第216話 康太の魔神退治:その9「状況説明会その3 悲しい別れ」
「翌朝、起きるとリーアは既に居らず、書置きがありました。『わたしを忘れて幸せになって』と」
悲しげに過去を語るススムさん。
俺はその話を聞きながら、腸が煮えくり返る思いをしていた。
財団、オマエらは俺やススムさん、そしてアリサちゃんみたいな不幸な子を生み出してナニがしたいんだ。
俺にアメリカに喧嘩を売れる実力があるのなら、財団へ殴りこみかけて、全員9割殺しにして後悔させてやる。
そう簡単に殺してなんかやるか。
一切身動きも見ることも出来ない不自由な姿で惨めに生きていくがいい!
「コウタ殿、お主が興奮しても事態は解決せぬのじゃ。大丈夫、ワシも財団とやらは許さぬのじゃ。近いうちに生きていることを後悔させてやるのじゃ!」
チエちゃんが俺の顔を見て心配してくれた。
「そうだよ、コウ兄ぃ。慌てて殴りこみに行かないでね。行くときはボクも一緒なんだから」
「わたしもいっしょ!」
俺の横に座っていたナナとリタちゃんは俺にしがみ付き、俺を見上げる。
「3人とも、もう大丈夫だよ。いつかは対決しなきゃいけない敵なんだ。後は倒すだけ、無茶はしないよ」
俺は勝手に起動していた「トリガー」を元に戻した。
「すいません、話を続けて良いですか?」
「はい、こちらこそ話の腰を折ってすいません。どうぞ続けてください」
ススムさんがすまなそうにしているのを、俺は謝った。
ススムさん、俺の両親の事があるから俺に思うところがあるんだろうね。
「その後、私は帰国までの短い期間ですが、リーアの所在行方を捜しました。しかし、彼女が住んでいたところは既に引き払われており、どうやっても彼女の行った所が分かりませんでした。軍事開発に係りそうな財団はアメリカに何個もあります。その上、CIA等が秘密に行う作戦。いかな友好国の国家公務員である私でもどうにもなりませんでした」
ススムさんは、リーアさんが最後に会ったのが普段使用しないモーテルだったのは既に自分から別れるつもり、かつ盗聴等からススムさんを守る為に行ったのだろうとも話した。
「そして私は引かれる思いながら帰国をしました。そして、3年程業務をしているうちに『とある』匿名メールを受けたのです。マトリなんてしていますから、俗に言う情報屋との付き合いもあります。そういうメールかと思いましたが、その文面には私とリーアしか知らない筈の合言葉があったのです」
合言葉、どうやら愛を確かめ合う恥かしい言葉だったようで、その愛の結晶アリサちゃんの前ではどうしても話せない様だった。
「それには匿名サーバのアドレスがありました。そこに多重防御をしながら進入すると、暗号化された圧縮ファイルがありました。合言葉で開いたファイルにはリーアからのボイスメール、そして極秘研究所に見える施設の住所、見取り図が入っていました」
まさか、それはリーアさんのSOSなのか?
「リーアからのボイスメールは女の子、アリサが生まれた事。そして順調に成長しているけど、財団はアリサをも研究材料にしようとしているという事だったのです。私はいてもたっても居られず、国へ長期休暇及び海外研修を申し出で、再びアメリカへ行きました」
◆ ◇ ◆ ◇
「はあ、はあ。2人とも大丈夫かい?」
ススムは荒い息をしながら、後方にいる2人を庇う。
「ススムさんこそ、大丈夫なの? こんな事しちゃったらススムさんの立場なくなっちゃうじゃない。日本へ帰れなくなるわ」
「そんなのリーアとオレの娘の前じゃ何の障害にもならないさ」
金髪、二歳くらいの幼子を胸に抱くリーアはススムを心配するが、それを一向に気にしないススム。
警報が甲高くなり、急ぐ足音が四方から聞こえてくる。
「なーに、役所クビになったらバケモノハンターにでもなるさ。師匠になってくれそうな人に心当たりあるしな」
ススムは手に持つ小型拳銃のスライドをずらし、ちゃんと380ACP弾が装弾されている事を確認した。
「アリサ、パパが絶対守ってやるからな」
ススムは強張っていた表情を崩し、金髪の幼子の頭を撫でる。
「ぱぱ?」
「そうよ、この人が貴方のパパよ」
リーアはアリサにススムの事を紹介した。
すると、アリサはススムの手を掴み話す。
「ぱぱぁ」
「ああ、パパだよ。もう怖い事は絶対無いぞ。ナニからだってパパが守ってやるさ」
しかし、事態は非情、3人の親子は暫く逃げた後、多くの兵士達に追い込まれた。
「このイエロー風情のガキが。オマエのパワーさえ無ければ何でアタクシの娘を抱かせなくてはならないの! もうオマエは用無し。種馬には退場してもらうわ。さあ、リーア。アリサを連れてアタクシの元に来なさい!」
3人を取り囲む多くの兵士達の中に、白衣を着た四十路後半の女性、白髪交じりの茶髪を振り乱して叫ぶ女がいる。
彼女がリーアの母親にして、この研究所所長ヘレナ。
その青い眼には狂気じみた色が見える。
「母さん、貴方はアリサが可愛くないの? こんな小さな子を生贄にしてナニがしたいの!? もう犠牲になるのはわたしだけで十分なの。わたしはどうなっても良いからアリサとススムさんだけは逃がしてあげて!」
リーアは母親に嘆願する、しかしその嘆願は大いなる力という狂気に取り付かれたヘレナには通じない。
「リーア、なんで今更アタクシの言う事に従わないの! 今まで何でも従ってきたんじゃないの。それにアリサは光栄よ。ものスゴイ力を更に得られるの。そしてアリサの子供なら神をも上回る力さえ得られるの。そしてアメリカは、アタクシは永遠に頂点に立つの!」
狂気じみた演説をしだすヘレナ。
もうまともな会話を期待できる状況では無い。
その歪んだ皺だらけの顔には恐怖しか感じられない。
「ままぁ、こわいよぉ」
祖母の狂気に晒されたアリサはリーアをぎゅっと握り怖がる。
「大丈夫だ。俺が刺し違えてでもリーアとアリサは守る!」
そう言って、2人の前に仁王立ちするススム。
「もう良いわ、ススムさん。アリサをお願いね」
リーアはススムの前に進み、ススムに抱いていたアリサを渡した。
「リーア?」
「ままぁ?」
2人の疑問を持った顔に、リーアは泣き笑いをしながら話す。
「ススムさん、アリサの事をお願いします。アリサ、パパの言う事をちゃんと聞いて良い子にしているのよ。ママね、貴方の事が大好きよ。ホントはアリサの花嫁姿見たかったけど、それはススムさんに任せます。だから、2人とも元気でね」
そう言って、リーアは取り囲む兵士の前に進む。
その異様な雰囲気に呑まれて動けない兵士達。
「リーア、貴方は何をする気なの!? 早くアリサをあんなサルから取り戻して、アタクシに渡すのよ!」
「母さん、それは出来ないわ。もう貴方の狂気に人々が巻き込まれるのを見るのはイヤなの。これでオシマイにしましょう」
リーアはそう言うと、ススムやアリサの方を見る。
「リーア!!」
「ままぁ!!」
「わたしの大事な人、大好きなススムさん、大好きなアリサ。さようなら」
リーアの宣言と共に、ススムとアリサの周囲に球体のバリアが発生する。
「リーア、リーア!」
「まま、ままぁ!」
2人が泣き叫び、どんなに壁を叩こうとバリアは破れない。
「母さん、一緒に逝こうね」
リーアはヘレナに抱きつく。
「イヤ――! リーア、母さんに何するのぉ!!」
リーアの身体から圧倒的な魔力が噴出し、それが炎に変わっていく。
「これがわたしが貴方方から貰った力、ギリシャ神話の女性神『カカ』様の炎。皆一緒に逝くの!」
そう言うと同時にリーアもろとも全てのモノが火炎に包まれた。
「リーア、リーア!」
「まま、ままぁ、ままぁ!」
そしてバリアが消えた後、人はおろか建物さえ全て灰と塵になった無人の野に2人だけが残されていた。
アリサちゃんを救うために自らの身をもろとも全てを焼く尽くしたリーアさん。
母の愛は重いのです。
そして愛は歪んでしまうこともありますが、実に悲しいですね。
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