来ない。


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