第21話 康太の家庭教師:9日目「斧」
フードを深く被り、左目だけをギラギラとさせているケイコの姿はまるで幽鬼のようだ。
ケイコは自ら土中に埋めた愛犬の首に斧を振り下ろした。
……はずだったが、その斧は飛んできた光弾に弾かれてケイコの手から跳ね飛ばされた。
「誰!」
光が飛んできた方を凝視したケイコが見たのは、バイクの照明を背景にした憎き呪いの破壊者と同じくその場にいた耳長の小娘だった。
「ふー、間一髪間に合ったよ」
◆ ◇ ◆ ◇
俺はお父様からの情報を元にバイクを疾走させた。
本当なら「市民の森」には駐車場までしかバイクは入れないが今回は緊急事態、乗っているバイクがオフロード対応型だったので森の中に踏み入った。
霊能力レーダーで恵子さんの居場所を最終確認した俺は現場に乗り込んだところ、恵子さんが斧を振り上げた瞬間だった。
「リタちゃん、急いで斧を弾き飛ばして!」
「うん」
「Lichter!」
リタちゃんが放った光弾は狙い外さず、恵子さんが持っていた斧を弾き飛ばした。
「誰!」
おー、その姿怖いぞ。
まるで幽鬼じゃないか。
「ふー、間一髪間に合ったよ。恵子さんだよね、君がやっている事は何の意味も無いよ。その方法じゃあ犬神は作れない。誰がそんな事を教えたんだい?」
「ウソ! ナイト様がワタシに嘘を言うはずないわ。お前こそワタシの呪いを邪魔しに来たのね。お前のいう事なんて聞かない! 死んじゃえ、お前!」
そう叫んだ恵子さんは、足元に落ちていた斧を拾い上げて俺に向かってきた。
「みかん」を後頭部にイメージした俺は冷静に三鈷杵を懐から出して右手に握り「光の盾」を作って左半身の姿勢を作る。
そして恵子さんの方に一歩右足で踏み込んで、振り下ろしてきた斧を盾で横から叩いて受け流した。
受け流された斧の勢いで恵子さんの身体は前に転びそうになる。
俺は左手で、斧を持った恵子さんの右手を掴み、盾で斧を押さえ込んだままそのまま上半身だけを時計回りに回転する。
左足を一歩前へ踏み込み、そのまま右ひざを恵子さんの身体の前においておけば、膝蹴りが恵子さんの鳩尾に入る。
流石に全力の膝蹴りを女の子には入れれないのですぐに膝を下ろし、脚払いの形に持ち込んで恵子さんを転がす。
後は、右腕を後ろ手にして斧を放させて体重を乗せて押さえ込めば終わり。
我ながら流れるような見事な形で制圧が出来た。
バイク移動中から「韋駄天」呪による加速状態だったにせよ、あまりに綺麗過ぎて自分でも信じられないくらい。
後ろに「みかん」、侮れない。
蹴りが決まりすぎたかと心配になって恵子さんを覗き込むと、ぐぅぅと唸っているものの、まだ暴れようとしているくらい元気なので大丈夫。
ならもう少し蹴り込んで気絶させても良かったのか?
「リタちゃん、この場所を皆に知らせて。後、わんこ助けてあげて」
「うん、おにいちゃん! Lichter!」
リタちゃんは頭上に光弾を何発も打ち上げた。
なるほど、照明弾兼信号弾の代わりね。
「わんこ、だいじょうぶ?」
リタちゃんが犬に近づくと、犬はきゅんきゅん鳴いて助けを求めた。
流石リタちゃん、犬にも彼女の優しさが通じるんだ。
そしてマユ姉ぇ達が現場に到着した。
「コウちゃん、いくら武器持っていたって女の子を押さえ込むのはやりすぎじゃないの?」
マユ姉ぇ、それは無いよ。
だって俺もう少しで頭カチ割られるところだったんだぞ。
「斧で襲い掛かってきたんだよ、俺怖かったんだから。早く縛るもの持ってきて。そうじゃないと逃げられても困るし」
「じゃあ、これ使ってね」
俺が手渡されたのは、大型の結束バンド。
確か海外では手錠代わりによく使われているらしいけど、準備良すぎじゃあないですか、マユ姉ぇ。
「マユ姉ぇ、いつのまにこんなの準備したの?」
「いえね、いつか泥棒がウチに入ったとき用にって準備していたの」
怖い、マユ姉ぇが怖い。
絶対に捕まった泥棒がまともに警察に渡されるなんてあり得ない。
もう二度と悪行に染まれないように拷問、いや「洗脳」されてしまうに違いない。
第一、マユ姉ぇの事は警察スジにも知られている。
だから泥棒関係にもマユ姉ぇを敵に廻したときに怖さは知られていてもおかしくない。
絶対マユ姉ぇの家に泥棒なんて入るわけ無いじゃん。
と、恐怖のあまり折角の韋駄天高速思考をムダに1秒も使った俺は、マユ姉ぇの家に泥棒は入らないという結論に至って正常に戻った。
「アリガトウ、ツカウネ」
台詞が棒読みになりつつ俺は恵子さんの両手・両足を結束バンドで固定した。
その頃、わんこは無事土中から救出され恵子さんのお父様に尻尾を振りつつ抱かれていた。
そしてお父様は恵子さんに近づいた。
「顔を上げなさい、恵子」
俺はうつぶせにさせていた恵子さんを座らせてフードを下ろした。
恵子さんの右目周りは大きく爛れ腫れ上がり右目は見えていないようだった。
恵子さんはお父様から目を背けるも、
「恵子、こっちを見なさい!」
お父様は恵子さんの顔を両手で押さえ込んで自分の方を無理やりに向けさせた。
そして右の平手で軽く恵子さんを叩いた。
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