第197話 康太は冒険者になる:その46「神器争奪戦10:這い寄る混沌!」
ずど――――ん!
俺達が放った攻撃は「這い寄る混沌」を完全に蔽った。
マユ姉ぇに到れば、3身分身からの攻撃。
リブラを一撃でバラバラにした技だ。
他の人の攻撃も普通の妖怪クラス、低級神霊クラスなら一撃で滅ぼせる攻撃。
しかし、俺の想像以上に「這い寄る混沌」は硬かった。
土埃が落ち着くころ、呪文の着弾地点は大きく床が抉られ一部溶解していた。
されど着弾点中心には「ソイツ」がいた。
身長3m弱、触手状の腕、鋭い鉤爪、円錐状の三本脚に大きなコウモリ状の翼、3つの燃え盛るような赤い眼を持つ触手が伸びた円錐状の頭部。
もっとも「這い寄る混沌」らしい顕現だ。
「ほう、私にこの姿を取らせるとは素晴らしい! これは簡単に殺すのがもったいないですね」
あれだけの攻撃を受けながらも、飄々としている邪神。
邪神の身体周囲には幾重にも展開されている防御結界が俺達の攻撃に反応してか、輝いている。
これはかなり厳しいか、俺には次にどんな策がある?
「そうですね。このまま私1人がお相手するのも芸がありません。では、我が僕たちよ、起きるのだ!」
邪神の掛声で、捕縛されていた騎士団員とマスターがびくりと震える。
そして彼らは咆哮を上げながら異形のモノへと変化していった。
「グレイさん、海兵隊を急いで引かせて。カレンさん、アヤメさん、教授ソイツらの相手お願いします! カズミさん、マヤちゃんもフォローお願い! デーモンさん達、レッサー・グレーターの方々も手伝いお願いします」
「はい!」
〝うむ〟
騎士団員の服が弾けとび、邪神に似た触手まみれの姿へと変貌していく。
それは男性も女性も同じ。
「ああ、やめてやめてぇ!」
今も未成年であろう若い娘が異形に変化していった。
「うぉぉ!」
そしてマスターは他の団員よりも一回り大きな怪物へと化す。
くそう、最初から「タネ」仕込んでいたのかよ。
あれ?
師範代理は変化していないぞ?
ん? あ!
そうか、あの時、チエちゃんが言っていたのはそういう事か。
一度俺達に捕まったフランツ君とか師範代理はチエちゃんに「タネ」抜かれていたから大丈夫だけど、それ以外の騎士団員には異形化する「タネ」を仕込まれていたんだ。
そりゃ、こんな話事前に聞いていたら俺は冷静じゃいられないよ。
もうあそこまで異形化していたら救う方法は無い。
悲しいけど倒すしかないんだ。
俺は唇を噛みながら、自分に言い聞かせる。
「コウちゃん、無理しなくていいのよ。私がなんとかするから」
マユ姉ぇは、俺の横顔を見て俺の内心を察してくれる。
「ありがとう、マユ姉ぇ。これは俺が踏み越えなきゃならない戦いだから。皆、異形化したものはもう人間じゃない。悲しいけど倒すぞ!」
「うん! コウ兄ぃ、これはコウ兄ぃだけの戦いじゃないよ!」
俺の悲痛な叫びにナナが答えてくれた。
「ありがとう、ナナ!」
さあ、激情の「トリガー」が引かれた頭に魔力と怒りが渦巻いているが、冷静に対処しないと邪神には勝てない。
まだ余裕綽綽ながらも非道な策で俺達を翻弄する邪神。
オマエは必ず滅ぼす!
「ほう、案外冷静じゃないか。今までの戦いだと、ここでキレて突撃してくるか、人間が変化した妖物を倒せずに詰むのに」
まだ嘲笑をやめない邪神。
そのニヤニヤ笑い必ずやめさせてやる。
「『槍』さん、チエちゃん、サーちゃん、朧サン、引き続き邪神相手をお願いします。リタちゃんは邪神に砲撃を。マユ姉ぇ、タクト君、俺でマスターの相手をします。ナナは俺達の後方支援、シンミョウさんは引き続き全体の後方支援を」
「はい!」
〝おうよ!〟
そして俺は邪神に飛び掛ったデーモン達を横目で見た後、フランツ君を見る。
「フランツ君、もし良かったら団員に引導を渡してくれない? 顔見知りがいるとは思うけど、彼らをこのままにしたくないんだ」
「ああ、了解した。コウタその代わりマスターを倒せよ!」
悲しげな顔で返答してくれたフランツ君。
苦しいけど、俺が怪物なら見知った顔に滅ぼして欲しい。
「うん、頼まれた!」
俺は、フランツ君に答えた後、マスターが変化した怪物を睨む。
こうなってしまっては哀れな存在、この姿で邪神の使い魔に成り下がるのはあまりに悲しい。
俺の役目は、彼に引導を渡す事。
怒りでは無く慈悲の心で戦うのだ。
「ぃよし! 行くよ、マユ姉ぇ、タクト君、ナナ!」
俺は三鈷杵に力を込め、光の剣を振りかぶった。
◆ ◇ ◆ ◇
「斬艦刀一刀両断!」
俺の光の剣は、マスターが変化したプチ邪神を切り裂く。
「えい!」
そこにすかさず可愛い声で物騒な攻撃を叩きこむマユ姉ぇ。
「燃えちゃえよ!」
タクト君の掛声で全身が灼熱の炎に包まれるマスター。
「和バサミ九十九神、いっけー!」
ナナの命令で目にも留まらぬスピードで切り裂くビット。
徐々に弱り再生スピードが遅くなるマスター。
「ぐわわぉぉ!」
無理な再生で各所から真っ黒な体液を吹き上げながら悶えるマスター。
哀れで悲しいよ。
「ふっ!」
向こうでは教授やアヤメさん、カレンさんが団員が変貌した魔物を切り伏せている。
「すまん!」
そして倒れた怪物に至近距離のガントを打ち込み、トドメを刺すフランツ君。
彼には苦しい役目を押し付けてしまった。
「おい、ボウズ達。俺も忘れてねーか?」
魔力で輝く金属製の義手、アイアンアームを怪物に叩き込んで仕留めているグレイさん。
彼の部下たちの持つ銃剣付きM4も魔力で輝く。
そして的確な射撃と斬撃で倒されていく怪物たち。
「リタ嬢ちゃん、ありがとーな!」
「うん、まーてぃんおじちゃん」
どうやらリタちゃんがエンチャントウエポンを海兵隊の方々にしてくれた様だ。
そして彼らの周囲にはタイル九十九神や魔力シールドが見える。
「先輩、アタシの事忘れていませんか? アタシでも守りは出来るんですよ」
俺が戦闘要員としてすっかり忘れていたけど、コトミちゃんは海兵隊員を守護していた。
魔力シールドはシンミョウさんだろう。
「トドメね! オン・マユラ・キランデイ・ソワカ! 孔雀明王光翼呪!」
マユ姉ぇの背中から光の翼が生え、そこから放たれた破邪の光はマスターを包み、完全に浄化した。
「ほう。手駒が全滅とは。しょうがない、お前らには痛い目を見てもらおう!」
俺はゾクっとした感覚を得て、邪神を見た。
そこにはチエちゃん達4人のデーモン達が倒れ臥していた。
まずい、このままでは!
「ぐぅぅぅ!」
俺が不味いと思った瞬間、強烈な重力が俺達を襲った。
「私を閉じ込めた重力結界と同じものだよ。これを解除できなければ何れお前たちは死ぬ。身動きが出来ぬまま、宝を奪われるのを見ているが良い」
そして邪神は三本の足をペタペタと動かして奥の祭壇へと向かう。
〝待つのだ、這い寄る混沌よ!〟
そこに立ちはだかる「古のもの」ヒラムさん。
ヒラムさんの身体の周囲には、何か光が見える。
あれで重力結界を無効化しているのだろうか?
〝ここなる神器はヒト用のモノ。お主には仕えぬものだ。それなのに何故にこの神器を必要とするのだ〟
「『古のもの』よ、邪魔をするな。私が神器を必要とする理由等お前らが知る必要は無い。これ以上立ちはだかるなら、貴重な種とはいえ滅ぼすぞ!」
しかし、ヒラムさんは尚も立ち塞がる。
ヒラムさんの後ろにはナナやリタちゃんがいる。
ヒラムさんはナナ達を庇う気なんだ。
〝いや、私の命など如何でもよい。我が後ろにある幼子を守れずして、我が命に何の意味があろうか!〟
邪神相手にタンカを切るヒラムさん。
すごいカッコいい。
くそう、俺はこんなところで寝ていちゃダメだ。
全身の魔力を全開にするんだ。
そして、こんな結界打ち砕け!
「ほう、その後ろの娘を庇うか。何故に『古のもの』のお前がヒトの子を庇うか分からぬが。ふむ、ではその娘を先に始末して私の邪魔をしたお前等に悲劇でも与えようか」
邪神は顔無き顔に邪な笑みを浮かべ、ヒラムさんを触腕の一撃で跳ね飛ばす。
そして邪神の触腕がナナを掴む。
おい、康太。
ここでナナが死ぬのを黙って見ているのか!
お前が一番大事にしなきゃならないモノは誰だ!
なんで今俺はあの邪神を倒せない!
俺は、悲しむ誰かをもう見たくないんだ。
そしてナナの笑顔を絶対失いたくないんだ!
「うぉぉぉぉ!」
俺は呼吸を無視して咆哮する。
俺の中の魔力は、暴走するように増大する。
後の事なんかどうでもいい、今ここで立ち上がらなくてどうするんだ!
「お――――!」
俺の周囲でバチバチと火花が立つ。
そして俺は立ち上がる。
「ナナ、ナナを返せ! このバケモノ!」
「ほう。重力結界を自力で解呪したか、しかしもう手遅れだよ。そこで嘆き苦しむが良い」
ナナの首を掴んだ邪神の触腕に力が込められる。
息ができず苦しむナナの顔が見える。
「さあ、死ね!」
邪神の宣言に俺は吼える!
「ナナぁぁぁ!」