第212話 康太の魔神退治:その5「魔獣ジャバウォック!」
「たかが老夫婦を抑えるのに、どれだけ手間をかけているんだ!」
不正規部隊指揮官らしき人物は吼える。
彼が上層部から命令されたのは、男と娘の回収。
その邪魔をする人物に付いては、殺傷許可も出ている。
通信封鎖や電力遮断をしたのだから、あっという間に作戦は終わるはずだった。
「何で平和ボケの日本でこんなに手こずるんだ。アフガンでテロ組織を襲撃した時の方が早く片付いたぞ」
しかし、指揮官の思いは適わず、彼と部下たちが乗る指揮車両は、次の瞬間大きな衝撃と共に横倒しになった。
「ほう、コヤツが我が祖父母殿達を襲った愚かものじゃな。ナナ殿、手加減無用じゃ!」
「うん、オジサン達、よっくもボク達のおじいちゃんおばあちゃんに手を出したのね。じっくりと虐めてあげるね」
指揮官は、目前にいる幼女と少女を見て恐怖を感じた。
10歳に満たない幼女と中学生くらいの少女、本来彼女たちは自分達からしたら一瞬で命を奪える弱者。
しかし、彼は本能的に感じた、彼女たちに自分達は絶対的に勝てない事を。
彼女たちがしゃべっているだろう日本語は分からないが、その裏にある狂気に近い怒りがひしひしと感じられる。
周囲を見てみると、指揮車両を警護していたはずの兵士達は全員手足が変な方向に曲がって、その場で呻いていた。
そして、彼女達の怒りは、車から放り出された指揮官と周囲にいたオペレーターに向かった。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅぅ。すーさん、すまないけど俺、そろそろ限界だよ」
「だらしないのね、貴方。私はもう少し大丈夫よ」
「グランドマスター、もう少しだ。頑張れ!」
「そうだぞ、オヤジ。もうちょいで助けが来るぞ」
老夫婦の息は乱れ、荒い呼吸を繰り返している。
彼らの周囲には数多くの兵士達が倒れ付し、その場から逃げようと満足に動かない手足を使って這い回る。
老夫婦の背後には、金髪の幼女を背負った若い男、そして彼らを庇う中年男性が居る。
「秋山先生、もう良いです。これ以上は貴方方の命に係ります。私が投降したら貴方方の命の保障をしてもらいますから」
若い男は自分達が足手まといになっている事を悔やむ。
「ぱぱぁ、おじいちゃんたち、だいじょうぶ?」
幼女は自らに迫る危機を感じていても、老夫婦の事を案じた。
「あら、貴方。アリサちゃんにああ言われたらやるしかないわね」
「そうだな。ここで負けたらナナ達に顔見せできん。それにどうせここで投降しても顔見たとかで口封じするんじゃろ。CIAの犬共」
老夫婦は気合を入れなおす。
「ほう、我々の事を知りつつも尚も抗うのか。ならば死ね! 行くのだ、ジャバウォック!」
男の命令で、怪物ジャバウォックが老夫婦を襲う。
それは飛龍に似ており、赤い眼を光らせ、鋭い鉤爪と大きな牙を持っていた。
「ウタさん、こいつ蒔絵を殺したヤツだよな。もう一回敵討ちできるぞ」
「そうね、手加減いらないわね。足止めするから一気にどうぞ」
老婆がそう言った途端、ジャバウォックは老夫婦の目前でピタリと止まる。
「はぁぁぁ!」
老人が大きな声で裂帛の気合を込めると共にジャバウォックに向かって飛び掛った。
突き、袈裟懸け、薙ぎ、逆袈裟懸、唐竹、突き2連。
合計、7連撃がジャバウォックに叩き込まれた。
「うぅっ」
老人は、そこで息が切れ座り込んでしまう。
しかし、ジャバウォックは今だ倒れず、拘束を振り払って老人に襲い掛かった。
「正蔵さん!」
「オヤジ!」
◆ ◇ ◆ ◇
俺が爺ちゃんの戦っている場所に向かうと、そこでは多くの兵士達が倒れ伏しており、その中心で爺ちゃんと婆ちゃん、そして金髪の幼女を背負った俺くらいの若い男にカツ兄ぃがいた。
そして座り込んだ爺ちゃんに襲おうとする怪物とそれを操る男が居た。
それを見た瞬間、俺の中で「トリガー」が引かれた。
しかしその「トリガー」は今までの恐怖からくるものではなかった。
愛する人達を救うという願いからの「トリガー」なのだ。
俺はその思いを胸に願う。
「シャドウ・スマッシュ! 主が命じる。俺と俺の大事な人を守る力を貸せ!」
「御意!」
次の瞬間、爺ちゃんの手の中から俺の腕の中に魔剣が移る。
そして俺は爺ちゃんの目前に瞬間移動して、目の前に迫る怪物を上段から唐竹一閃する。
その金色の一撃は、怪物を完全に両断していた。
そして俺の眼は、怪物を操る男に向く。
「ひぃぃぃ!」
男は恐怖に慄き、その場にしゃがみ込んで失禁する。
そのあまりに情けない姿に俺の中の殺意は消える。
こんなヤツ、殺す価値も無い。
虐めて背後関係しゃべらせるに限る。
「お前、誰に雇われた! 一体どこの手のものだ!?」
俺は魔剣の剣先を男に向け、念話込みで男に圧力を加えた。
「ひぃぃぃぃ!」
しかし、男は満足に答えられない。
外見からしてアングロサクソン系だから、海外傭兵とか各国外事部の不正規部隊だとは思うのだけど。
「コウタ、助かったよ。俺も、もう歳だねぇ。こんなヤツらに手間取るとは」
「コウちゃん、ありがとう。もう少しでお爺ちゃん危なかったの」
「コウタ、お前すっげーな!」
爺ちゃん婆ちゃんは、大分疲れている様だけど、大きな怪我は無いようだし良かったよ。
カツ兄ぃや幼女達も無事っぽい。
「とりあえず、間に合って良かったよ。しっかし、怪物以外は全部爺ちゃん達が倒したんだね。すごいや」
俺は、素直に感心する。
手足が変な方向に曲がっているのは、多分鈍器として使われた魔剣、つまり爺ちゃんの倒した相手だろう。
もう半分、いや6割強の倒れた兵士達の手足、腱の辺りが切断されていて、芋虫のようにしか動けないようにされている。
中には指や手首を失っている兵士も見える。
そして、その切断面からしてかなり鋭い刃物が使われている。
また、さっき俺が倒した怪物の体にも何か光るモノが巻きついているのが見える。
「あ、もしかして婆ちゃんは風天紫雲糸使いなの?」
「あらやだ、コウちゃんにバレてしまったわ。恥かしいわぁ」
可愛いお淑やかなお婆ちゃんのウタ婆ちゃん、どうやらエゲつない糸使いらしい。
紫雲糸とは、風天が繰り出す風を操る糸。
風天の風を操る術を併用する事で、細いけど切れ味抜群の糸を繰り出し、相手を切り刻む技と聞いた事がある。
婆ちゃんは篭手をつけた両手で顔を隠して恥かしそうにしている。
うん、マユ姉ぇが言葉濁す訳だよ。
このスプラッタな戦闘は、幼い子には話せないよね。
「コウちゃん、この人達はCIAの不正規戦闘員よ。そしてさっき貴方が倒したのは、マキちゃん達を殺したのと同種の魔物よ」
俺は婆ちゃんの言葉に驚愕した。
トラウマから回復して新たな「トリガー」を得たコウタ。
両親を殺した怪物を一閃です。
後、女性で糸使いってあまり居なかったですよね。
可愛いお婆ちゃんが糸使いって画期的かな?
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