第20話 康太の家庭教師:8日目「犬神」
俺は蒼井恵子さんが「最悪の選択」を選ぼうとしている事なぞ知らずに、いつもどおりの生活を続けていた。
今は家庭教師から帰って、マユ姉ぇに「稽古」をつけてもらっているところ。
「コウちゃん、よく相手の動きを見るの。一箇所に目を留めないで全体の流れを読むのよ」
そうは言われるのだけれども、どうしてもマユ姉ぇの手に持つ「光兼」の鈍い光に目を奪われてしまう。
人間、刃物を前にするとどうしても身がすくんでしまう。
特に呪による効果付きの刃物なんて怖いたらありゃしない。
「もうダメね。みっちゃんに視線が行き過ぎ。こういう場合、頭の後ろに『みかん』が浮かんでいるのを想像してみなさい。その『みかん』のイメージを壊さずに目の前を見てみるといいわ」
なんだよ、それ?
なんで「みかん」?
まあ、マユ姉ぇのいう事だから何か意味があるんだろうけど。
どれ「みかん」ね。
え! マユ姉ぇ、今打ち込んでくるの?
あれ、俺マユ姉ぇの攻撃をちゃんと受け止めて裁けたよ。
どうして?
「ちゃんとできたのね。今のは『感の目』をつくる方法の一つなの。私もある本にあったのを読んで試してみたら出来たから、コウちゃんも出来ると思ったの」
後で確認のために勉強したけれど、剣豪宮本武蔵の兵法書「五輪書」に「観の目つよく、見の目よわく」とある。
実際に目で見るよりも心に感じるものを重要視せよ、という事で、想像の「みかん」は見る力を弱める事で全体を感じる力を上げているらしい。
またマユ姉ぇが読んだ本って武道関係の漫画だったそうな。
まー、効果あったから良いんだけどね。
と、俺が必死こいて訓練している間、ナナは何か箱から取り出しては出したものと「にらめっこ」して、二つの山に仕分けしていた。
その間、リタちゃんは興味深そうにナナのやっている事を眺めていた。
ひとまず稽古が一区切りついた俺は休憩ついでにナナに何をやっているのか聞いてみた。
「ナナ、さっきから一体何店開きしているんだい? どれも随分古そうな小物ばかりだけど」
「これ、秋山のおじいちゃんのところの納屋から持ってきたものなの。コウ兄ぃ分かるかな?」
ナナは俺に挑戦的に聞き返してきた。
どれどれ、ん?
ナナが仕分けた片方の方は少し霊力的なものを感じる。
もしかして九十九神になりかけなのか?
「これって九十九神の卵?」
「ご名答ー! さすがコウ兄ぃ。いつもみっちゃんに遊ばれているだけの事はあるね」
それはナナの事じゃないのかい?
でもどうしてナナが仕分けしているのかな?
「どうしてナナが仕分けしているんだい? 今更納屋の整理って訳でもないし」
秋山家の納屋は「光兼」や俺が使っている三鈷杵、他にも多数の秘物・魔物が保管されている文字通りの「魔窟」。
あそこからなら動物型フィギュアに変形する鎧とか、魔砲兵器が出てきても不思議じゃない気がする。
代々秋山家は霊能力者を多数輩出しており、彼らが解決した事案で持ち帰ってきたものが納屋に保管というか秘蔵されている。
その中にあれば普通のモノも霊気を浴びて励起して、ん? ダジャレになっているぞ。
うおほん、霊気によって九十九神化してしまう可能性が十分ある。
「これを何に使うかはナイショ。後でボク、コウ兄ぃをびっくりさせてやるんだから」
マユ姉ぇが絡んでいる事だから大丈夫だとは思うけど、何か気になる。
「リタちゃん、ナナおねえちゃんが何やっているのか知っているの?」
「しっているけど、こうにいちゃんにはないしょだよ。おねえちゃんとのやくそく」
姉妹仲が良いのはいい。
でも俺だけ仲間はずれはイヤだなぁ。
「コウちゃん、たぶんもうすぐ分かるから安心してね」
マユ姉ぇの予言、当たりまくりなのが不安なんですが……。
◆ ◇ ◆ ◇
俺達が警戒しながらも普通の暮らしを過ごしていた間に事態は最悪の局面を迎えようとしていた。
それは蒼井恵子さんのお母様からの電話で始まった。
「功刀さん、もしかして松坂さんのところに娘がうかがっていないでしょうか?」
電話があった時ちょうど家庭教師中だったので、カオリちゃんに確認するけど、もちろん来ては居ない。
「いえ、ちょうど今松坂さんのお宅にいるので確認しましたが、恵子さんはこちらには来ていません」
「実は、もう部屋から出てこないと思って油断して買い物に出かけたとき、家を娘一人にしてしまったんです。そして家に帰ると番犬は居ないし、恵子の部屋を見ると誰もいませんでした。急いで学校や恵子の友人に電話をかけてみたのですが、誰も娘の行き先をしらないんです。警察にはまだ連絡をしていませんが、先にそちら様に行っていたらと思いまして電話したんです」
とうとう動いてしまったのか。
しかし犬と一緒というのが分からない……ん?!
まさかアレを作る気なのか、確かにアレなら呪詛としては最強に近いが。
しかしアレを作るには準備期間が足らないはず。
犬に絶食させる必要があるのけれど、しかし油断ならないのは確かだ。
早く行動をせねば。
「お父様は恵子さんがいなくなった事をご存知ですか?」
「はい、先ほど連絡して今急いで帰宅中です」
「では、お父様に連絡をとってください。確かお父様は恵子さんのスマホのGPS情報を分かるようにしていると聞いています」
「え、そうだったのですか。では急いで確認します」
では、こちらも動かないと。
「カオリちゃん、聞こえたとおりなので、俺は急いで恵子さんを探しに行くから君はここに……」
「いえ、私も付いて行きます! これは私の事でもありますから」
「だって危ないから……」
「先生は私のボディガードなんでしょ。それにぐっちゃんも付いてきてくれるし」
〝オレ、行くぞ!〟
ぐっちゃんサンがやる気なのは良いけど、危ないには違いない。
「自分の身を守れる人じゃないと守りきれない……」
「先生、そんなに弱いんですか? 後、ケイコちゃんを説得出来るのは私以外には居ないと思いますよ。それにここで時間を無駄にしていたらダメなんでしょ」
こりゃ俺の負け、しょうがない
「それじゃバイクで動ける格好をしてね、カオリちゃん」
「はい」
だから目をハートにしなくて良いって。
俺はマユ姉ぇに連絡をした。
「マユ姉ぇ、恵子さんが動いたんだ……」
◆ ◇ ◆ ◇
俺達とマユ姉ぇは蒼井宅で合流をした。
「すいません、娘の事で皆様にはご迷惑をおかけしまして」
恵子さんのお父様が出てきてくれた。
「お父様、恵子さんの現在の居場所分かりましたか?」
「はい、GPS情報だと『市民の森』の中と出ています」
今時の子だったらスマホを手放さないと思っていたが、それが幸いだった。
これで今から急げば十分間に合いそうだ。
「では、お父様はこちらの自動車に乗って先導して頂けますか? お母様は自宅に待機して頂き、連絡を待ってください。警察には後でこちらから連絡をします」
さすが、こういう時のマユ姉ぇは頼りになる。
「コウちゃんは、こちらから場所を指示するからリタちゃんと一緒に先行して。カオリさんは私の車で一緒にね」
それは分かったけど、リタちゃんは100歩譲って一緒に来ているのは分かる。
攻撃魔法や防御魔法などで、十分自分の身を守れるから。
けど、なんでナナが一緒なの?
「ナナ、なんで来ているんだ? 危ないんだけど」
「ウフフ、もうボクは昔のボクじゃないんだ。自分の身くらい守れるよ」
いつの間に修行したんだよ、ナナ。
「さあ、遊んでいないで急いで動くわよ。ここからは時間との勝負だから」
◆ ◇ ◆ ◇
夜の森林公園の奥深く。
土中に犬が一匹頭を出した状態で埋められている。
斧を持ったケイコがギラギラした左目で自ら深く埋めた愛犬を見ている。
「カイト、もう少しの辛抱よ。貴方はもうすぐ最強の呪いになるの。そうすれば私は無敵になるのよ」
犬のおびえた表情を気にせず、ケイコは斧を振り上げた。
「さあ、貴方は犬神になるの」
振り下ろされた斧は……。
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