【日陰舘麗衣は眺め見る】 前語り
事の始まりは、詳細不明。
しかし、恐らくは紀元前……日本の年号で見れば、伝説上の神武天皇が存在していたと思われる時代から、何らかの動きはあったとされている。
勿論、公にはされていない。
その者たちは、歴史の影に隠れるようにして、ずっと身を潜めながら秘匿を繰り返していた。
その秘匿とは、探求。
人が意識しているようで、これまで全く接触することが無かった……正確にいえば、“干渉することが許されなかった”、禁忌の領域。
数多の生物、無数の現象、即ち『世界』と呼ばれる枠組みのルーツの解明。
地球、宇宙、銀河系……それすらも、一個体として区切られる次元と、その外側の秘密を……彼らは長い長い年月を掛けて解き明かそうとしていた。
時は現代。
現日陰舘家当主を務める者────日陰舘麗衣。
今、彼女は自らを《巫門》とし、外界との邂逅を決行しようとした。
「はーっ、はーっ……!大丈夫、出来る……出来る……私なら、出来る……っ」
小刻みに震える手には、逆手に握られた短剣。
その切っ先は、真っ直ぐに彼女自身の喉元を狙い定めていた。
息遣いは荒く、動悸が激しくなっていく。
あまりの恐怖に、額には止めどなく脂汗が滲み、目元に薄っすらと涙が浮かんでいた。
理論が間違っていたら、本当にただの犬死で全てが終わってしまう。
そんなリスクを背負った上で。
彼女は、短剣を握る手に力を込めて、そして……。
────一気に喉に突き立てた。
「ゴボ……ッ!!」
痛い……痛い、苦しい、痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい……ッ!
それ以外のことは、考えられない。
ただ、喉が、いいや全身が痛い。
痛くて痛くて、今すぐに失神……いいや、既に絶命寸前だ。
もう、後戻りは出来ない。
辛うじて残った意識を奮い立たせ、痙攣する口を全身全霊で動かし、発せられる筈がない声を腹の底から吐き出す。
「ひゅーっ……ひゅーっ……!が……か……もの……っ!わ……びかけ……たまえ────クルガツ・イムン・ガバ・ナダァガッ!!」
最後の言葉だけがやたらと流暢に、彼女の口から吐血と共に発せられた。
それは、兆しだった。
死をも厭わない彼女の覚悟が導きだした、希望への光明。
長年、誰も成し遂げたことがない成果が、舞い降りる瞬間が……。
そして。
遂には、日陰舘一族の宿願を果たすことに成功したのだ。




