第62話 康太は迷宮探索をする:その15「第4層ボス戦」
ボスフロアー前のドアに書かれている表札には、以下の文字が書かれている。
「魔道騎士団の間」と。
「マユ姉ぇ、これは人型の集団との対戦という事かな?」
「そうねぇ、たぶんその通りね。ところでコウちゃん、人間を切れるの?」
マユ姉ぇが聞いてきた事は、俺が一番答えにくい問題だった。
「正直、自信が無いね。いくらゲーム内とはいえ、目の前で人型している敵を殺すのはあんまり気が進まないよ」
人に近い形をしていても小鬼や豚鬼、人食い鬼なんかを切り殺すのは、案外大丈夫だった。
ゲームでのモンスターだという割り切りもあったからだろう。
しかし、純粋に人型となると心理的に苦しい。
「これは多分コウちゃんや皆に対しての試練なのでしょう。迷宮主は、わざとこう仕向けたのでしょうから」
◆ ◇ ◆ ◇
「流石はマユコ殿、ワシの目論見を良う理解しておる。優しさと甘さは違うのじゃ。今後、コウタ殿達が戦うであろう敵はもっと巧妙に仕掛けてくる。ワシ程は甘くはないのじゃぞ」
幼女悪魔は、モニター越しに康太達の表情を見て、どのような答えを出すのかを待った。
◆ ◇ ◆ ◇
「マユ姉ぇ、俺は戦うよ。だって、俺はマユ姉ぇ達の役に立ちたいからここまで来たんだ。がんばるよ」
俺は多分震えていたと思うけど、マユ姉ぇは俺をハグしてくれる。
「そこまで深刻にならなくても良いわよ。幸い、ここに出てくるのは全部ゲームのコマ。無理なら私が倒すし」
「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫。考えてみたら『騎』も人の姿のときから攻撃していたんだ。向こうから攻めてくるなら倒せるよ」
襲ってくる敵を見たら、多分俺はソイツを切れる。
ただ、一撃で致命傷を与えられるかは分からない。
しかし、ナナやリタちゃんが危険に晒されるのなら絶対容赦はしない。
たぶん「トリガー」がまた引かれて、如何なる敵にも立ち向かうだろう。
「戦士の心構え」というのは古今難しい問題で、今もアメリカなんかでは戦争帰還兵のPTSDが問題になっている。
幸い、ここの敵は倒したら塵になって死体は残らない。
ある意味「人殺しの練習」としては良い舞台だ。
「コウ兄ぃ、大丈夫? ボクも人間を殺せるかといったら、イヤでムリかもね。でもボク、皆が殺されそうになるのなら多分その前に倒しちゃうよ。だってそんなの、もっとイヤだもん」
「こうにいちゃん、わたしは『くに』でたくさんたたかって、いっぱいひとがしんだりしたの。ひとごろしは、よくないよ。でもね、まけたらおしまいなの」
どうやら妹達の方が随分と度胸が座っていたらしい。
対人退魔活動をすでに何回も行っている尼層2人は全く動じてはいない様だし、結局ナイーブだったのは俺だけだった。
こういう場合は、女性の方が度胸あるのかもね。
◆ ◇ ◆ ◇
「じゃあ、いこうか!」
俺達は第4層ボスの部屋のドアを注意深く開き、部屋の中に入った。
部屋の中は今までのボス部屋と同じくガランとして調度品も無い。
部屋に入ってきた俺達を見た「騎士団」とやらは、座っていた状態から起き出して抜剣を行い、臨戦態勢に入った。
騎士団の姿だけれども、団長と思われる兜に羽の意匠がついた両手剣持ちで金属鎧の重戦士が1人、盾持ちで片手剣持ちの上に金属鎧の戦士が2人、皮鎧らしい軽装甲で小剣とナイフ持ちの軽戦士が2人、魔術師と思われるローブ姿のものが1人の全6名構成。
俺達のパーティよりは重武装・攻撃型シフトに見える。
魔術師以外は兜を被っており、その面当てのすき間から赤い目が見える。
魔術師もフードを深く被っている為に赤い目しか見えない。
ここまでは人間と同じ、しかし一部外見が人間と大きく異なる。
間接部が球形、つまり球形間接人形が鎧を着ているのだ。
俺はそれを見て安堵した。
例えゲーム上でも人間を切らなくても良いことに。
◆ ◇ ◆ ◇
「びっくりしたじゃろ。でも良かったのぉ、人間相手じゃのうて。ワシは悪魔じゃが『鬼』じゃないのじゃ。いくらなんでも人間相手に殺し合いをいきなりやれなんていう筈もあるまい。第一、乙女達に人殺しさせる訳ないのじゃ!」
幼女悪魔は、康太が安心した表情を見せたのを見て頷いた。
「コウタ殿、まだまだ修行が足らんぞ。妹達の方が度胸座っているのにのぉ。こりゃワシもコウタ殿を鍛える必要があるのじゃ!」
幼女悪魔は、今後の事が楽しみでならない。
◆ ◇ ◆ ◇
マユ姉ぇは皆に指示を飛ばす。
「コウちゃんとカレンちゃん、きついけど2人で金属鎧3人の相手をお願い。ナナはコウちゃん達2人の背中に『盾』と魔術師に攻撃。リタちゃんはコウちゃんの方と魔術師へ支援砲撃、私は軽戦士2人を相手するわ。シンミョウちゃんは適時治療と補助呪文をお願い。皆、気を抜かずに倒すわよ!」
「おう!」「うん!」「はい!」
「カレンさん、俺が両手剣を先に倒します。すいませんが残りを抑えて下さい」
「はい、お任せを」
俺は三鈷杵「盾」と独鈷太陽剣を展開して両手剣持ちに突進した。
両手剣持ちは、両手剣を振り上げて切り下ろす。
俺は剣先の軌道を読み、盾で剣の横腹を叩きながら相手の左側に回りこみ剣を左から右へ薙ぎ払う。
金属鎧相手なので切断とまではいかないが、良い感触が帰ってきて巨人よりは装甲が薄いのを感じた。
すこし怯んだ両手剣持ちは、俺の方へ剣を向け左へ薙ぎ払おうとする。
それを見越している俺は瞬動法でステップバックして剣を避けた後、再び前に瞬動法でダッシュ突撃をする。
盾を前にしてシールドバッシュをし、両手剣持ちを怯ませる。
その隙を見て鎧の薄い部分に独鈷を突き刺し、太陽剣で捻って右に薙ぐ。
これで大きくダメージを受け後ずさりする両手剣持ちの左手首部分に太陽剣を叩きつけ、戦士の左手首を切り落とした。
こうなれば両手剣は重すぎて扱いにくい武器に成り下がる。
今度は両手剣持ちの左側側面方向に回り込み、両手とも剣にして腹部鎧の隙間に突き刺し捻る。
そして動きが止まった所を左右同時薙ぎ、左手剣で袈裟切りした後に右手剣で喉下へ平突きからの右薙ぎで首を切り飛ばした。
ここまでに約2分、まずは1体撃破だ。
両手剣は大きな威力がある分、振れる方向が定まっており人間型が使うのであれば、切り下ろす、薙ぐ、突く、振り回す、切り上げる以外の戦法は取れない。
予備動作を見切れば、倒すのも案外楽だ。
「カレンさん、どうもありがとう。こっちは1体倒したよ!」
俺はカレンさんの方を見ると、背をタイル小物さん達に守られて2体の戦士相手に軽快に戦っている。
背中を取られない様にうまく脚捌きをしており、もうすぐ1体を倒せそうになっている。
俺はカレンさんに気を取られている盾・片手剣持ちの1体の背後から迫り、隙だらけの後頭部と頚部に剣を叩き込み、首を跳ね飛ばした。
「おみごと!」
カレンさんは俺にウインクしてくれて、片手剣戦士の盾に羂索を投げつけ、盾を持った左手に絡みつかせた縄を引っ張って戦士の体勢を崩した。
そして無防備になった戦士の首元へ仕込み尺杖、いや長巻を突き刺して切り上げた。
それで兜ごと頭部を両断された戦士は沈黙して塵になった。
俺は息を大きく吸って周囲を見る。
「マユ姉ぇ!」
その時、既にマユ姉ぇは1体を始末済み、残り1体を相手中。
軽快に動く軽戦士以上に素早いマユ姉ぇ、味方で良かったよ。
じゃあ、残るは魔術師かと思ってみたら、既にいない。
ナナ達の方を見ると、
「やっほー、こっちは片付いたよ。後はお母さんの相手だけだよ」
あら、そうなのね。
俺は大分早く敵を倒したつもりだったんだけど、もっと早いとは。
なお、魔術師との魔法対決はリタちゃんの分裂ホーミング弾で一撃だったそうな。
あまりに早すぎて誰も手出しが出来なかったマユ姉ぇの勝負だけど、マユ姉ぇの必殺「脚払い瞬動法」が決まり手となって勝負がついた。
高速移動をしあう場合、脚払いで転んだら大ダメージの上に隙だらけになる。
今回も転ばせて背中から真っ二つだった。
あの技、一見地味だけど効果的だし、今度教えてもらおうっと。
という事で、案外早く第4層ボスは倒せたのだった。
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