第3話 康太の大変な一日:昼その2「邪霊との戦い」
「そうなの、コウちゃんまたヘンなの拾ってきちゃったのね」
「はい、ごめんなさい」
こういう事が多々あるから、どうしてもマユ姉ぇには頭が上がらない。
「しょうがないわね、じゃあ祓いに行きましょうか。コウちゃんは責任とって付いてきなさい。ナナはお留守番ね」
「えー、ボクも見たいよー」
俺もナナの立場ならそう言うと思う。
「いえ、自分で自分の身を守れない人は危ないところには行ってはいけません」
「だって、コウ兄ぃは連れて行くんでしょ。だったらボクも大丈夫だって」
「あのね、コウちゃんはそれなりに修行させているから大丈夫なの。そういうのならナナも一緒に修行したら良かったのに」
「う、それはそうだけど。でもコウ兄ぃの部屋の前までで良いから連れて行ってよ」
「じゃあ、狛犬さん達を連れて行きなさいね。そしてお母さんのいう事を絶対守る事。狛犬さんお願いね」
「はい、そうします。1号、2号ボクの事よろしく」
〝うわふ〟〝うぉん〟
ナナに抱かれた狛犬達はご機嫌良さそうに鳴いている。
「ちなみに聞くけど、どっちが1号なんだ?」
これは俺は前から聞いてみたかったこと。
時々、ナナが狛犬をセールスマンとかにけしかけて遊んでいるのを見たことがある。
「えーっと……、どっちだったっけ?」
「俺に聞くなよ!」
◆ ◇ ◆ ◇
母屋の玄関を戸締りしてアパートの方に向かう俺達3人とその他3体。
アパートに近づくにつれ瘴気ともいえる雰囲気が強くなる。
「これ、早く片付けないと店子さんが逃げちゃうわ。最近満室にならないの、もしかしてコウちゃんが原因なのかしら」
う、恐ろしい事をおっしゃられるマユ姉ぇ。
もしそうなら俺は責任の取りようが無い。
「でも、あんまり酷いのなら逆にお化けアパートで売り出そうかしら」
前言撤回、流石マユ姉ぇ。転んでもタダでは起きない。
俺の部屋の玄関前に行くと、ものすごい「圧」を感じる。
ああ、ヤバイの呼んじゃってるよ、あの石。
「じゃあ、ドア開けるからドアの固定をナナお願いね。閉じこめられるとヤダから。コウちゃんは、呪の用意。ドア開け次第、九字で防御結界張って、光明真言で浄化お願い」
的確にテキパキと指示を出すマユ姉ぇ。
流石、場慣れしているね。俺じゃこうは出来ないよ。
「じゃあ、ドア開けるからね、3、2、1、はい!」
マユ姉ぇがマスターキー使って玄関ドアを開けると、瘴気が俺達に向かって飛び出してくる。
すかさず俺は九字護身法をすべく、刀印で格子状に九字を切る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
瘴気は俺が作った格子に遮られて、それ以上こっちには向かっては来ない。
マユ姉ぇは自分の力で瘴気を弾いているようだし、ナナの方は狛犬達が瘴気に対してブレス吐いて吹き飛ばしていた。
流石、高性能番犬。
「コウちゃん、次!」
「はい」
マユ姉ぇの指示で次の呪に移る。
「唵 阿謨伽 尾盧左曩 摩訶母捺囉 麽抳 鉢納麽 入嚩攞 鉢囉韈哆野 吽!」
大日如来のありがたいお力をお借りして浄化の光明を灯す真言。
俺は、智拳印、外五鈷印、五色光印、外縛二中寶印、外縛二中蓮華印、智拳印、八葉印と真言にあわせて印を組み替える。
「コウちゃんは、そのまま光明真言を維持、108回とは言わないけどがんばってね」
マユ姉ぇ、結構キツイ事を言っている気がするのだけれども、俺が原因の事態を解決しようとしてくれているのだからしょうがない、がんばるか。
俺の呪による光で瘴気はどんどん祓われていき、それまでぼやけていた部屋の中が見え出す。
「あ、やっぱりあの石だ」
こういった事には慣れっこのナナは冷静に瘴気の発生原因を見つける。
俺は光明真言の維持が忙しいから、これ以上は何にも出来ない。
「あれね、あら雑霊が動物霊さん達取り込んで凄いのになっちゃったのね」
マユ姉ぇはたいした事なさそうにいうけど、アレ俺だけじゃ払えそうも無いんですけど。
雑霊は、針金人形がところどころ子犬や子猫の霊をくっつけているような禍々しいお姿、もう邪霊の類だ。
石は力を溢れさせビーカーの中で塩水を沸騰させていて、その力を取り込もうと邪霊がビーカーに手を突っ込もうとしていた。
「悪い子さん、お痛はダメよ」
マユ姉ぇは、そう言って短刀を抜いた。
「光兼、己が主たる我が命ずる。我が呪を受け入れ、邪なるものを滅せよ!」
〝御意!〟
これ、マユ姉ぇ本気だよ。
「曩麼 三曼哆 跋惹羅 戰荼 摩訶嚧沙拏 沙叵吒野 吽 怛囉吒 訶吽 摩吽!」
マユ姉は、右手に短刀を持ち左手で不動明王印を作り、不動明王の真言を唱える。
すると短刀に不動明王のお力を借りた浄化の火炎が纏われる。
「えい!」
妙に可愛い声でマユ姉ぇが短刀を振り払うと、そこから伸びる火炎が俺の部屋の中に広がり、全てを火炎が覆い尽くす。
邪霊は浄化の炎に耐え切れず、しばらくもがいていたが燃えていく。
邪霊を燃やし尽くした後、火炎は綺麗さっぱり消え俺の部屋は何処も焦げず元通り、いや元以上に浄化されて綺麗な部屋になっていた。
「ごめんなさいね、手荒に祓っちゃって。もう大丈夫だから、迷わないで天国に行ってね」
マユ姉ぇはそう言って残っていた動物霊達を抱きしめていた。
動物霊達はマユ姉ぇの顔を舐め、そして光の粒になって空へ上がっていった。
「さて、残るは石の扱いね。あ、コウちゃん、もう詠唱やめてもいいわよ」
マユ姉ぇ、すげー!!
久しぶりに拝ませてもらったけど、俺とはレベルが違いすぎる。
「マユ姉ぇ、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
「いいのよ、コウちゃんの事は姉さんから頼まれていますから。まあ、今後はもっと修行してもらって、アレくらい自分で祓える様にはなってもらう予定だけど」
う、どんな修行しなくちゃならないんだろう。
マユ姉ぇは無造作にビーカーに手を突っ込んで石を手に取る。
「虹色だけど硬いからオパールじゃないわよね。透明感も無いから水晶じゃないし、色からして玉ともラピスラズリとも違うし、何なのかしら」
俺もそのあたりが不思議に思っている。
「力」を持ちそうな石とは特徴が一致しないし。
「その辺りはまた今度という事で、蓋しときましょ。このまま穴が開きっぱなしじゃ何呼んじゃうか分からないし」
そう言ってマユ姉ぇは石に「ちゅっ」と効果音付きでキスした。
「えー!!」
思わず声だしてしまった俺だが、横で見ていたナナもびっくりしている。
「お母さん、それ汚くない?」
うん、そうだよね。
いくら塩水に漬け込む前に洗っておいたと言っても邪霊を呼んじゃう石だもん。
「そうなの? もう綺麗よ」
そう言ってマユ姉ぇは俺に石を渡す。
「この石は空間に穴を開けてそこから力を引き出していたの。その力に色んなものが引き寄せられて悪さしていたのよ。で、今封印をしたからもう大丈夫よ」
確かに石を持っても封印前程は力を感じない。
「コウちゃん、その石ね。貴方が肌身離さず持っていなさいね」
「えー!! どうしてだよ、マユ姉ぇ」
「その石なんだけど、私の感覚だとコウちゃんに凄く縁があるものなの。多分これからのコウちゃんの助けになると思うわ。一応封印はしたけど、私の血族なら封印を弱らせるようにはしておいたからコウちゃんが使う分には力を引き出せるはずよ」
マユ姉ぇ、簡単に言っているけど物凄いコトやっているんですよ。
封印+血族限定での封印解除なんて俺どころか、知っている術者でやれる人の心当たり無いんですが。
「どうしても?」
「ええ、多分もうすぐ役に立つはずよ。それに良い修行にもなるでしょうしね」
こうマユ姉ぇに言われてしまえばしょうがない。
「ああ、分かったよ」
「ちょうど良い穴があるからペンダントにしたらいいわ。確かお家に聖別されたプラチナチェーンがあったから、それ使ってね」
聖別されたプラチナチェーンがすぐに出てくるお家が何処にあるんでしょうか。
この調子だと、動物型とかのフィギュアになる聖なる鎧があってもおかしくないぞ。
「それとね、コウちゃん。もっとお部屋のお掃除してね」
う、はいそうします。