第9話 康太の日常:その2「姫様、戸籍を取得する」
姫様がロリコン医師に見てもらっていた頃、俺は研究室の教授に今回の件について詳細報告をしていた。
流石に他の人がいるゼミとかでは言えない内容があったので、個人的にアポをとって教授室で話している。
「あらかたは先日報告を受けていましたが、そんな事が起こっていたのですね」
俺の恩人にして恩師、吉井 拡教授。
考古学、古墳時代の埋蔵物についての博士号持ちで50前のロマンスグレーの似合う紳士。
俺は、吉井教授の論文「国内発見銅剣の成分分析による生産地域の把握」を読んで科学と考古学の合体に感動したものだ。
論文内容は、銅剣内の微量成分(ヒ素等)量や同位体分布から原材料鉱石を想定し、どこで生産されたかを調査したもの。
今の考古学、特に埋蔵物の調査に最新科学を用いるのは普通。
詳細分析に、兵庫の大型放射光施設SPring-8とかを用いた事例もある。
他では銅剣じゃなくて石器の話だが、鋭い刃物に加工できる黒曜石が重宝されていて、伊万里産のものが日本海を渡って朝鮮半島で用いられていた事すらあったそうだ。
石器時代でも海を越えた物流があったのは興味深い話だ。
今回の遺跡も、ドイツ語の件があるから海を渡ってきた人物が作った可能性があるし、実にロマン溢れるね。
この吉井教授はマユ姉ぇとも関係があって、俺が大学で考古学を勉強したいといったときに入学前にマユ姉ぇから紹介してもらった。
大学入学後も、資金繰りが厳しい俺の為に利子の無い奨学金の手続きやらバイトの斡旋までしてくれた大恩人だ。
後日話を聞くと、昔とある遺跡発掘時に表ざたに出来ない怪奇事件が発生して、その際にマユ姉ぇに片付けてもらったそうだ。
なので、マユ姉ぇや俺の能力については良く把握していて、国道の件とかの斡旋をしてくれた訳だ。
そういう事なので、姫様の件は吉井教授の耳に入れておいたほうが後日問題になりにくい。
なお、これはマユ姉ぇや姫様にも了解済み。
「君や真由子さんから話を聞かなければ、とても信じられない内容だけれども、君たちが言うのなら事実だろうね」
俺も自分が当事者じゃなければ信じないよね。
「で、そのお姫様、リタさんというんだったね。今はどうしているんだい」
「今は、マユ姉ぇ、いや真由美さんの所でお世話させて頂いています。先日、病院で見てもらって、感染症とかの問題についても調べてもらっています」
「それは良かったですね。未知の感染症は怖いですから」
吉井教授もインカ帝国の悲劇はよく知っているから、そう思うのはよく分かるよ。
「で、今後の方針はどうするんですか? ずっとリタさんがこっちにいるか、帰れる方法を見つけるのか」
「今のところは両方とも大丈夫な方向で動いています」
「では、リタさんの法的な処遇はどうなさりますか?」
「法的と言いますと?」
「今、リタさんは戸籍も住民票も存在しません。これでは何かあった時に社会的に守れない可能性があります。医療費についても国保なり何か保険機構に参加しておかないと全額負担になりますし、警察とかにお世話になった際に身元を保証する必要があります」
確かに吉井教授の言う通り、法的な身分があれば姫様もこっちの世界で安心だ。
でも、そんなのどうやればいいのやら。
「確かリタさんはドイツ語を話せるそうですね。そしてお医者様も味方について下さっているのなら、使えそうな手があります。一度、リタさんと話させて頂けませんか?ご本人に確認しないといけませんから」
「教授、何たくらんでいらっしゃるのですか?何か顔が悪いオトナになっているんですが」
「いえね、こういった人助けでワルイ事が出来る機会を待ち望んでいた感がありまして」
アカン、この教授もダメオトナだよ。
男は大人になっても少年の心を失わないというけど、考古学というロマンを求める学問を究めている人物、吉井教授もコドモの心を失っていないんだねぇ
「では、真由子さんや姫様と相談して日時を決めますので」
◆ ◇ ◆ ◇
それから数日後、マユ姉ぇの家に豊原医師、吉井教授が訪れた。
「この度は姫様に謁見の機会を頂き、恐悦至極でございます」
吉井教授は、流石王侯貴族にご挨拶する言い方をご存知のよう。
方やロリ医師、いや豊原医師は、
「姫様、今日もお綺麗でいらっしゃりますね。あれからお身体の調子はどうですか?」
姫様のお手を握って、下心見えそうな感じなのはどうかと思う。
〝本日は皆様、私の為にお集まり頂きどうもありがとうございます〟
「これが念話ですか。実に面白い」
「あーん、姫様ぁ」
大丈夫かよ、このダメオトナ達は。
「皆さん、お茶とお菓子を準備しましたので、こちらへどうぞ」
マユ姉ぇは、そのままだと話が進みそうも無いダメオトナを居間に案内した。
「さて、今日の本題ですが、リタ様の身分保障について吉井先生からご提案があるとの事ですね」
「はい、現状のままでは姫様の法的安全が取れませんので、姫様の法的身分をでっち上げようと思います。もちろん偽証罪に問われる危険性もあるので、無理にとは申しません」
〝法的身分とは何ですか。私の為に貴方方が罪に問われるような事は決して望んでおりません〟
「法的身分と言いますのは、この人は誰から生まれて何処に住んでいるのか、というのを国に認めてもらう事です。こうすることで、身分を与えられた人は法律という国による定め事で守ってもらえるようになります」
流石文系博士号持ち、専門以外とはいえ分かりやすく説明してくれる。
それに引き換え、医学博士号さんは、...
「姫様が姫様であることは何があっても変わりませぬ。その美しさは永遠ですぅ」
コレで日本の医学は大丈夫なんだろうか、かなり不安になるよ。
「その方法ですが、姫様には記憶を失ったドイツ系少女を演じてもらう事です。記憶喪失状態である事を豊原先生に証明して頂く事で医学的に根拠が出ます。そしてその事実を警察や外務省等へ連絡して、姫様の身元調査をしてもらいます。しかし該当者が発見される事はありえませんから、姫様は身元不明の記憶喪失人と認定されます」
ふむ、その手があったか。
「日本語を話す記憶喪失者の場合は、新たに戸籍を取得する方法がありますが、姫様は明らかに日本国民では無いので、とりあえずの居住許可が出ます」
これは俺が後から調べて知ったのだが、日本人記憶喪失者の戸籍を得る方法で就籍許可申請といって家庭裁判所に申請する事で新たに戸籍を取得できるらしい。
本来は、出生届が提出されなかった子供用のものだそうな。
「なお、保護先に真由子さんの家を最初から指定していれば、警察や外務省も未成年者を無理やり連れ出す事もないでしょうし」
確かに医者と元看護士夫婦に同年代の娘がいる家庭なら、身元不明少女の保護先としては誰からも文句は出まい。
「それなら僕に異存はありません。姫様を守れるのならウソの一つや二つ、お安い御用です」
ロリコンお医者さんなら、そう言うだろうよ
「では、この方法で行きたいと思います。姫様、誠に勝手ながら御身をお守りする為にもっとも確実な方法でありますので、お認め頂けます様、お願い申します」
「リタ様、私からもお願いします。既に正明さんにも相談済みですのでご安心を」
マユ姉ぇは吉原教授に続き、姫様を説得する。
「リタちゃん、ボクには難しい事分からないけど、皆リタちゃんの為に動いてくれるんだから聞いてあげて」
これまで大人の会話に入りずらくて姫様の横にずっと座っていたナナは、姫様が動きやすいように話してくれた
〝分かりました。皆様のご好意を無にするわけにはまいりませぬ。宜しくお願い致します〟
「Danke」
「もったいないお言葉です」
「姫様、もっと言ってぇ」
うーむ、こんなんでいいんだろうか
こうやってダメオトナ達「リタ姫ファン倶楽部」による悪巧みにより、姫様の法的・健康的安全は確保されたのだった。
で、俺はどうしていたかと言うと、ダメオトナが意外と当てになる事に感動して口出し出来なかった。
俺も、もっと勉強しないといけないなと思ったけど、次の日から後悔もした。
マユ姉ぇの恐ろしさをすっかり忘れていたよ。