第35話 康太は遺跡発掘を手伝う:その4「恐怖」
俺は「ナイト」との対面後、体調不良を理由に発掘現場から急いで帰宅した。
マユ姉ぇ達に警告をするためだ。
態々俺がいるタイミングで発掘現場に行ったという事は、俺の素性が完全にナイトに知られている。
なら俺とマユ姉ぇ達との関係も知られているのが当たり前。
おそらく今日の対面は警告で、こちらが動かなければ追撃はしないと言う意味だとは思うけれど、いつまでコッチを無視してくれているかが分からない。
急いで対応をする必要がある。
マユ姉ぇならともかく、ナナやリタちゃんを襲われたら大変だ。
バイクを運転するにしては危ない精神状態だったが、俺は無事に帰宅出来た。
「ただいま、マユ姉ぇ居る?」
〝モッモッ!〟
モ○イ像さんによると、マユ姉は今買い物に行っているらしい。
「ナナとリタちゃんは何処にいるか知ってる?」
〝モッ!〟
幸い二人とも家に居て、今はアニメ鑑賞中だった。
「中学生くらいの怪しい気配の男の子が来たら注意して。最悪攻撃しても良いよ」
俺は念話で「ナイト」のイメージをモ○イ像さんに送って警戒を頼んだ。
〝モッモッモッツ!〟
これでとりあえずは一安心。
この敷地周辺はマユ姉ぇの結界が張られていて、下級魔物は進入が許されないし、中級以上になると警報を示すようになっている。
いきなりの奇襲は無いと思うけれど、決して油断は出来ない。
俺はどうすれば皆を守れるのか、家族を失うかもしれないという「トリガー」が引かれたままの俺は思考の迷路にとらわれていた。
そこに帰ってきたマユ姉ぇ、玄関口で慌てふためいていた俺を見て、
「あら、今日は帰るのが遅いのじゃなかったの? 何かあった? 顔が真っ青よ。コウちゃん、少し落ち着きなさい。大丈夫、私も娘たちも簡単にはやられないわよ」
「え、マユ姉ぇ。俺何か口に出して言っていたの?」
「いいえ。でもね、顔に出ているの。どうやったら皆を守れるかって。思考もダダ漏れよ。すっかり敵の手の内に嵌っているわよ」
「俺の考え、そこまで漏れてるの?」
「そうよ、思考がぐちゃぐちゃだけれども、一つの事に拘りすぎて危険になっているわ。まずは落ち着いて。玄関口で長話をしたら折角の冷凍食品がダメになるから、お家に入って皆で相談しましょ。3人寄れば文殊の知恵って言うでしょ。4人で考えればナイトを倒す方法も見えるわ」
俺の中の「トリガー」はマユ姉ぇの言葉と笑顔で元に戻った。
流石、マユ姉ぇ。
ナイトに俺がしてやられた事までお見通しだ。
そうか、ナイトが直接顔を見せた理由のひとつが俺への精神攻撃、俺を慌てさせる事だったんだ。
俺が慌ててナイト自身に攻撃するように仕向けて、俺を未成年者暴行の犯罪者に仕立て上げる事もありうる。
また逆に俺が逃げてくれれば邪魔物がいなくなる。
自分が未成年者の姿をしており、かつ強大な力を持つ存在という「法」と「力」両方の力で絶対的に負けないという自信から、俺を揺さぶったんだ。
「ごめん、マユ姉ぇ。俺、ナイトに踊らされてた。もう少しで不味い事やっていたよ」
「気がつければいいの。攻める方法は物理的・精神的・魔術的・社会的・法的などなど沢山あるわ。慌てず敵の目的を探るの。そこから打開策は見えてくるわ」
◆ ◇ ◆ ◇
「何それ、卑怯なヤツだよね。そいつ」
ナナは辛らつな意見を言ってくれる。
「そうね、でもかなりのやり手よ。絡め手を使うという事は頭脳に自信があるのだから。ただ、策士策におぼれちゃったわ」
「お母さん、どういう事?」
「だって、正体がばれていないという最大の利点を自分から捨てちゃったの。おかげで彼の個人情報も手に入るし、警察も動ける」
そうか、マユ姉ぇ経由で中村警視に連絡できるんだ。
「もちろん未成年犯罪者の逮捕は難しいわ。でも対処法はあると思うの。でそのナイト、和也君だったっけ? いくつくらいの子なの?」
「身長が155cmくらいで声変わりした直後っぽい声だったから、小学6年から中学2年生くらいだと思う」
「なら、ボクと同じ学校かも。内藤和也だったよね。ボク調べてみようか?」
「いいえ、それはやめてね。向こうから邪魔するなと言っている以上、接近するだけで危ないわ。学校ではコウちゃんもお母さんもナナを助けられないから」
「う、分かった。気をつけるね」
「本人の事は中村君に調査を頼むわ。そういえばコウちゃんの学校のお友達が何かご家族の事聞いたって話よね」
「ああ、数年前ナイトの両親が二人とも事故で亡くなっていると聞いてるよ」
「それ、もしかして……」
「だろうね。生贄にしたのかも」
俺の予想もマユ姉ぇと同じだ。
「こわー、両親を生贄にしちゃうなんて、どれだけ悪魔なの?」
「ナナ、案外それが正解かもね。ナイトの気配からしてグレーターデーモンじゃない、アークデーモン級だ」
俺はナイトの放つ妖気を思い出して身震いした。
「あーくでーもん、あくまのしょうぐん。わたしのくにをおそったやつとおなじ。おとうさま、ころしたやつ」
リタちゃんは、涙を貯めた怒りと悲しみを映した目をしている。
「ごめんなさい、リタちゃん。悲しい事を思い出させてしまって」
「いいの、おかあさん。こんどは、わたしまけない!」
直接の仇じゃないけれども、前哨戦としては腕試しにはちょうど良い。
リタちゃんのお父様の無念は晴らさせてもらうぞ。
それから俺達は、ネット上の記事で内藤夫妻の事故について検索をしてみた。
地元名士夫妻の事故ということで、まだニュース記事がネットに残っていた。
記事によると、夫妻は都市ガス漏洩・不完全燃焼による一酸化炭素中毒により居間のソファーに座っている状態で死亡していたとある。
その際、息子の和也も中毒症状になったが、床下の収納穴に寝転んでいたために命に別状はなかったらしい。
一酸化炭素は化学式COで表される気体で猛毒、血液中赤血球内のヘモグロビンと酸素以上の結合力でくっつくため、体内での酸素供給が行われなくなり、体内酸素欠乏により死亡する。
空気に対する比重が0.97とやや軽いため、床よりもソファーに座った辺り、よりいうなら天井の方が一酸化炭素濃度が高い。
更に都市ガスの主成分もメタンと軽いため天井近くのほうが濃度が高くなる。
「この記事が事実なら、自分だけ助かるように穴に入っているよね」
「ええ、小学生でこれだけの悪知恵を使うとは恐ろしいわ」
ナイトの事だ、ばれないように酸素ボンベくらい穴の中に準備していてもおかしくないよ。
「まず間違いなく計画的犯行だね」
「ええ、恐ろしい子よ。ナナ、絶対自分から近づいちゃダメよ。後で一緒に戦わせてあげるから今は辛抱ね」
「うん、分かった。でも向こうからボクに接触してきたらどうしよう? 小物達で学校に持っていけるのはそう多くないし」
「とりあえず逃げの一手ね。絶対一人で行動しないでね」
「りょーかい。さて、どうやって倒してやるか考えるよ。リタちゃん、一緒に敵討ちしようね」
「うん、おねえちゃん」
ホント、落ち着いて皆と話し合えて良かった。
「トリガー」が引かれたまま俺一人で突撃してたら、確実にやられてたよ。
「コウ兄ぃ、良かったね。一人で突撃してたら死んでたよ」
ナナ、君達を守るために俺は絶対に死ねないから注意します。
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