第36話 康太は遺跡発掘を手伝う:その5「暗躍」
その部屋は分厚いカーテンで閉め切られ、照明も点いていない暗い部屋の中に複数あるモニター画面だけが明るく光っている。
その画面に照らされた中性的美少年が、少年の背後に潜む「靄」に話す。
「どうだった、あのお兄さん。ちょと脅したら震え上がっていたから面白かったけど」
〝はい、あの男は「騎」様に驚かされた後、慌てて家に帰っていました〟
靄に隠れた上位悪魔はカズヤ、いやナイトにコウタの動きを報告していた。
「へー、予想よりも小心者だったんだ。グレーターを1体、レッサーを4体も滅ぼした英雄さんとは思えないや」
少し小馬鹿にした言い方だが、ナイトにとってあのくらいの小物など指一本で滅ぼせる存在なのだから、そういう言い方になるのだろう。
〝ただ、家の周辺に強力な破邪結界が施されており、内部の様子を伺う事は出来ませんでした〟
「一応、自分の身を守るくらいは出来るんだ。確かその家は叔母夫婦の家で娘が一人に「将」の獲物のエルフ小娘が一人いたよね」
ナイトはリタ姫の世界を襲った「将」デーモンの配下若しくは同類の存在で、お互いの情報を連絡しあっているらしい。
〝はっ、叔母らしき女性の帰宅を確認しましたが、彼女にこちらの存在を感づかれたのでそれ以上の観察は不可能でした〟
「ほう、隠形に優れるオマエの存在に気がつくとは、お兄さんよりオバサンの方が手ごわいかな」
ナイトは真由子の存在の方がやっかいだと思った。
〝あの男は我の存在には気がつかなかった事からもそうだと思われます〟
「なら攻めるならオバサンの娘かな? 将を落とすならまず馬を落とせというし。確か僕と同じ中学校の1年生だから、一度顔を見てみたいな。確か可愛いって話だよね」
整った顔に邪悪な笑みを浮かべてナイトは上位悪魔に聞く。
〝我に人間の美醜は分かりませぬが、叔母とやらは是非とも戦ってみたいと思う素晴らしき風貌でありました。なのでその娘も素晴らしいと思われます。〟
「それは楽しみだ、岡本奈々ちゃんか。今後が楽しみだね」
ナイトには今のところナナを直接害する気は無い。
ただ驚かせてみたいだけなのだ、どうせ自分には何も出来ない小娘なのだからと。
ナイトは、ナナをどうやって脅かすかを楽しんでいた。
◆ ◇ ◆ ◇
俺達は油断はしていなかったものの、まさかナイトが直接ナナを襲うなんてこの時点では夢にも思ってはいなかった。
後から考えれば後手になっていたと思われるが、俺達は隣の市の警察署に赴き中村警視にナイトの事を話した。
「それが事実なら警察で対処できうる事案か分かりませんね。こちらで内藤和也の身辺調査をしてみますが、しばらくはお時間を頂けますか?」
「はい、いきなりの話ですし、未成年者を逮捕するのは難しいでしょうから、注意して行動してね、中村君」
「地元の名士の唯一の血縁者ともなれば普通以上に捜査は大変ですね。祖父の方から圧力を受けないように極秘で調べる必要もありますし」
「私も彼の事を医療関係から調査してみるわ。ご両親殺害疑惑の事もあるし、知り合いの法医学者にも当たってみるわ」
「そちら方面は宜しくお願いします。しかし態々顔を見せに来るとは、余程の自信家なのか、バカなのか」
「そうね、多分その両方ね。実際こちらの動向は大分前からバレているし、今日も監視者がそこにいるしね」
「え、どこ?」
俺は何も気がついていない。
こいつものすごい隠行能力をもっているぞ。
「ねえ、監視者さん。これ以上こちらを見てもお互い良い事は無いわよ。これで退いてくれるのなら見逃してあげるけど、ダメなら……ね」
〝女、いつから我が居る事に気がついていた?〟
「最初からに決まっているわ。だって気配消しても視線は隠せていないし、今日は殺気もあってはダメね」
〝我はお主のような強者と戦ってみたかった。いざ尋常に勝負願いたい〟
「あら、今日はヤル気だったのね。じゃあ相手をしてあげるから姿見せなさい」
〝おう!〟
靄が見えた後消えて、そこから身長3m弱の悪魔、グレーターデーモンが現れた。
「コウちゃん、今日は観戦しててね。中村君、ごめんね。この会議室壊しちゃうかも」
俺はそっと懐の三鈷杵を掴みつつ、マユ姉ぇの方を見てうなずいた。
「マユ姉ぇ、気をつけて」
「真由子さん、これが……」
「ええ、悪魔。グレーターデーモンさんよね。良かったらお名前あったら聞かせてくれない。私の名前は知っているんでしょ」
〝我が名は『朧』、岡本真由子殿、いざ!〟
マユ姉ぇは懐から短刀「光兼」サンを取り出した。
「岡本真由子、行きます!」
◆ ◇ ◆ ◇
それは一瞬の勝負だった。
俺はマユ姉ぇが危なくなれば「光の盾」で飛び入り参戦するつもりだったのに何も出来なかった。
悪魔とマユ姉ぇがすれ違ったかと思った一瞬で全ては終わっていた。
マユ姉ぇが薙刀をひゅっと振り払い、刃についた悪魔の血(?)を払う。
〝みごとなり。我、最後にお主のような女性と戦えて良かった〟
「あら、そう。じゃあ今度生まれ変わったらお互い仲良くなれたら良いわね」
マユ姉ぇはデーモンに笑いかけてそう言った。
〝ああ、そうだな〟
そう言い残してデーモンは凄みのある笑みを浮かべたまま塵になった。
エ--!
あの一瞬で短刀を薙刀に変化させて一撃でデーモンに致命傷を与えたんだ。
俺、こそっと韋駄天モードしておけば良かったよ。
「みんな、大丈夫?」
そう皆に、いつものヒマワリのような笑顔を見せるマユ姉ぇ。
「マユ姉ぇこそ大丈夫? っていうか、どんだけ強いの? 一撃でグレーターデーモン倒せるなんて」
「あら、コウちゃんも一撃でグレーターデーモン倒せたんでしょ。なら私が出来ないはず無いでしょ」
いや、そうニコってされても困るんですが。
「あ、あ、あ、え--!!」
中村警視、今頃情報が脳内に到着したらしく、大慌てしている。
「中村君、ごめんね。目の前で決闘なんてしちゃって。私、決闘罪で逮捕されちゃうのかしら、現行犯だし」
いや、マユ姉ぇ。それ今言う事じゃないから。
「真由子さん、あんな化け物といつも戦っているのかい?」
怯えながらマユ姉ぇに問う中村警視。
「いえ、あのくらいのツワモノとは時々ね。危なかったわ、あらかじめ準備していなかったら負けていたし。あら、スカートの裾とか切れてるわ」
いや、あんな化け物相手にしてスカートを気にしているマユ姉ぇがバケモノですから。
「じゃあ、監視に気がついた時から準備していたの?」
「ええ、あらかじめ多重に呪を唱えておいたの。加速、守護、回避、強化などなどね」
「つまりマユ姉ぇも最初からヤル気だったんじゃないの?」
「ええ、だからあのデーモンさんの事を笑えないの。それに正々堂々戦ってくれたから、あの子も邪悪な子じゃなかったのかもね」
それを言える人はマユ姉ぇしか居ないって。
しかし、監視役を失ったナイト、どう動くか分からなくなったと俺は思った。
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