第5話 康太の大変な一日:夕方その2「悪魔現る」
悪魔は、俺と腕の中の女の子を一瞥して声無き声を放つ。
〝そこの異世界人、汝が抱えし小娘を我に渡せ。さすれば汝はこのまま無事に一生を終えよう。さもなくば……〟
台詞までテンプレなのね。
むちゃくちゃ怖いんだけど、怖すぎて逆に現実感が持てない。
今日邪霊の相手していなかったら、多分チビっていたくらいじゃすまなかったよ。
俺は、腕の中の幼い娘を見る。
彼女の細くて今にも壊れそうな姿が、ナナと重なって映る。
そして、カチリと心の中で「トリガー」が引かれた。
「コウちゃん、貴方はお兄ちゃんなんだから、ナナを守ってあげてね」
それは、マユ姉ぇの言葉だ。
俺は両親を失った後、祖父母やマユ姉ぇ達によって育てられた。
だから、マユ姉ぇは叔母さんというより姉に近い感覚だ。
マユ姉ぇの娘のナナは、俺からしたら従妹というより大事な妹だ。
俺は、家族を失う事がとても怖い。
もう二度とあんな思いはしたくない。
だから、もしナナを傷つけるようなヤツがいたら、そいつを傷つけずにいられる自信が無い。
そのナナよりも幼い娘が、俺の腕の中に居る。
小さくて暖かい彼女を傷つけるヤツも、俺は全く許せそうも無い。
今、俺が使える「武器」は頭脳と口だけ。
だからこそ、彼女を守る為にとりあえず時間稼ぎと情報収集して、相手の隙をつかないといけない。
俺は一見平静を装って、悪魔と話した。
「すいません、状況が良く分かりませんので教えて頂けないでしょうか? 貴方のお話ですと、この子と貴方は別世界から来た、そして貴方はこの子が必要なご様子、それでかまいませんよね」
〝そのとおり、だから早ようその小娘を渡せ。そのものは汝とは何の縁もないであろう。よって我に渡すに何の問題もあるまい〟
「縁といえば、裸見ちゃったので責任は取る必要はあるのですが、命を懸けるべきかどうかは、また別問題でして」
〝だから早く我に渡さぬか。渡さぬのならば……〟
「渡さないとは申しておりません。出来ましたら詳しい事情を教えて頂ければありがたいのですが」
〝ならば教えよう〟
悪魔は仰々しく話す。
〝その小娘は我が王に歯向かう国の姫、その国も我等が軍勢の力で滅び、残るはその小娘と王のみだった。しかし王は「門鏡」の力を使ってその小娘を逃がしおったのだ〟
悪魔さん、俺の腕の中の女の子を睨みつけながら続ける。
〝もちろん王はその場で殺したが、まだそこに生き残りがいるのが我が王は辛抱ならないとの事。よって一番隊長たる我が追撃の任につき、今追いついた訳だ〟
ふむふむ、状況は理解できました。
それと時間稼ぎは十分だね。
「じゃあ、そういう事でしたら交渉は不成立ということで」
〝何!〟
「Licht dort」
〝光よ〟
姫様は翠の瞳から涙を溢れさせながら大きく見開き、光弾を作りあげて悪魔の顔に叩きつけた。
実は、悪魔が来た時に姫様、リタ・フォン・エスターライヒは目を覚ましていた。
小声の接触念話で俺に話しかけてくれていたのだ。
〝しばらく時間を稼いでください。私がどうにかしますから〟
悪魔は目が見えなくなったようで、周囲を無差別に破壊している。
俺はその攻撃が当たらないように姫様を抱えたまま石版の影にそっと隠れた。
〝すいません、この世界は魔力が薄いようで攻撃魔法の威力が思ったほど出ませんでした〟
姫様、今マナって言ったよね。
ここまでテンプレだとは。
それとも念話だと俺の中の知識に該当する単語に変換されているのかも。
俺って実はTCGとかTRPGを遊ぶのが好きで大学のゲームサークルに参加しているんだ。
「さて、どうやってアイツ倒そうか。マユ姉ぇなら倒せそうだけど今すぐには呼んで来れないし、ここから逃がしたら絶対不味いし」
〝マナが薄いので、あのデモンも広範囲破壊魔法は使えないでしょうけど、それでも物理破壊は出来ますし〟
やっぱり悪魔なのね。
俺は、幼子を殺そうとする悪魔が許せない、しかし悲しいかな俺にアイツを倒せる力は無い。
さて、どうしようと思ったら、服の中の石が熱くなる。
石の力に気がついた姫様は俺に聞く。
〝その石は次元石、数多の世界から力を引き入れるものです。どうして貴方がそれをお持ちですか〟
「いやー、色んな縁がありまして」
と言っていた時、俺は姫様を全裸で抱いていたままだった事に気が付いた。
「あ、ごめんなさい。下ろしますね」
姫様は俺の視線で自分が全裸なのに改めて気がついて顔を真っ赤にするも、
〝今はそれどころではありません。ここで死んでしまったら何の意味もないですから。でも貴方様が動くのに邪魔になってはいけませんから下ろしてください〟
「はい、どうぞ」
〝ありがとうございます〟
姫様は手で胸と腰を隠しつつ念話でお礼を言ってくれる。
〝そこか!〟
デモンは俺達の居場所に気がついて、こっちにゆっくりとだが向かってくる。
そうか、接触念話だと声が漏れないけど、空間念話だと聞かれる可能性があるんだ。
「さて、ここが正念場。何か俺が使えそうな物理的効果の有る呪あったっけ?」
記憶を探るも効果のありそうな真言は見当たらない。
どうしようかと少し焦ったその時、姫様が念話で話してきた。
〝その石に相手を倒そうとする念を込めれば、多分武器になります〟
ふむ、じゃダメ元でやってみますか。
迫り来る3mクラスのデモンを見ながら首から石を外して右手に握り、印を結んで念を込める。
悪魔に対する怒りも含めて。
すると、昼間に見たマユ姉ぇの使った不動明王の真言が頭の中に思い浮かんでくる。
「ナウマク サマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウン タラタ カン マン!」
すると石に繋がっているプラチナチェーンが重力に逆らって垂直に立ち上がり、その周囲を浄化の炎がまとわり付いて、刃渡り1mくらいの炎の剣を形成する。
「これならイケるか。邪よ滅べ。えい!!!」
〝ぎゃあぁ、何だこの破邪の力は!〟
俺が振りかぶって叩き付けた炎の刃は思った以上に伸びていき、デモンとその後ろにあった半球形の構造物ごと真っ二つにした。
「あれ? うっそーー! 何この威力」
俺が驚いている間にデモンと構築物は激しく燃え上がりしばらくすると炎は消え、デモンは綺麗さっぱり浄化されて何も残っていない。
構築物は砕け散り中身から内容物を一杯撒き散らしていた。
もちろん遺跡が壊れたわけだから「門」は消失していた。
「ふぅ、やったよ俺」
〝どうもありがとうございました。おかげで助かりました〟
「いえいえ、どう致しまして。女の子を助ける勇者になるのは男の子の夢の一つですから」
我ながら何言っているんだか。
悪魔が倒せたことで、俺の中の「トリガー」は元に戻った。
「さて、これからどうなされますか、姫様。もう「門」は無いし、遺跡はたぶん死んでしまったから使えませんし」
〝この世界では、私は何も知らず何も出来ない異邦人です。そして父は死に国も滅んでしまいました〟
〝非常にご迷惑だとは思うのですが、もし宜しければ貴方様のところでしばらくご厄介にさせて頂けないでしょうか〟
そりゃここまで関わりになったのだから、ここで姫様を見捨てるのは薄情だ。
なんとかしてあげたいけど、俺一人の力だけじゃどうにも出来ない。
こういう場合はマユ姉ぇを頼るのが一番だ。
だって、マユ姉ぇに話をせずに裸の女の子を部屋に勝手に連れ込んでいたのがバレたら、絶対俺は死にそうな目に会う。
とんでもない修行やらされて三途の川の川向こうが見えそうになりかねない。
「ちょっと待って下さいね、俺が信用している人に連絡しますから。第一、姫様ここから裸で出られるわけにはいかないでしょうし」
姫様は俺の言葉に自分の姿をもう一度確認して叫ばないものの、耳や顔を赤くして後ろに向いて俺に話す。
〝すいませんが衣服の準備もお願いします〟
申し訳ありません、可愛いお尻が見えちゃっていますが、見えない振りします。