第98話 康太は公安と仲良くなる:その5「派出所襲撃事件!1」
タクト君から、先週あった派出所襲撃事件の事が話される。
「それって確か深夜、警官1人になった派出所を襲った犯人が射殺されたって事件だったよね。犯人は1人だったはずなのに制圧するのに多くの怪我人が警察の中に出たって話だけれど」
「それの真相は大分違うんだよ。犯人が殺されたのは確かだけど、射殺じゃなくて切り殺したんだ、姉御が……」
◆ ◇ ◆ ◇
深夜2時、まさしく丑三つ時。
何か出てきてもおかしくない時間帯。
派出所勤務の若い巡査は、1人で寂しく留守番をしていた。
高校出で県警に採用されて3年半、このまま頑張ればもうすぐ巡査部長。
そうすれば希望している交通隊勤務も夢じゃない。
細かいところまで厳しいが暖かい巡査部長の指導でメキメキと勉強している毎日だ。
その巡査部長は、夫婦喧嘩の仲裁で飛び出していったところだ。
「すいません、道を教えて欲しいのですが?」
勉強中に声をかけられた巡査は、顔を上げた。
そこには三十路くらいの痩せぎすで顔色が妙に白い男がいた。
「はい、どうしました?」
今時ならスマホのナビで住所さえ分かれば迷うなんて事は無いと思った巡査。
おまけに深夜にどうして迷うような事があるのだろう。
「この御宅にお伺いしたいのですが、家が建て込んでいてわからないんです。深夜ですけど急に呼び出されて、大声を出すのも迷惑ですので、ここなら分かると思いまして」
「そういう訳なら少しお待ち下さい」
何か違和感を感じるもヒトが良い巡査は席を立ち上がり、後ろにある地図を取り出すために男に背を向けた。
「う!」
その瞬間、巡査は背中に衝撃を受けた。
巡査が振り返ってみると、男が包丁を握り巡査の背に刃を付き立てていた。
幸い巡査は防刃衣を着用していたので、刃は身には突き刺さってはいないものの、痛い事には違いない。
「何をする!!」
巡査は大声を上げて、男から遠ざかり攻撃態勢を取る。
「お前の拳銃をくれよ。俺は死にたいけど、1人じゃ寂しくてイヤだ。俺を追い込んだ社会に復讐しなきゃ気がすまない。だから、お前死ねよ!」
男はそう叫んだかと思うと、刺した時に滑って切った指から大量に出血しながら握った包丁を振りかぶって巡査に向かってきた。
巡査は男の狂気に対して立ち向かう。
「公務執行妨害の現行犯で逮捕する! 大人しくしないと撃つぞ!」
◆ ◇ ◆ ◇
巡査部長がヘトヘトになって犬も食わぬ夫婦喧嘩を解決して派出所に帰ってきたのは、午前2時半前。
「アイツ、居眠りしてなきゃ良いが。まあ、勉強頑張っているんだから、それは無いか」
自転車に乗って土産に温かい缶コーヒーを持ち帰った巡査部長が見たのは、派出所前で得体の知れない男に馬乗りにされていて、刺されそうになりながら包丁を押さえ込んでいる巡査の姿だった。
「お前、何をしている!!」
巡査部長は缶コーヒーを放り出し、未だターゲット以外に撃った事がない拳銃S&W M360J SAKURAを抜いて可愛い部下に馬乗りしている犯人に向けた。
「ぐルぅぅ」
犯人は日本語にもなっていない声を出し、涎を垂らしながら血走って濁った眼を巡査部長に向けた。
「コイツ、薬物中毒かよ。 本部、こちら○○派出所! 現在、ヤク中がウチの巡査を襲っている。急いで応援と救急車を送ってくれ!」
巡査部長は、拳銃を犯人に向けたまま胸元の無線機で警察本部に応援を呼んだ。
犯人は、濁った眼を巡査部長に向け、立ち上がり今度はターゲットを巡査部長に向けた。
巡査は数箇所から出血しており、ぐったりとしている。
「おい、今救急車を呼んだから死ぬんじゃないぞ! 死んだらあの世まで追いかけて叱るから死ぬんじゃないぞ!!」
迫り来る狂気の犯人を前に、まず部下を励ます巡査部長。
せっかく面倒を見てきた可愛い部下だ、死んでもらったら困る。
「おい、聞こえているかどうか分からんが、警告するぞ! これ以上凶器持ったまま近づいたら撃つぞ!」
しかし、警告が聞こえた風も無く濁った目のまま近づく犯人。
「撃つぞ!」
まず一発上に向けて.38SP弾が少し大きな花火くらいの音を立てて放たれる。
しかし、全く躊躇しない犯人、何故か胸元から虹色の光が見える。
「警告はしたからな!」
第二射目が犯人の脚元に撃たれる。
兆弾も無く、アスファルトにめり込む銃弾。
しかし、ゆっくりと血に塗れた包丁を握ったまま巡査部長に近づく犯人。
残り弾数は3、距離は4m程。
これは、ここで仕留めないと地域住民も危険だ。
「恨むなよ!!」
巡査部長は、犯人の身体の真ん中向けて2発発射した。
その弾は右肩と左腹部に当った。
日頃射撃練習をしていない巡査部長にしては良く当った方だろう。
犯人は包丁を手放し、その場に倒れた。
巡査部長は急いで巡査の下へ駆け寄り、彼がまだ生きているかを確認した。
「おい、死ぬなよ。もうすぐ救急車が来るから、がんばれ!」
しかし、後ろで物音がしたのに気が付いた巡査部長は振り返り、驚くべきものを見た。
犯人は妙に力が入らないような立ち上がり方をしたかと思うと、着衣が弾け飛び、その身体は灰色、いや銀色の毛皮に包まれた。
「ワおォ――ン!!」
それは狼の遠吠えだった。
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