第34話 康太は遺跡発掘を手伝う:その3「黒幕」
今日、俺は土曜日なんだけれど、例の古墳発掘の手伝いで現場に出ている。
本当なら休みなのに、地主が開発工事を早くやりたいために急かしているからだ。
国とかへの文化財保護申請は、まだ文部科学省の内部で止まっているらしい。
申請は二月以上前に行っているものの、未だに返答が無いのはおかしい。
まさかとは思うけど、地域の名士である地主が国会議員辺りを通じて申請を止めているとしたら、俺ごときではどうにもならない。
となると俺に出来るのは詳細な調査をくまなく行う事で、精密なデータを残す事と時間を稼ぐくらいだ。
地主も調査内容にまでは口出しが出来ないし、工期が決まったどころか契約もまだな工事。
土地の種別が変更されていないので固定資産税が値上がりしたわけでもないから、せいぜい発掘現場に出向いて嫌味を言うくらいしかしてはこない。
なお、固定資産税だけれども「山」扱いだと一山年間数万円くらいだけれども、空き地になれば数十万円で済まない場合もあるそうな。
正明さんの実家、岡本家は数箇所不動産物件を所有しているので、税金対策は大変ならしいね。
そういえば、山で思い出したけど、リタちゃんがじいちゃん家の裏山で大穴開けた時、その威力のために近郊の地震計が反応したそうな。
また火球じみた閃光から隕石落下かと一時期騒ぎにもなった。
これらのもみ消しにマユ姉ぇは忙しかったらしく、手伝ってもらっただろう中村警視から大分絞られていた。
しかし、5個分集めた大弾一発であの騒ぎ、10個分の収束ビームなんて撃ったら山を貫通していたんじゃないか。
どれだけ威力を強化しているのか、おそるべし魔砲、いや魔法少女ステッキ。
ということで、今は少し風が寒い屋外でボランティアの方々が土壌から掘り出した微物を、俺は確認して写真撮影後に種類別仕分けをしている。
埋葬された時代からして鉄器が出てきてもおかしくはないけれども、盗掘されてから数百年以上経過している古墳では大物は出てこないだろう。
銅器や陶器の破片でも出てくれば恩の時だ。
俺の専門研究分野の鉄器だけれども空気中ではとても錆び易いけれど、丁寧に保存されたり湿気や酸素の無い地下に埋蔵されていたなら千年単位で残る。
奈良東大寺大仏の地下から明治時代に発見された鉄剣が1250年前に正倉院から持ち出された陰陽剣であったのが分かったくらいだし、4世紀頃作の七枝刀という七つの枝に分かれた奇妙な形の鉄剣が石上神社に保管されていたりする。
あの「天叢雲剣・草薙の剣」も天皇家に保管されている今の「形代」ですら、おそらく千年以上前の物だろう。
なにせ一度失われた形代ですら、安徳帝と共に瀬戸内海に沈んだのが1178年なのだから。
熱田神宮のご神体である「本物」なら、どれだけ古代の物かすら想像も出来ない。
鉄剣なのか、銅剣なのか、それとも未知の金属で出来たオーパーツなのか。
まさしく神話の時代のリアル「宝具」なのだから。
という訳で、今のところの俺は暇だけれども目を離す事も出来ない状態。
風除けのテント内にずっと居てもいいのだけれども、一度も現場を見ないのは監督員としては問題だし、一人ヌクヌクしているのは寒い野外でがんばっていらっしゃるボランティアの方々に申し訳がたたない。
なので、俺は時々は掘り返したところに行っては何か出てこないのか見ている。
そんな時に、老人男性が中学生くらいの男の子を連れてやってきた。
「まだ、こんなところを掘り返しているのか? もっと早くやらんか。終わらん事にはワシの一大リゾートセンターが作れんではないか!」
この偉そうに喚いている恰幅の良い老人が、地主の内藤広重。
確か今年73歳になる地元の大地主かつ名士で、裏では国会議員とかに献金をして自分が都合よくなるような開発計画を進めているという噂も聞く。
ただ、少し前に一人娘夫婦が事故で亡くなったそうで、一人残った孫と一緒に暮らしているというのをゴシップ好きな研究室仲間から聞いた。
「こんな古い誰が居たかも分からん墓を暴いて何が楽しいんじゃ。それよりはリゾートセンターで遊ぶほうがどれだけ面白いか、また地域経済に貢献できるか」
そりゃリゾートセンターの方がお金や雇用を産むのは確かだよ。
でもね、過去に誰がどうやって生きてきたかも大事だよ。
歴史ってのは、過去の人々が行った成功と失敗の集合体。
彼らの行いの上に現在の俺達が生きているんだ。
それを無視して壊して、何も無かった事にするのは嫌なんだ。
ここに眠る人にとっては折角永眠しているのに暴かれるのは嫌かもしれないけれど、お墓毎破壊されるよりは調べてもらって自分の生きていた証を残したいと俺なら思う。
だから、俺このジジイ嫌いだ。
「そこの若造、お前がここの責任者か? 今日は大学の先生とやらは来ていないのか?」
その言い方にムッとはするけれども、これでも俺は成人式を3年程前にやった大人だ。
こんな事でイチイチ怒る程、度量は狭くない。
「私の事ですか? 吉井教授は学会出張の為に今日は来られません。何かありましたら、私が教授にお伝え致しますが」
「じゃあ、もっと早く調査を終わるようにと伝えてくれ。そろそろ工事の契約をしないといかんのだ。いつまでも待たしてもらっても困る」
「すいません、調査はもう少し掛かる予定です。また地下遺跡の事もあり、文部科学省からの返事待ちなので、そちらでもお時間を頂けたらと思います」
「文科省か、たぶん返事なんて来ないぞ。それよりも調査なんか早よ終われよ」
あら、嫌な予感が当たったのね。
国会議員経由の嫌がらせとは、まったくセコイ老人だこと。
「じゃあ、ワシはもう帰るからな。和也、もう帰るぞ。こんなところに来ても何も面白くないだろ」
「いや、おじいちゃん。イイモノ見れたから良かったよ」
その声変わりしたばかりの少年の声を聞いて、俺は何故か寒気を感じた。
その少年は身長155cmくらいで細身、顔は整っており中性的な美少年と言えよう。
ただ、その気配と目力が俺には普通に見えない。
漆黒の中の暗黒、宇宙の深遠にある黒穴を覗いたような感覚。
そう、グレーターデーモンと対峙した感覚に似ている。
俺は、冷や汗をかきながらまじまじと少年の顔を見た。
すると少年は、心臓が止まりそうなくらいのすさまじい妖気を放ちつつ、俺の目を見て冷たい笑いをしながら言った。
「お兄さん、ボクらの邪魔これ以上しないでね。今度はアノくらいじゃすまないよ」
少年の言葉と妖気で、硬直してしまった俺は少年の正体に気が付いた。
こいつが「ナイト」、グレーターデーモン以上の化け物だ。
そうか、内藤から「ナイト」だったとは。
少年は俺から目を外して、それまで放っていた妖気を消し、無邪気な子供に戻り、祖父に話す。
「おじいちゃん、さあ帰ろ。ボクお腹すいちゃったよ」
「そうかそうか、和也。今日は何が食べたい?」
「そうだね、お寿司なんて良いかな」
「じゃあ、今から行こうかのぉ」
そして二人は発掘現場から去っていった。
俺は少年が去ってから、ようやく息をする事が出来た。
もう寒い11月なのに冷や汗で背中はびっしょりだし、喉はカラカラ。
一度止まりかけた心臓はバクバクと煩く、息も荒れた。
そして今になって全身がガタガタと震えだす。
あんな化け物が黒幕なんだ。
しかし、態々俺の前に顔を出して正体を自らばらすとは、どういった心境なんだろうか。
今まで足がつかないSNSでしか被害者に接触していないのに、なんで口止めというか宣戦布告気味の行為をするのか。
絶対の自信なのか、邪魔された事に対しての怒りなのか。
そんな事よりも、敵の強大さに俺は震えた。
あんなのを相手にして勝てるのか、いやナナやリタちゃんを守り抜けるのか。
俺の中で、家族を失うかもしれないという「トリガー」が引かれた。
しばらく俺は現場で震え上がっていた。
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