第94話 康太は公安と仲良くなる:その1「公安ってナニ?」
まだ暫く日本に滞在するカツ兄ぃは、秋山の実家に帰っていった。
お願いして見せてもらったチエちゃんの悪魔形態も堪能して、カツ兄ぃは大満足の様子だった。
「ホントに母様の関係者は、どーしてワシの事を怖がらずに拝むのじゃ? 教団の皆もそうじゃ。ワシ、仏でも神でもないのじゃぞ?」
首を傾げながら毎度の崇拝を不思議がるチエちゃん。
あの教団強襲事件以降、時々高級菓子をダシに教団に呼び出されているチエちゃん。
「神様」の「胃袋」をがっちり掴む教団、実に良い点を抑えている。
たぶん、これはゴシップ大好き女子大生コトミちゃんが教団に入れ知恵したのだろう。
◆ ◇ ◆ ◇
さて、教団事件の時に現れた2人の公安関係者。
軽薄でバカだった着火能力者遠藤 拓斗、そして上司の和風美女。
彼らとは事件一週間後に再び出会った。
「この度は、部下がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
マユ姉ぇ宅で頭を下げている五十路の禿げ頭。
渡された名刺によると「警察庁警備局公安課 超常犯罪対策室 室長 警視正」とある。
警視庁と警察庁、よく混同されるけど、東京都営の警察機関が警視庁、警察庁は国家機関。
つまり警視庁職員は大抵東京都所属の地方公務員、警察庁は国家公務員。
尚、俺も混同していて後から調べて知りました。
その室長 寺尾 敏明、タクト君の雇い主である。
「まさか、『石』の回収だけを依頼したのに、被疑者抹殺までしそうになるとは、私も困った次第で」
もうすぐ夏休み7月初旬の暑い時期、流れ落ちる汗をハンカチで拭いながら説明する寺尾警視正。
俺達が良く知る中村警視が三十路中頃だから、この寺尾さんはおそらくノンキャリア族。
キャリアではありえない「柔道耳」化しているところを見るに、なかなか苦労をしてやっと現在の地位になったものの、送られた部署が窓際かつどー考えても閑職、苦労が頭髪に出ている。
うん、俺も気をつけておこうかな。
一応、秋山の家系は大丈夫だけど、功刀のじいちゃん確か頭髪薄かったし。
因みに「柔道耳」とは正式には「耳介血腫」と言って、皮膚と耳を形作る軟骨の間が外傷で内出血を起こし腫れて変形する症状。
またの名を「餃子耳」とも言い、耳介が餃子ともカリフラワーとも見える形に変形してしまう。
寝技を多用することで耳が擦れる柔道、レスリングや頭部外傷が多くなる相撲、ラグビー選手で発生する。
学業成績で選抜されるキャリア組はそこまで激しいスポーツはしないだろうけど、ノンキャリア組は武術の経験も問われる。
耳の変形具合から、寺尾室長が青年時代に熱心に柔道に取り組んだ事が良く分かる。
そういえば、柔道耳をしている刑事は身分がバレ易いから潜入捜査には向かないらしいね。
「それは本当じゃな? まさか、そこなるタクト殿1人のせいにしてトカゲの尻尾きりという訳じゃないじゃろうな?」
チエちゃんは禿げ頭を睨みつけながら怒り気味に話す。
「もちろん部下の不始末は上司たる私の責任です。今後このような事が無い様、部下の教育を致しますので、お許し願えたらと思います」
寺尾室長の話を受けて話す、タクト君。
「チエさん、今回の事は俺の独断で行いました。申し訳ありません。俺の凶行を阻止してくれてありがとうございました。今後、決してこのような事はおこないませんので、お許しください」
あら、タクト君、ちゃんと出来ているじゃないか。
多分、横でハラハラしている和風美女に大分仕込まれたんだろう。
うん、これなら今後の心配は無いね。
「うむ、そういう話ならワシはもう構わぬのじゃ。母様、どうじゃ? もう許してやらんか?」
チエちゃんの問いにマユ姉ぇは答える。
「元々コウちゃんのお仕事だし、謝るなら被害を受けた教祖さんでしょ。私がどうこう言う話じゃないわ」
「そちらには先日、赴きまして謝罪をしております」
マユ姉ぇの話に寺尾室長は答えた。
「で、教祖さんはお許しになられたのですか?」
「はい。教祖殿は、『もう過ぎた事だし、自分にも非がある事。自分は無事だった事ですし、我が神様が、取り返しのつく誤りならやり直せば良いと申しております。ですので、私は許しますから、今後は悔い改めてくださいね』と言ってくださいました」
ありゃ、「我が神様」の言葉ってチエちゃんの説教だよ。
「それならしょうがないのじゃ。テラオ殿、タクト殿、今回は取り返しがたまたま付いたのじゃが、いつもはそうもならん。今後は考えて行動するのじゃぞ」
自分の話を使って許されたものだから、顔を真っ赤にしているチエちゃん。
神様って言われちゃったら恥ずかしいか。
「はい、ありがとうございます」
公安3人は揃って頭を下げた。
「それでは、ここから先は別の話じゃ。何で公安は『次元石』を回収しておったのじゃ? もしかして『石』を配っていたのはお主達なのか? それならワシは許さぬのじゃが?」
チエちゃんからの新たな問いに、寺尾室長は横に座る和風美女を促す。
「それにつきましては、こちらの神楽坂よりお答えします」
「はい、では私からお答えします」
和風美女、神楽坂あやめ警部 超常犯罪対策室 第一係長とタクト君の直属の上司、この間も闇に潜んでタクト君の様子を見ていた。
「今回、『石』を回収しましたのは、事件捜査の一環でした。このところ、関東一円で『石』が関係した事件が数件発生しており、事件が大きくなる前に初めて発見できたのが、例の教団だったのです」
アヤメさん、立ち振る舞い、背筋が伸びた座り方からして何か武道をしていると思われる。
少しきつめの容姿に細身高身長(170cmくらい)のワンレン和風美女、おそらく俺よりも少し年上のアラサー前であろう。
妙齢なだけに年齢には触れてあげない方が、マユ姉ぇの事もあるから安全だね。
「つまり、公安は事件阻止の為に『石』の回収をしていて、『石』を配っておる訳では無いのじゃな?」
チエちゃんに問われて緊張気味のアヤメさん、チエちゃんの悪魔形態を知っているだけにそのキモチは分かる。
「はい、その通りです」
「なら、良いのじゃ。それなら良かったらワシらが握る情報を開示するのじゃが、どうじゃ? 母様、ここは公安に恩を売るのも良いじゃろ?」
チエちゃんからの大胆な提案に、マユ姉ぇは同意する。
「そうね、私達は『お国』に敵対する気は無いし、これでチエちゃん達の安全が確保されるなら良いわね。 正明さん、良いでしょ」
「うん、こういう事には僕は関与出来ないから、マユ達の良い様にしたら良いよ。ただ、公安さんには少し言いたいことがあります」
正明さんが姿勢を正して真剣に話す様子に、「はい!」ってなる寺尾室長。
「国家の安全の為に個人が犠牲になってしまう事は、悲しいけどありますよね。ただ、最初から犠牲者が出る前提でウチの家族を巻き込むのだけはやらないで欲しいのです。こんな娘達ですから十分強いのでそう簡単には怪我すらしないでしょうけど、それでも僕にとってはカワイイ妻であり娘達であり、甥っ子です。まだまだ幼い子がいますから犠牲が出れば必ず悲しみ、身体は大丈夫でも心が傷つきます。くれぐれもそこをお忘れなく」
正明さんの話を聞いた寺尾室長、
「はい、絶対に悲しい事にはしないよう致しますので、ご協力宜しくお願い致します」
正明さんのような懐が大きく、そして愛溢れる大人に俺もなりたいよ。
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