第19話 康太の家庭教師:7日目「愚者の偽善」
俺はカオリちゃんを家まで送った後、マユ姉ぇに事態を報告すべく帰宅した。
なお、カオリちゃんを蒼井宅までバイクで送迎したので「イイ思い」はさせてもらった。
このくらいは役得だよね。
背中に圧倒的に容量がある「水密桃」が押し当てられるのは、あんなにスゴイとは。
でもこんな考えを持ったまま母屋に入ったら、リタちゃんに思考を読まれて大変な事になる。
平常心、平常心。
「マユ姉ぇ、やっぱり犯人は蒼井恵子さんだったよ。ただ裏に黒幕はいるね」
俺は見聞きした話をマユ姉ぇに報告した。
「そうだったの。で、その恵子さんの具合はどう? 呪詛返しを受けているのならタダでは済まないでしょうし」
「元気に怒っていたから精神的にどうかは置いておいて、すぐに命の危険があるという状態じゃ無いと思う。たぶん外見に異常が発生して親にも顔を見せられないんじゃないかな?」
「でも元気なら、次を仕掛けてくる可能性もあるわよね。逆恨みしているみたいだし」
「それは考えられるね。一応お母様に連絡先を渡したので、何かあったら連絡はしてくれると思う。まあ家族ごと敵になられたら困るけど」
「その場合はしょうがないわ、彼女が自分で『墓穴』を掘ったのだから。コウちゃんみたいなお人好しじゃなければ、呪う人も助けるなんて思わないし」
「それ俺の事褒めているの? それとも呆れているの?」
マユ姉ぇは苦笑いしながら俺に話してくれる。
「両方よ。でも自分が行く『道』を決めたのならそれを貫きなさい。そうすれば光明も見えてくるから。ただ彼女が動いてくるなら、今度は黒幕も捕まえられるかもしれないわね。その場合は私も動くわ」
「え、いいの? 今回の仕事は俺が受けた仕事だからマユ姉ぇは動かないんじゃなかったっけ?」
「それはカオリさんについての仕事はコウちゃんの担当だという事。黒幕退治は私も仕事を斡旋した以上関係ある話だし、後腐れなく解決した方が私も安心だわ」
「マユ姉ぇ、いつもありがとう。今回もケツ持ちみたいな事までやってくれて」
「いいのよ、これでまたコウちゃんが強くなれるんだから。リタちゃんの件は今度なんか比べ物にならないくらい強敵ばかりよ。だからイイ修行だと思いなさい」
う、先が思いやられるけど頑張ります。
「そういえば、今日はリタちゃんやナナはどこにいるの? もうナナは学校から帰っている時間だけど」
「二人で近所に遊びに行っているわ。家に閉じこもってばっかりじゃリタちゃんが可哀そうだってナナが連れ出してくれたの」
「それは良かった。リタちゃんにはコッチの暮らしを存分に楽しんで欲しいしね」
もうお姫様として見られる目も無く自分を偽らずに同年代の女の子と遊べるのは、リタちゃんにとって貴重な体験だろう。
お父上も国も失った過去はもはや変えようが無い、しかしこれからの未来は自分次第。
リタちゃんにはぜひとも良い未来を作っていって欲しい。
だからこそ、「騎士」でお兄ちゃんな俺はもっと強くならないと。
◆ ◇ ◆ ◇
俺たちが蒼井宅に伺ってから数日が経ったが、事態は何も動きをみせない。
相変わらず恵子さんは家からどころか部屋からも一歩も出ず、ご両親は困り果てているようだ。
俺も数回恵子さんのお母様に連絡をしたが、変化は見られないようだ。
ただ、ご両親ともどこに助けを求めていいのか困り果てていたので、俺が助け舟を出したのには感謝しているらしく、後日お父様からも娘を助けてほしいと直接俺に会いに来た。
もちろん俺は快諾したのだが、マユ姉ぇからは、
「安請け合いし過ぎよ、コウちゃんのバカ」
とのお小言を頂いている。
でも、大の大人が泣きながら助けを求めてきているのを俺は無視できないよ。
お人好しと呼ぶなら呼べ、愚者でもいいじゃない、偽善と呼ぶなら呼べ。
それが俺「功刀康太」の生き様なんだから。
……、ちょっとカッコつけすぎたかな。
◆ ◇ ◆ ◇
「カオリちゃん、今君の調子はどうなの?」
今は家庭教師中、ボディガードの必要はないけど勉強はやっておいて間違いが無い。
カオリちゃん、どうやら本校の大学に繰り上がりではなくて、別の大学へ行きたいらしい。
星の世界に興味があるそうで、その分野に詳しい大学を目指しているんだとか。
俺も同じように考えて、考古学の道を目指しているからカオリちゃんの事は応援したい。
「呪いを解いてもらう前には頭痛があったり肩が重い時もありましたが、今はもう大丈夫です」
大丈夫なのは良かったね、でも目をハートにするのはちょっと勘弁して欲しいです。
そう思いつつ俺は彼女の豊かな「ふくらみ」から目を背けようとするとき、カオリちゃんの首にチェーンが懸っているのに気が付いた。
「あれ、もしかしてあのペンダント身に着けているの?」
「はい、デザインは気に入っていましたし、贈り物なのは確かですから。それにケイコちゃんを許すのなら、ペンダントも許してあげないと」
そう言ってカオリちゃんは、胸元からラピスラズリのペンダントを取り出した。
あの後、俺は念のためにペンダントを浄化はしたのだけれど、まさかカオリちゃんがそのまま使い続けるとは思っていなかった。
でも恵子さんを許すカオリちゃんなら、そうしてもおかしくないね。
そういえば、ラピスラズリ自体には魔除けの効果があるから、呪詛の入れ物としては実はあまり宜しくない。
だからこそ、呪詛の中身を取り出した時に一気に活性化したのも辻褄はあう。
もしかすると呪いを止めるラピスラズリを呪物に使う事が恵子さんに残っている「良心」だったのかもしれない。
「カオリちゃんがそれで良いなら、俺は何も言わないよ。それに恵子さんにペンダントを身に着けているのを見せるのはたぶん良い効果になると思うし」
ただ俺やマユ姉ぇのカンでは、これで終わるとは思えない。
必ずなんらかの動きがあるだろうから、くれぐれも油断はできない。
しかし、その事はカオリちゃんには気づかれてはいけない。
善意と純粋さをカオリちゃんには失ってほしくないから。
しかし、現実は非情。
事態は最悪の方向へ向かっていた。
もちろん、この時の俺は予想はしていたものの、事実は俺の想像をはるかに超えていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「やっとナイト様、ワタシのメッセージを読んでくれたんだ」
真っ暗な部屋の中、タオルケットを深くかぶりベットの上で座り込んでいたケイコはスマホの画面を凝視した。
『お返事遅れてすいませんでした。呪いが破られたとの事、大変でしたね』
『今度は誰にも負けない呪いが欲しいとの事、了解しました』
『ケイコさんにぴったりで強い呪いを探しますので、しばらくお待ちください』
「ナイト様だけがワタシの味方なのね。次こそはあの男共々カオリを葬ってあげる」
ケイコの思考は悪意の底に深く沈み込んでいった。
それが何者かの誘導による事すら気が付かずに。
「もう返事が返ってきた、流石ナイト様」
『ケイコさんのお家でペットを飼われていませんか? もし居るなら虫よりも動物を使った方がより強い呪いを作れます』
『犬神や猫神というもので、少々作り方は難しいですが人ひとりくらいなら簡単に消せます』
「そうなんだ。じゃあカイトを使えば良いじゃない」
長年一緒に暮らしてきた愛犬を簡単に呪物に変えてしまえる程、邪悪の沼に落ちていくケイコ。
その様子を後ろで見ている存在は、邪悪な表情でほくそ笑んでいる。
〝あともう一歩、完全に心が腐ってしまえば後は我の寄生する器が完成する。さすれば、ナイト様の忠実なる僕がまた一人生まれるのだ〟
〝わははは!〟
その存在は長い角を揺らして声なき声で高笑う。
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