第39話 康太は遺跡発掘を手伝う:その8「逃亡」
「ああ、遅くなってごめんね、ナナ! 助けに来たよ!」
そう言って俺はバイクから降りて、三鈷杵を構え戦闘態勢を取った。
マユ姉ぇやリタちゃんも車から降り、それぞれの得物を構える。
「オバサン、いくら娘のピンチだからと言って無茶しすぎじゃないかい。おかげで僕までいらぬ切り傷をしちゃったじゃないか」
ナイトは不機嫌そうにこちらを見る。
彼は数箇所打ち身をしているように見えるし、飛散したガラスで服を含めて数箇所切り傷をしている。
いくらアークデーモン級といえど、想定外の攻撃は防ぎきれないらしい。
「母親はね、子供の為なら鬼になれるの。鬼子母神とかご存知無いかしら、ナイト君。それとね、その身体の持ち主は子供かもしれないけれど、中身のアンタは私よりも年上よね。オバサンって言ったの撤回させてあげるわ」
ひゃ――、ナイトのやつ二重にマユ姉ぇの地雷踏み抜いたよ。
マユ姉ぇからの殺気が凄いや、ナイトの妖気なんて全くこっちに来ない。
そうか、前の時も想定外だっただけでマユ姉ぇの「気」の方が上なんだ。
ん? アークデーモンより怖い主婦って何だ?
まーいいか、味方が強いのに越した事はないし。
というムダ思考を、韋駄天加速状態で1秒以内に終わらせた俺はこっそり呪を自分に追加付与する。
「オバサンにオバサンって言って何が悪いの? 僕はオバサンも好きだよ。経産婦ならデーモンの苗床として確実だもの」
「お母さん、こいつ……」
「ナナ、話は全部聞いていたから説明は良いわ。ゆっくりこっちに来てね。コウちゃん、行って!」
「ああ!」
俺は光の盾を構えてナイトに突撃する。
「その程度で僕を倒せるとでも?」
「そうだね、オマエもしかすると俺よりも弱いかもね」
「そんな訳ないじゃないか!」
ナイトはひょいと後方に下がり、腕を持ち上げて振り下ろそうとする。
俺はその挙動に寒気を感じ、突進を一時中断し右に飛ぶ。
「ほらよ!」
ナイトが振り下ろした腕の延長線上は黒い影でずっばりと抉られていく。
その深さ50cmくらいの「爪跡」を見てカンが当たった事に安堵する俺。
「流石に強いね、俺だけじゃ勝てないよ。でもね、俺に意識集中しすぎ。もうナナは逃げたよ」
「なにぃ!」
俺の役目はターゲット取りの盾役。
ナナから注意をそらしておくのが仕事。
まんまと俺の口車に乗って、突撃してきた俺を簡単に殺せると思い攻撃したのが間違い。
こちらの方が数が多いのだから、ナナを人質に使えば良かったのに、バカ正直に俺の相手をするのが間違いなんだ。
防御系の呪多重で掛けているんだから、俺はそう簡単に死なないぞ。
「くそう、卑怯だぞ」
「えー、悪者が卑怯なんて言うんだ。こりゃ面白いや」
「言わせておけばナニを言う。お前なんか僕の指先一つで消し飛ぶのに」
「じゃあやって見せてよ」
「後から後悔するなよ!」
「お前がね! リタちゃん、どうぞ!」
俺はひょいと左側に飛ぶ、俺の背後には大玉をチャージしたリタちゃんが居る。
「おとうさまのかたき!」
「え?」
リタちゃんから放たれた光の大玉はナイトに着弾し、そこで爆縮をした。
着弾後一瞬半径2メートル程に広がった後は収束していき、10cmくらいまで小さくなった後、きゅどーん、という爆音と閃光を放った。
「今のは破壊範囲限定版の攻撃なの?」
「うん、いっぱいこわすとたいへん。だから、てきだけどっかーん」
ひえー、おそろしや。あんなの喰らったら絶対死んじゃうよ、俺。
ナイトのいた場所は濛々とした煙と埃に包まれている。
これで死んでくれたらラッキーだけど、そんなに甘くないよね。
「おのれ、おのれ、おのれ!」
煙の中から衣服を殆ど失い、黒焦げになって死体同然の姿で現れるナイト。
どんだけ耐久度があるのやら。
見る見るうちに身体部分が再生していく。
「どれだけ僕を馬鹿にしたら済むんだよ」
「いやー、キミがバカなだけだよ。罠に嵌り過ぎ」
俺がこうやって挑発しているのも、俺にターゲットを集中させて遠距離攻撃組が安心して攻撃できるようにしているだけ。
「だから、こうやって攻撃されるんだよ」
「何ぃ!」
「オバサンって言ったの撤回してよね!」
マユ姉ぇはナイトの背後に忍び寄り、彼の背中を薙刀でばっさりと切り裂いた。
「お前ら、どれだけ僕をバカにするんだよ!」
マユ姉ぇに振り返るナイト。
はい、また隙だらけ。
「いけー! 和バサミ小物さん!」
「ぐわぁ」
ナナの小物攻撃によりナイトは更に傷だらけになり、再生が追いつかなくなる。
「くそう、お前ら許さないぞ!」
「それはこちらのセリフ、どれだけオマエが多くの人を傷つけていたんだよ」
「うん、おまえリタのおとうさまのかたき!」
「オイ、そのエルフ小娘の父親は、僕は殺していないぞ。濡れ衣だ!」
「そんなの知らないね」
でもね、今までやった事はやったんだから疑われたってしょうがないぞ。
「さあ、どうする? そろそろ警察も来るし、学校内でもこれだけ爆音響かせたら人が来ちゃうよね。その姿で人前に出られるのかな」
ナイトは既に全裸、その上に傷が再生するたびに異形な形に身体が変形している。
元のままの端正な顔以外、もはや人間とも言えない姿だ。
「爆音響かせたのお前らの方だろ。何で被害者の僕が逃げ回らなきゃいけないんだ」
「さあね、これも最初に俺の前に顔を出したのが悪いんだろ。身元隠さないお前がバカだっただけだ」
俺の挑発にナイトの気が取られている間に、先生や生徒が周囲に近づいてきた。
ナイトの異形さに学校の皆は恐れ、また俺達の戦姿に恐怖を感じているようだった。
そしてパトーカーがサイレンを鳴らしながら来たのを確認したナイトは叫ぶ。
「お前ら、絶対に許さん。これで僕は逃げるけれど、絶対殺してやる。楽には死ねないぞ」
「あら、これで逃げるなんて臆病者なんだ」
「ああ、臆病者でもかまわない。僕にはまだ手が残っているんだから」
そう叫んだナイトは俺や周囲の人々を睨んだ後、羽を生やして飛びあがった。
「逃さない!」
そう叫んで放たれたマユ姉ぇの火球はナイトを直撃してあっけなく燃えた。
「あれ? 今の身代わり?」
「そうね、逃げられたわ。手負いにして逃がすなんて困ったわ」
「まあ、マユ姉ぇ。一番困ったのは後始末だよ。どうやってこの状況を皆に説明するの?」
「さあ、どうしましょ。コウちゃん、一緒に考えてくれる?」
マユ姉ぇ、ここでそのヒマワリのような笑顔は反則だよ。
俺、絶対拒否できない流れだ。
この歳で「くさい飯」食べなきゃならないのかよ。
先日、「孔雀王」で知られる萩野真先生が59歳の若さでお亡くなりになられた事を知りました。
私は昔から「孔雀王」シリーズのファンで無印連載中はいつも楽しみにしていました。
今作品中で用いられる真言系の呪については、「孔雀王」での描写を大分参考にさせて頂いています。
先生は今連載中のシリーズの最終話を執筆して亡くなったと聞いています。
もう先生の新作が読めないのが悲しく思います。
先生のご冥福をお祈り致します。