第198話 康太は冒険者になる:その47「神器争奪戦11:康太とナナ」
「ナナぁぁぁ!」
俺は吼える
俺の目前でナナの細い首に邪神の触腕が絡みつく。
そしてその腕が、ナナの首を折ろうとした瞬間、俺の視野は暗闇に包まれた。
◆ ◇ ◆ ◇
しばらくしていると明かりが見えてきて、高校生くらいの女の子が泣き叫ぶ幼児を抱いているのが見えた。
「あれは、マユ姉ぇと俺だ」
高校生らしい制服を着たマユ姉ぇにしがみ付く俺。
「ママ、まま、どこぉ! パパ、ぱぱ、どこぉ! マユお姉ちゃん、ママはどこなのぉ!」
ここは病院の霊安室前の待合室。
そこには俺とマユ姉ぇ以外にも、成人したばかりくらいのカツ兄ぃ、今よりも随分若い正蔵爺ちゃん、今とそう変わらない歌子婆ちゃん、そして功刀の叔母さんがいる。
「なんで蒔絵が死ななきゃならないんだ。隆さんが付いていながらどうにもならなかったのかよぉ!」
爺ちゃんが泣き叫ぶ。
それに寄り添い慰める婆ちゃん。
功刀 蒔絵、俺の母さん、そして功刀 隆、俺の父さん。
この時確か俺は3歳、2人は交通事故死だと聞いている。
「運が悪かったのよ。マキちゃん、仕事中にコウちゃんと同じくらいの子供を庇ってしまったのよ。そしてタカちゃんもマキちゃんを庇ってしまったの」
、
交通事故のはずなのに、仕事中に庇うって?
「退魔活動においてアクシデントは付き物。今までもマキちゃんは色んな怪物退治をしていたけど、今回は運が悪かったの。よりによって子供を好き好んで襲う魔物相手なんて。コウちゃんと同じくらいの子供見ちゃったら、ただでさえお人好しで子供好きなマキちゃんが無視できるはず無いでしょ。タカちゃんもお人好しの子供好き。もうこれは運命としか言えないのよ」
そう爺ちゃんを慰める婆ちゃんの顔は、涙でびしょ濡れだ。
そうだったんだ、父さん母さんもマユ姉ぇや爺ちゃん達と同じく退魔師だったとは。
そしてその仕事中に、俺と同じくらいの子供を庇って2人とも死んでしまったんだ。
「功刀の家系は、お人好し過ぎなのよ。抱え込みすぎて自爆しちゃうの。ウチのダンナも結局抱え込みすぎて早死にしちゃったし」
功刀の叔母さんも泣きながら話す。
そういえば、この叔母さんとお子さん以外の功刀の親戚は誰も生きていない。
「神様は、なんで俺をあの世に引っ張らないんだよ! 俺のようなどうでも良いヤツこそ早くあの世に行っても誰も悲しまないのに、何で今お前たちが死ななきゃならないんだよぉ!」
爺ちゃんは尚も慟哭する。
「お父さん、お母さん、それでお姉ちゃんが助けた子は大丈夫だったの? お姉ちゃん達を殺したバケモノは?」
俺を抱きしめながら、マユ姉ぇが爺ちゃん婆ちゃんに聞く。
「子供は無事よ、ご家族の下へ無事送り返したわ。魔物は、マキちゃんが殆ど倒していたのを私が倒したわ」
「そうなの、良かった。お父さん、お母さん、頼みがあるの。私を正式に退魔師にして」
俺を抱きしめながらマユ姉ぇが爺ちゃん婆ちゃんに宣言する。
「マユコ、なんで今そんな事を言うんだ?」
「そうよ、マーちゃんにはこんな世界似合わないわ」
爺ちゃんと婆ちゃんは、マユ姉ぇにやめさせようと説得する。
「いや、私だけ知らないじゃ済まされないの。もう私学校とかでオバケ退治はやっているの。今相手しているのは弱いものばかりだから力技でなんとか出来ているけど、これからはそれじゃダメなの。だって、私コウちゃんのお母さんになるんだもの!」
マユ姉ぇは、俺の顔を覗き込みながら力強く宣言する。
俺は涙で塗れた顔を上げてマユ姉ぇの顔を見上げた。
「マユおねえちゃん、ボクのおかあさんになるの?」
「うん、そうだよ」
そしてマユ姉ぇは涙に濡れた顔で俺に微笑みかけて、俺の頭を軽く撫でた後、力強いまなざしで爺ちゃん婆ちゃんを見る。
そういえば、この頃にはもう中村警視の百鬼夜行事件とかやっていたし、雲外鏡事件で正明さんとも知り合っているね。
「コウちゃんが生まれた頃にね、お姉ちゃんに頼まれた事があるの。私に何かあったらコウちゃんをお願いねって。だから私が絶対コウちゃんを守らなきゃならないの! コウちゃんも『力持ち』だから、この先必ず大変な事になるの。その時守ってあげられるのは私しかいないの。だって、その時にはお父さんもお母さんも歳取っているから」
「マユコ、そこまで思いつめなくても良いんだよ。俺も母さんもまだまだ大丈夫さ。そう簡単にくたばってたまるか。孫たちの結婚式見るまで死ねるかよ。だからマユコは心配しないで自分の人生を大事にしなさい」
「そうよ、マーちゃんには自分を大事にして欲しいの」
爺ちゃん婆ちゃんは、泣きながらマユ姉ぇに話す。
しかし、マユ姉ぇの決心は変わらない。
涙を拭って微笑みながら宣言する。
「大丈夫、私は私で人生設計はっきりしているの。もう彼氏もいるし、進学方向も決めているの。後は霊能力生かして退魔師の資格を得るだけ。だから私に教えて!」
「え? マユコ、彼氏って誰なんだ?」
「そうなの、マーちゃんにも春が来てたのね」
涙の雰囲気を一転してニコヤカな場に変えるマユ姉ぇの微笑み。
そう、「ヒマワリ」の様な笑顔だ。
◆ ◇ ◆ ◇
再び暗転後、場面は先程より8年ほど過ぎる。
そこは産婦人科、新生児を抱く美人若妻がいる。
それがマユ姉ぇ、そしてその腕に抱かれている赤ちゃんがナナ。
その部屋には爺ちゃん、婆ちゃん、正明さん、そして小学生の俺がいる。
「コウちゃん。この子がナナ、貴方の妹よ。大事にしてあげてね」
「うん、ボクお兄ちゃんだから大事にするね! うわー、ちっちゃな手だね」
ナナの小さな手が俺の指を掴む。
そして少し微笑んだような表情をした。
「あら、ナナ。お兄ちゃんが分かるのね。良かったわね、ステキなお兄ちゃんがいて」
この時の光景は、今でもよく覚えている。
小学生の俺でも握ったら壊れそうなくらい小さな、けどとても暖かい手を。
◆ ◇ ◆ ◇
そして場面が入れ替わり、俺に見えるのはナナの笑顔。
赤ちゃんの頃のニッコリした笑顔、幼稚園くらいの時の得意げな笑顔、小学校入学時の少し不安そうな笑顔、そして中学校入学時のお姉さんっぽい笑顔。
その「ヒマワリ」のような笑顔に俺は何回も助けられた。
小学校で虐められたとき、中学校で孤独になったとき、高校入試で頑張っていたとき、大学入試で追い詰められていたとき、そして最近の退魔活動でも。
「コウ兄ぃ、もう何処にも行っちゃヤダ」
それは去年の秋、ピクニックに行ったときの事だ。
ナナは俺の周囲に女性が増えて来た事と、自分がいつまでも女らしくなれないことに悩み、嫉妬していたことを恥じていた。
「今まではコウ兄ぃはボクだけのお兄ちゃんだったの。でも、リタちゃんが来て、カオリお姉ちゃんと知り合って、敵だったケイコお姉ちゃんとも仲良くなったの。どんどんボクからコウ兄ぃが遠ざかって行っちゃう」
俺は不安がるナナに、こう答えた。
「俺は、ナナの笑い顔がとっても好きだよ。ヒマワリのような元気な笑顔を見ていると安心するし、俺も元気が出るんだ。だから泣かないで」
これは今も変わらぬ俺の偽り無い思いだ。
俺にとってナナは帰るべき場所、そして絶対守るべき存在だ。
マユ姉ぇが俺を愛してくれたように、俺はナナを愛する。
「いや、まだナナにはプロポーズなんて早いよ。俺、ナナの事は大好きだよ。そりゃまだ妹感覚だけどね。この先どうなるかは俺にも分からないけど、少なくともナナやリタちゃんを泣かすような事はしないと約束するから」
「うん、約束だよ」
そう、俺は約束した。
なのに、今俺はナナが殺されようとしているのに何も出来ない。
このままで良いのか。
良い訳無い、こんなの絶対あってたまるかよ!
神様が相手だ?
そんなの関係ねぇ。
俺のナナを害するヤツは、神だろうが悪魔だろうが絶対に許せない!
運命なんてねじ伏せてやる!
くそう、誰だよ、俺を暗闇に閉じ込めるやつは?
俺は、早くナナを助けなきゃいけないんだ!!
早くココから出しやがれ!!
◆ ◇ ◆ ◇
「コウタ、お前は神をも倒そうとするのか?」
暗闇の中から声が聞こえる。
「ああ、俺が守りたいものを汚すヤツラなんて神様でもなんでもない。ぶっとばしてやる! お前か、俺をこの暗闇に閉じ込めたのは? 早く俺を出せ! そしたら邪神なんてぶっ飛ばしてやる」
しかし、声は俺の思いを否定する。
「それは適わぬ願いじゃ。お前のような人間、魔力が少々あろうとも神には決して適わぬ。ココから出たらお前が見るのは愛するものの死、そして次は己の死だ。それでも行くのか?」
「ああ、何があっても行く。そしてナナを救う! これは決定事項なんだよ。俺が一生をかけて守るオンナなんだよ、ナナは。だから早くここから出せ! ジャマするな!」
俺は、魔力を込めて吼える!
「おいおい、そう吼えるでないわい。分かった、お前、いやコウタの願いは分かった。しかし、このままでは決して邪神には勝てまい。それはコウタも理解しておろう。それをどう覆すのだ?」
う、それを言われると苦しい。
「そ、そ……。そんなのココから出たら考える。手足を吹き飛ばされても、這っていって喉を食いちぎってやってナナを助ける!」
「はいはい、ノープランか。しょうがないヤツだ。まあ、我が主としてその思いの強さは十分、魔力的には随分足らぬがそこは今後に期待だ。良い師匠もおるし、大丈夫であろう。我も邪神が幼子を殺めるのを黙ってみている気は無い。コウタ、我と契約せよ。さすればコウタの大事なナナ殿を救って見せようぞ!」
え、何?
この声の主って、まさか?
「そうだ。我はかつてはアロンの杖とも呼ばれ、有る時は魔剣影砕きとも呼ばれたモノだ。コウタ、我の新たな契約者となってくれぬか?」
「ああ、ナナを救う手助けになるなら大歓迎だ! 俺からも頼む、力を貸してくれ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「ナナぁぁぁ!」
俺は吼える
俺の目前でナナの細い首に邪神の触腕が絡みつく。
そしてその腕が、ナナの首を折ろうとした瞬間、ナナを握る邪神の腕が弾け跳んだ。
「なにぃ!」
邪神はうろたえる。
無敵のはずの自分の腕が吹き飛ばされたのだから。
そして俺は、邪神の腕を吹き飛ばし飛んできたモノを掴み取り、そのままナナのところまで瞬間移動をして、くずおれそうになったナナをしっかりと抱きしめた。
「コウ兄ぃ?」
「ああ、俺だよ、ナナ、もう大丈夫。俺がナナを絶対守るから」
涙と恐怖で歪んでいたナナの顔は、俺の顔を見て安堵の表情をした。
こんな顔をナナにさせた邪神、許さない!
そして俺は邪神を睨む。
「よくも俺のナナに手を出したな。お前は絶対に許さない!」
俺の手の中で魔剣が金色に輝く!