第243話 康太の魔神退治:その34「逃亡、そして誘拐」
「おねえちゃん!」
〝Edelfräulen Rita! 〟
アリサちゃんの叫びと同時に、アリサちゃんの全身が光り、そこから輝く女性が飛び出した。
「『影』よ、気をつけよ! そやつは高密度霊体だ」
光輝く女性は、光の剣を生成して、「影」と名乗る悪魔に切りかかった。
〝姫様を返せ! このバケモノめ!〟
その女性は地球人だとしたら20代半ばくらい、細身ながら鍛え上げられたスタイル。
胸は小さめだが、腰からのラインは綺麗だ。
そして耳が長い、そうリタちゃんと同じエルフ耳なのだ。
「アリサ、急に飛び出したら危ない!」
ススムさんが結界から飛び出して、アリサちゃんを捕まえる。
「ぱぱぁ?」
アリサちゃんは、しゃがみ込んでいて少しぐったりとしている。
どうやらあの女性が姿を成すのにアリサちゃんの魔力を大量に使ったらしい。
「ススムさん、急いで結界内へ。皆、リタちゃんを助けるよ!」
「ええ!」
俺達はリタちゃんの方へ動こうとした瞬間、魔神将「将」の魔力が膨れ上がり、身体が変形をしだす。
人間に近かった身体は細長くなっていき、東洋竜に近い形に変形した。
「くそう、俺に奥の手を使わせやがって!」
そして竜は、光るエルフ女性の後ろからブレスを吐く。
「あぶない、おねえちゃん!」
アリサちゃんの叫びも虚しく、「影」を切り裂く事に集中していたエルフ女性は炎の息に包まれた。
「ふぅぅ。『影』よ、無事か」
「はい、まだ大丈夫です」
「では、俺は、この小娘を連れて帰るから、オマエは時間稼ぎをしろ!」
「御意!」
それを聞いた俺は瞬間移動で、リタちゃんに接近する。
そして一刀の元に「影」だけを魔剣で切り裂いた。
「ぐわぁ」
そしてリタちゃんを抱こうとした瞬間、横から竜の体当たりを受けた。
「ちぃぃ」
あまりの打撃にそこに踏ん張る事が出来ず、俺は吹き飛ばされた。
「お前ら、よくも俺を酷い目にあわせたな。この娘は人質だ。助けたければ、俺の本拠地のあるアルフ星まで来るんだな。そうか、こんな田舎星じゃあ、宇宙へは出られまいな、はははぁ!」
竜となった「将」は、リタちゃんを咥えて器用に嘲笑する。
「この娘には利用価値がある。安心しろ、それまでは生かしてやる。そうだな後10日は待ってやる。それまでに俺の元へ来てみろや! ははは!」
そう大声で叫ぶと「将」は空中に突然現れた「扉」へ入っていった。
「まてぇ!」
俺は扉が閉まる前に飛ぼうとしたが、チエちゃんに止められる。
「待つのじゃ、コウタ殿」
「何で止めるの、チエちゃん!」
俺はチエちゃんに振り向いた。
チエちゃんの顔は苦渋に満ち、唇をかみ締めていた。
「今、コウタ殿だけで行けば、殺されるのじゃ。如何な魔剣殿が居ろうとも消耗戦に持ち込まれれば、コウタ殿に勝機は無い。そして魔剣は奪われ、兄上の願いは成就するのじゃ!」
俺はチエちゃんの指摘にハッとした。
「将」は俺の魔剣を欲しがっていた。
このまま俺だけで突撃したら、「将」の思惑通り魔剣が「将」のものとなる。
そうこうしている間にリタちゃんへ続く「扉」は閉まってしまった。
「くそぉぉ! 俺が動くのがもう一歩早ければ!」
俺は思わず魔剣を地面に叩きつけてしまう。
そして大穴が出来た事にびっくりして、怒りが少し落ち着き、起動していた「トリガー」を戻した。
「それはワシの責任じゃ。甘い事を言わずに兄上を殺しておけば良かったのじゃ」
チエちゃんは唇から血を流し、眼に大粒の涙を貯めて呻く。
「チエちゃん、それは違うわ。私達全員が甘かったのよ」
「そうだよ。ボクが一番近かったのに何もできなかったんだよぉ。う、うわぁーん」
マユ姉ぇは、泣きじゃくるナナと、泣かないように辛抱していたチエちゃんをそっと抱いた。
「おかーさーん」
「母様!」
2人が大泣きする姿を見て、俺は心に決めた。
絶対リタちゃんを取り戻すと。
「コウタ君、マユ姉ちゃん。すいません、アリサから出てきた女性が消えそうなんです」
アリサちゃんを抱えたススムさんが叫ぶ。
え、それは不味いよ。
彼女になにかあれば、アリサちゃんも危ない。
俺達は涙を拭いて、ススムさんの下へ急いだ。
〝姫様を守れずに申し訳ありません。もう一度チャンスを与えられたのに何も出来ませんでした〟
ススムさんに支えられたエルフ女性は、点滅をしながら話した。
〝わたくしは、アルフ王国近衛騎士団所属 Angelika Tunaと申します。姫様が幼い頃、お姉様と呼んでもらい一緒に遊んだ事もありました〟
何の因果なのか、縁があったのか。
アリサちゃんの中にいた女性霊は、リタちゃんを良く知る人物だった。
〝王国最後の戦いの際、わたくしは王の命で秘宝Kleinsche Flascheを秘密の隠し場所に保管しておりました。その後、王の下へ戻ると、王は既に殺されており、姫様が今にも悪魔に殺されそうになっていました。そこで、わたくしは渾身の力で悪魔に体当たりをし、その隙に姫様は鏡にて逃げる事が出来ました。その直後、わたくしは悪魔に殺されました〟
リタちゃんが遺跡から出てくる前に、そんな事があったんだ。
〝わたくしの意識が遠ざかる前、鏡から姫様の声が聞こえました。そして次にわたくしが見たのは、アリサ様です〟
つまり意識が無くなる直前、リタちゃんに呼ばれて鏡の中に霊が飛び込んで地球に来たんだ。
そして浮遊するうちに、アリサちゃんへの交霊術で呼ばれた訳か。
リタちゃんが地球に来たのは去年の夏、もう1年4ヶ月も前。
アリサちゃんが生まれたのは3年前、そして日本へ来たのは1年前。
時間的には、つじつまがあう。
〝わたくしは、アリサ様の精神を壊したくない為、できるだけ表に出ないようにしていました。しかし居なくなればアリサ様だけでは魔力コントロールも出来ないので、逃げる事も適いませんでした。星は違えど幼子は大事、それに何処か幼い頃のリタ姫様に似ていましたから〟
リタちゃんとアリサちゃん。
確かにどちらも色素が薄めで、可憐な感じだ。
じゃあ、リタちゃん小さい頃はお転婆でおしゃまだったのかな?
今でも姫様モードの時よりは活発だけど。
〝そして先日、皆様のおかげでアリサ様を助けてもらった際、なんと姫様に会うことが出来たのです。これは奇跡としかいえません。まさか別の星で美しく成長なさった姫様に出会えるとは〟
これは運命が引き寄せたということなんだろう。
〝後は皆様がご存じの通りです。わたくしの力不足で姫様がにっくき悪魔に捕らえられました。申し訳ありませんでした。皆様にお願いがあります。姫様を……〟
「そこから先は言わんでも良い。ワシらの全力をもってリタ殿は必ず救い出す。なにせワシの大事な妹じゃからな」
「そうそう、ボクの大事な妹だもん。お姉さん安心してね」
「ええ、リタちゃんは、もう私の娘なの。何があっても助けるわ」
リタちゃんの母と姉達がアンゲリカさんにリタちゃんの救出を約束する。
〝姫様は、この星で御家族が出来たのですね。良かった、もう姫様は一人ぼっちじゃないのですね。ありがとうございます〟
アンゲリカさんは、眼をうるうるとさせた。
「いえいえ、コウちゃんがリタちゃんを助けた時から縁があったのよ、私達」
「そうだね。俺も絶対リタちゃんを助けるからね」
俺はアンゲリカさんに約束した。
〝ありがとうございます、皆様。アリサ様の魔力は大部分わたくしが使ってしまいました。おそらくこれからゆっくりは回復しますが、これ以降アリサ様だけの力でコントロールできると思います。アリサちゃん、もう大丈夫よね〟
「おねえちゃん、ごめんね。わたしがとびださなきゃ」
〝いいのよ、わたくしが姫様のことを心配したのが原因だもの〟
後から聞いたのでは、アリサちゃんはマユ姉ぇの赤ちゃんの事が心配になって飛び出したそうだけど、中のアンゲリカさんはリタちゃんが心配だった。
この2人の心配が重なって、アリサちゃんが動き、そして結界を開けるほどの魔力展開をしてしまったのだろう。
〝では、皆様。後はお願いします。秘宝の起動キーは王族の血です。姫様を、そして我らアルフ星を宜しくお願い致します〟
そしてアンゲリカさんは消えそうになる。
その時、マユ姉ぇがとんでもない事を言った。
「そうだ、私のお腹に女の子がいるの。まだ霊的受胎していないから、アンゲリカちゃんウチの子にならない?」
〝は?〟
「えー!」
リタちゃんがボスキャラに誘拐されてしまいました。
リタちゃんを救うべく敵陣へ乗り込むつもりのコウタ達。
そしてアリサちゃんに宿っていた霊の正体も判明。
世間は狭かったのね。
しかし、マユ姉ぇ。
貴方もプロット以上に動いちゃうんですね。
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